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父が亡くなって、母は料理を始めた。

父が亡くなって、母は料理を始めた。

父の定年後も、母はまだ働いていた。
しかし、いわゆる「昭和な家庭」だったから、
父の望んだ時間に夕食を用意する必要があった。
退社後30分で、着替えもせずに料理を並べる。
お惣菜や冷凍食品を出すしか術はなかった。

父が亡くなって、母は料理を始めた。

昔から料理をしてみたかった!
…という訳ではないのだと思う。
母の時間は、母のためのものではなかった。
急に空いてしまったタイムスケジュールを
調整するための儀式なのかもしれない。

「今日は遅くなるからご飯はいらないよ」
そう、伝えたはずだったのに、
今夜も母は、料理を作っていた。
牛肉を使っていたから、
母が食べるためのものではないと分かった。

「せっかくだから、食べてもいいかな?」
そう、伝え直して、ご飯を食べた。

さっき食べてしまったハンバーガーが、
胃の中で笑っているような気がした。


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