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連載もの

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他のマガジンからもれた、何回かに渡る比較的長い文章を集めました。
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#連載小説

重力について(2)

重力について(2)

 古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、重いものが軽いものより先に落下すると考えていた(らしい)。大きな岩と小石を同時に高所から落としたら、前者が先に地面に落ちるというのは、なるほど直感に反しない。実験で確かめる必要もないほど、たしかに感じられる。

 それを実際に試したのがガリレオ・ガリレイで、ピサの斜塔から重さの異なる錘を落として比べたという。塔の最上階の窓から身を乗り出すガリレイのイメージが

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重力について(3)

重力について(3)

 二日酔いで腰が抜けたようになって、昼近くまで布団から立ち上がれない。二十代となり、とっくに田舎を出て都会で一人暮らしをしていた。仰向けになるとアパートの二階の窓から空は見えず、視界を塞ぐ隣のマンションの薄汚れた壁を見上げながら、子どもの頃の気怠い昼下がりをなんとなく思い出している。重力に抗えない。

 ある詩人はこんな風に重力について書いている。

 中心 あらゆるものから
 自分を引きよせ 飛

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重力について(4)

重力について(4)

 高所から落ちたとき、あるいは飛び降りたとき、大地に衝突するまでの間に人は一生を思い出す、などと伝えられている。大人から子へ、子からその友達へと。そんなことをまことしやかに口にするのは、当然落ちたことのない人ばかりなのに、まるで体験したかのように、あるいは直接その耳で当事者から聞いたかのように話すのである。この話の元をどこまでも遡ってゆくと、いつしか転落したが奇跡的に一命を取り留めた人に辿り着くと

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重力について(5)

重力について(5)

 山好きなら誰もが知っているにちがいない伝説的なアルピニストが、アルプスの岩壁から大転落した時のことを記録している。トップで岩登りをしている最中の滑落で、辛うじてザイルが彼を引き止めたが、それまで数十メートルかそこら空中を落下した。まるで恐怖を感じなかったというが、勇猛果敢なアルピニストだったからではなく(本人は間違いなく勇猛果敢なアルピニストであったが)、落ちながら死ぬという実感がない。高価な登

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重力について(6)

重力について(6)

 木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように
 大空の遠い園生が枯れたように
 木の葉は否定の身ぶりで落ちる

 そして夜々には 重たい地球が
 あらゆる星の群から 寂廖のなかへ落ちる

 われわれはみんな落ちる この手も落ちる
 ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ

 この惑星は恒星の周りを巡っているのではなく、そこへと向かって際限なく落ちているのだ。そして、大地に繋ぎ止められてひしゃげたような

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