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誰かに「大好きよ」って言いたい

 一睡もできないまま、5時になった。
 ブルーライトに焼かれ続けた目の奥がきゅうと軋む。胸の上をギュッと押されるような息苦しさを布団の中に押し込める。
 2時間だけでも寝てしまおうかと思ったが、今日は燃えるゴミの日なのでやめた。寝過ごしたら絶望だ、今日は袋を二個ださなければならない。今週は調子に乗って自炊をしたから、部屋がほんのり生ゴミ臭い。1LDKの我が家では燃えるゴミを一回出し忘れるだけで、その週は憂鬱になる。
 サンキで600円で買った、黒無地のワンピースにモゾモゾと腕を通し、カシャカシャの生地の長袖を羽織る。何となくスマホを持っていく気が起きなくて、デジカメを持った。

 外に出ると、朝日が目に刺さる。思わず目を閉じれば、赤が見えた。最近忘れていたけど、太陽に向かって目を閉じると見えるのは、黒じゃなくて赤なんだった。保育園生の頃、朝起きると母に手を引かれてベランダに行ったっけ。あの時も同じ赤を見ていた。「生活リズムはこうすると直るんだよ。これから毎朝見ようね」なんて得意げに言っていたっけ。体にゆっくりと染み込んでいく、優しい記憶。

 ゆらゆら歩きながら、たくさんのものにデジカメを向けた。紫陽花、太陽、バカみたいに澄んでいる青空。朝露をいっぱい持っている木の葉。近くの神社までいつもは10分もかからないけど、今日は20分もかかった。神様を起こさないように、ガラガラは鳴らさずに、二礼二拍手をする。帰る途中でつかつかと鳥居をくぐるおっちゃんに「おはようございます」を言い合った。町が目覚めていく。続々と、雨戸を開けるガラガラという音が町に響く。

 家に戻ると、夜の空気が立ち込めていた。ドアを開けた瞬間モアっと出てくる夜の空気は、何となく重くて暗い。軽やかな朝の空気にいた朝の私にはいささか息苦しかった。カーテンを全開にして、窓を網戸にする。窓を開けるときにだけつけているはずのアースノーマットの電源がついていて、「だからしんどかったのか」とふと思った。蚊と一緒に、緩やかに私を殺していたのかもしれない。
 サーキュレーターを回し、洗濯機のスタートボタンを押し、デジカメのメモリを取り出してパソコンにさし、iCloudにデータを移す。そして、今この文章を書いている。もう少ししたら、お風呂に入ろう。二日間入らなかったせいで髪はベタベタだし、頭皮が痒い。洗濯物ができたら部屋干しして、枕カバーを新しいやつに変えて、二度寝をしよう。きっと、いい日になる。

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