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【創作大賞感想文】「しあわせの色を、ママにおしえてよ」

創作大賞、いくつかの作品を拝読させていただき、
僭越ながら感想も少し書かせていただいた。

あらすじを見て、読もうかどうしようか
本当に悩んだ作品があった。

自分とオーバーラップするだろう、
そうなると自分がどんな気持ちになるんだろう。
それが怖くてなかなか手を出せずにいた。

でもわかっていたんだ。
私が読むであろうことを。
読まなければいけないであろうことを。


主人公の愛さんはいわばバリキャリ。
自分の仕事に真剣に向き合い、上昇志向も強い。
ご主人啓太さんは単身赴任。
娘の幸ちゃんをほぼワンオペで育てている。
そんな中、幸ちゃんの特性が
成長とともに徐々に見えてくる。


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「ワーキングママ」という選択は自身がする。
仕事に対して真剣であればあるほど
母になったとしても仕事は続けたいと思うだろう。
私自身、当時は「続けるのが当然」と思っていたから
愛さんの選択と、仕事への向き合い方は
十分理解できるものだった。

この日本という国は先進国と呼ばれて久しい割には
まだまだ『3歳児神話』が残っていたり、
子供の世話は母親がみることを当然と思われたり、
そういう風習が根強く残っていると感じる。

そしてそれは、母という立場になった自分にも
心の奥底で根を張っているのだ。
最初は気付かない、根は地中深くに伸びているが
表面には可愛い花が少し咲いているだけだから。

仕事を続けながら子育てする。

言葉にしたら単純だが、この言葉には恐らく
目に見えない修飾語が付いている。

(今までと同じように時間を掛けて)仕事を続けながら
(家事もしっかり)子育てする。

ワーキングママという生活を自分で選択したんだから、
自分が頑張らなければならない。
そんな呪縛を自身にかけていることに
その時は気付かないのだ。

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幸ちゃんはとても優しい子。
ママとパパが大好きで、発想は自由。
ただこだわりが強く、かつ自分の身に起こったことを
うまく処理できないことがある。

保育園や幼稚園など、子供の世界が広がれば
その幸ちゃんの持っている「色」が
他の子にはなかなか馴染まなくなってくる。

保育のプロがそれを見抜くのは早い。
しかし親は、まさか自分の子供が
「特性」を持つとは思わない。
いや、思いたくないのかもしれない。
正常化バイアスは当然働く(何が正常なのかは別にして)。


私の次男は、保育園に通い出してしばらくして
園長先生に「特性」があるかもと言われた。
市の相談センターに行ってみては?と言われたが
私はその時憤慨して帰宅した記憶がある。

ウチの子がおかしいって言うの?
こんなに優しくて可愛い次男がおかしいって?
ただ単に繊細な性格だからよく泣いているだけでしょ?

何度も心の中で繰り返し
先生の言葉を打ち消し、忘れようとしていた。

徐々に次男の様子が落ち着いてきて
園長先生もそれ以降そんなことを出さなかった。
しかし、それとは逆に
私の心の中では若干覚悟はできつつあった。

多少何か他の子と違いがあったとしても
今本人が困っていないなら
どこまでいっても『個性』だと
私は受け止めようと思った。


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ワンオペのワーキングママ
子供は小さい間はほんとに突然熱を出す。
「今日だけは…」という時に限って
保育園から呼び出しが掛かるのは
昔はやった「マーフィーの法則」的な何かだろうか。

本当は、仕事もやり切りたいよ。
でも子供を迎えにいかなきゃならない。
今まで残業でも休日出勤でもなんでもやって
「やり切る」ことを自分の美徳と考えていたのに
自分の生活の優先順位をすべて決め直さないと
毎日が回らなくなった。

当時は会社自体も復職ママに慣れていなかったから
会議も平気で定時越えて設定してくるし、
上司によっては「飲みにケーション」なんていう
くだらないもので部下の忠誠を量るような人もいた。
そういうものにはすべて参加できない。
自分の仕事のスタイルも意識も全て変えるしかなくなる。

愛さんのジレンマ。
当時の自分の気持ちを容易く思い出させる。
わかる。ほんとにわかるよ。
私なら愛さんに寄り添ってあげられたね、きっと。


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我が家の子供達は大きくなるにつれ
幸い激しい「特性」は見られなくなった。
とはいえ、真剣に調べれば恐らくなにがしかの診断はつくだろう。
そんな自分の勘に自信を持つ必要もないんだけど。

そうこうしているうちに
我が家は長男も次男も不登校になった。
診断したところでその現象がどうこうなるものでもないし
ひとまず「特性はありそうですけど、なにか?」で
私は過ごしている。

息子たちが学校に行けなくなった経緯は
ここで書こうとは思わないので
もしご興味?がある方は私の記事をご覧ください。

ただ、学校に行けなくなってから
私は毎日何回も何十回もそこら中に謝っていた。

欠席の連絡を毎朝学校に連絡し、
子供が体調崩しては仕事を早退し、
病院に連れて行かなければならない日は仕事を休み、
先生がプリントを持ってきてくださるからお礼と謝罪をする。

私、なんでこんなに謝っているんだろう。
私はこんなに毎日頑張っているのに
そんなに悪いことしてるのかな。

(今までと同じように時間を掛けて)仕事を続けながら
(家事もしっかり)子育てする

両立するものと思ってワーキングママを選んだのに
仕事での自分の夢も
子育てや家庭の夢も
何もかも叶えることができない。

私にはそんな大それたことは最初からできなかったのだ。
完璧になんてできないんだ。
自分にそんな器なんてないんだ。

そう自分に絶望し、自分を責める気持ち。
愛さんの苦しみが過去の自分と重なって
気付いたら泣いていた。

*******************

「完璧」ってなんだろうとふと思う。
それって誰かが決めた尺度であって
それを満たしたまんまるなこと。

まんまるな人なんてこの世にいるのだろうか。
そんなつるんとした人間性、つまらなくないかな。
今は私もそう思える。

幸ちゃんは「特性」があったとしても
完璧めざそうと自分で自分を縛り付けている愛さんを
大きな愛情で、小さい体を大きく広げて
包み込んだ。

親が子を守らなければならない期間なんて
実はほんの一瞬なんだ。
本当は、親が子に守られているのだ。

そしてそれを啓太さんが包み込む。
3人がひとつになった時、
各々の凸凹が集まって
とんでもなくキラキラ輝くのではないだろうか。

つるんとした丸いボールは
光が当たらない反対側は完全に影になる。
でも凸凹がたくさん集まれば
乱反射して光と影が複雑に絡み合う。

幸ちゃんを支えるママとパパ、
パパママを支える幸ちゃん。
家族であってもそれぞれは別の人で別の凸凹。
だからこそ集まるととんでもなく美しい。

愛さん、幸ちゃん、啓太さん家族は
きっとこれから凸凹具合も変化し、
さらに新しい輝きを放っていくのだろう。

その輝きが活かせる場所がきっとある。
それは今までの保育園、学校、職場では
ないかもしれない。

でも間違いなくその輝きを活かせる
環境や働き方がきっとある。
それを見つけるために、
自分達の放つ光に自信を持っていきたい。

私は泣きながら
自分自身の決意も新たにすることができた。


****************

shiiimoさん、本当にありがとうございます。
最初は、突き刺さる部分が多そうで
読むのが怖いぐらいでした。
でも読ませていただいて本当に良かったです!

ママもパパも子供も
みんな頑張っている。

お互いを大切に、尊敬しながら
生きていけたらいいなぁと思います。

拙い感想で申し訳ございません。
私なんぞが書くのもなぁ…と思ったのですが
やはり感じたことはちゃんと届けたかった。

大きな感謝とともに捧げます。


#創作大賞感想

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