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記憶の動物園

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記憶の動物園 #豚

記憶の動物園 #豚

 どうやら私は、豚が好きな子どもだったらしい。らしい、というのは、全く記憶にないからだが、親がそう言うのだから間違いないだろう。

 曰く、「朝から晩まで、ブタブタブタ」と言い続けていた、と。

 当時はメタファーなど知る由もない年齢だから、親のことをそう呼んでいたはずはない。

 私が確実に覚えているのは、自分が牛好きな子どもだったことである。念のために言っておくと、幼少期の私を魅了したのは、ビ

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記憶の動物園 #カモシカ

記憶の動物園 #カモシカ

 ど田舎で暮らしていた頃、移動手段は原付だった。

 大雨の夕暮れ時、原付を走らせていると、トンネルの入り口に大きな獣が濡れそぼちながらぬっと立ちはだかっている。

 まさか熊か。なにせ目も開けてられないほどの土砂降りだ。いや、熊にしては足が長い。減速しながら思った、ひょっとしたら、牛か……どこかから逃げ出して来たとか、いくら田舎でもこんな山のなかに飼育舎なんてないし、観光牧場があるのは山のずっと

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記憶の動物園 #ナマケモノ

記憶の動物園 #ナマケモノ

 その昔、『野生の王国』という30分のTV番組があって、サバンナやアマゾンなどの大自然に生きる動物の生態を紹介していた。金曜日のゴールデンタイムにこのドキュメントを観ることを、至上の楽しみとする一時期がたしかにあった。

 まだまだ子どもだったから、お目当ては生態ピラミッドの頂点に位置するような捕食者であって、この頃には猛獣のエサとなるしかなさそうな草食獣たちは有象無象の脇役でしかなかった(もっと

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記憶の動物園 #レオポン

記憶の動物園 #レオポン

 動物園で、酔っ払った中年男が手摺を乗り越えて、ヒョウの檻の鉄柵に手を伸ばし、腕を食いちぎられる。子どもの頃、そんな恐ろしい事件があった。今では、恐ろしいのは猛獣ではなく、アルコールの方だと思うような年齢になってしまった。
 まだまだ若かった学生時代、ドイツの詩人を読んでいてふと思い出したのが、この事件だったのである。

 通りすぎる格子のために
 疲れた豹の目には もう何も見えない
 彼には無数

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記憶の動物園 #アルマジロ

記憶の動物園 #アルマジロ

 マザコン気味の孤独な少年、母は友だちのいないこの一人息子のことを心配し、長期休暇にスキー合宿に参加させようとする。それが嫌でしょうがない少年は、合宿に行った振りを装い、集合住宅の地下にある物置部屋に隠れ暮らす。ヘッドフォンで音楽を聴きながら、お気に入りのマンガでも読んで冬休みを過ごすつもりなのである。
 中国の皇帝の伝記映画で一世を風靡した、イタリアの映画監督の最晩年の作品である。スペクタクル大

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