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【チャイニーズファンタジー】中国の怖くない怪異小説 第1話「売られた幽霊」

売られた幽霊


南陽(なんよう)郡の宋定伯(そうていはく)という男が、
ある時、夜道で幽霊に出会いました。

宋定伯が、
「おまえは誰だ?」
と問うと、幽霊は、
「おらは幽霊や。そう言うきみは誰だ?」
と問い返すので、宋定伯は、
「おれも幽霊だ」
とウソを答えました。

幽霊、「きみはどこへ行くんだい?」
宋定伯、「宛(えん)の町へ行くところだ」
幽霊、「へえ、おらも宛の町へ行くところさ」

そこで、二人は数里の道のりをともに歩きました。
幽霊、「疲れたねえ、代わる代わるおんぶしあっていかないかい?」
宋定伯、「そりゃ、大いに結構」

そこで、まず幽霊が先に宋定伯をおんぶして歩きました。
幽霊、「おや、ずいぶん重いねえ。きみ、ほんとうに幽霊?」
宋定伯、「おれ、死んだばかりなんだ。だから重いんだ」

こんどは宋定伯が幽霊をおんぶすると、幽霊はふわふわと軽く、
まるで雲のよう。

こうして代わる代わる背負いながら、いっしょに町へ向かいました。

宋定伯、「おれ、死んだばかりだから、教えてほしいんだけど、
幽霊って何が苦手なんだ?」
幽霊、「人の唾(つば)がイヤだねえ」

そうこう言葉を交わすうち、川に行き当たりました。
幽霊が先に川を渡ると、まったく水の音がしません。
つづいて宋定伯が渡ると、ザブザブと音が立ちます。

幽霊、「おや、どうして音がするんだい?」
宋定伯、「死んだばかりだから、まだ慣れてないんだ」

こうしてまた二人で道を進んでいき、
そろそろ宛の町に着くころになりました。

すると、宋定伯は、幽霊を肩に担ぎ上げて、ギュッとつかまえました。
幽霊はギャーギャーと大声を上げて、「下ろしてくれ」と頼みますが、
宋定伯は知らん顔。

そのまままっすぐ町に入り、幽霊を肩から地面に下ろすと、
幽霊は化けて一頭の羊になりました。

これはいいあんばいと、宋定伯は羊を市場で売り飛ばしました。
ふたたび化けて幽霊にもどらないよう、羊に「ペッ!」と唾をかけて、
お金を手にして去っていきました。

【出典】

東晋『捜神記』

【解説】

 中国には怪異小説の系譜があります。六朝時代には、幽霊・神仙・夢幻・異類通婚など、怪異の事柄を記した短い小説が数多く書かれました。唐代に至ると、物語としての展開を備え、文学性を帯びるようになります。
 幽霊は、地域、時代、背景の宗教や民間信仰などによって、様々なタイプがありますが、日本の幽霊のように怖いものばかりではありません。宋定伯の話のように、あっけなく人に騙されるマヌケな幽霊もいます。
 こうした人間的な幽霊は、姿形も生きている人間と同じ格好で現れます。この話では、幽霊は人の唾が苦手ですが、ほかにも、人の息、桃、鏡、鶏鳴などに弱いとされます。また、幽霊は、死んで時が経つにつれ、しだいに軽く小さくなると考えられていました。



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