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「daughter」 ー山路三郎ー
彼が目に入るたび、この人も年をとったな、と思う。この店で働き始めた当初はハツラツという言葉が一番似合うようなマスターだった。しかし、店じまい後に外の換気扇前でタバコを吹かしているとき、瞳の奥が水面を漂う小舟のように静かに揺れていて、このどうしようもない寄る辺なさにグッときてしまう女性はきっと多いのだろうとふと思ったことを覚えている。
一回だけ、彼にタバコをもらいに行った。「おお、いいよ」と気前
「daughter」 ー佐伯可奈ー
「真っ白な陶器みたいな人」というのが彼女、佐伯可奈の第一印象だった。毎週木曜日の昼十二時、彼女はカフェ「daughter」のドアのカウベルをカラコロと鳴らす。他の人が入るときはガラガラとうるさいベルも、彼女が入るときには耳をくすぐられるような柔らかい音になる。いつも椅子の上で居眠りをしているマスターは、その音を聞くとゆっくり目を開き、コーヒー豆をミルの中にぽとぽとと落とし始める。「どうぞ」と、手
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