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【チャイニーズファンタジー】中国の怖くない怪異小説 第4話「寿命の名簿」

寿命の名簿

下邳(かひ)県に、周式(しゅうしき)という男がいました。
舟で旅をしている途中、一人の役人に出逢いました。

役人は、手に一巻の文書を持って、
「おい、舟に乗せてくれぬか」
と頼んできました。

十里あまり進むと、役人が周式に向かって言いました。
「ちょっと寄っていきたいところがある。
 文書を舟に置いていくから、絶対に開くでないぞ!」

役人が去ると、周式はこっそり文書を開いてしまいました。
見ると、それは、寿命の名簿でした。
これから死ぬ人の名前が書かれていて、その一番目に周式の名前が
載っていました。

まもなくして役人が戻った時、周式はまだ文書を開いたままでした。

「開くなと言ったのに、開きおったな!」
と、役人は怒りました。

周式は、頭を地面に叩いて、血を流しながら、命乞いをしました。

役人は、しばらく考え込んで、こう言いました。
「舟に乗せてくれたのは、ありがたいんだがな。
 とは言え、お前さんの名前を消すわけにはいかんぞ」

続けて、こう言いました。
「こうしよう。
 家に帰ったら、三年間、絶対に門を出るでないぞ。
 そうすれば、なんとか助かるかもしれん。
 文書を見たことは、誰にも話すなよ」

周式は、家に帰ると、二年あまりずっと家にこもりました。
家の者は、みな不思議に思っていました。

ある日、お隣さんが亡くなりました。
それでも外に出ようとしないので、父親が怒って、
「弔いに行ってこい!」
と命じました。

父親の命令は、聞かないわけにいきません。
しかたなく、弔いに行くことにしました。

いざ、門を開けて外に出ると、そこに役人が立っていました。
「三年間出るなと言ったのに、出てしまったな。
 もうわしにはどうすることもできん。
 あの時は、お前さんを見逃してやったせいで、
 わしがお咎めを食らって、鞭で打たれたんじゃ。
 今度は、もうどうすることもできんぞ」

そして、こう告げました。
「三日後の正午、迎えに来るからな」

周式は家に入り、かくかくしかじかのことがあったのです、
と父親に話しましたが、信じてもらえません。
母親は心配して、三日三晩、周式に付き添っていました。

果たして、三日後の正午、
役人が迎えに現れ、周式を連れ去っていきました。

【出典】

東晋『捜神記』

【解説】

 この話は、中国古代の泰山信仰に基づいています。泰山(山東省)に冥府(冥土の役所)があり、そこの長官である泰山府君のもとに「冥籍」(人の寿命を記した名簿)があるとされていました。人の寿命が尽きると、泰山府君の命令を受けた「冥吏」(冥土の小役人)が、その者を冥土へ連行していく、それが人の死である、と考えられていました。
 この物語の中で、役人は実は冥吏、持っていた文書は冥籍だったのです。周式のもともとの寿命が尽きた時に、冥籍の記載通りに連行しなかったので、冥府で罰を受けたというわけです。

泰山府君


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