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八戸の館鼻岸壁朝市で買った謎の「ヤマモモ」と産直ならではの出会いを愛でる

 一般的にヤマモモというと、漢字で楊梅と書かれることが多い鮮やかな赤い果実をつける植物を指すと思う。

一般的にイメージされると思わしきヤマモモ。
大きさなどはライチに似ていなくもないが皮ごと食べられる。
葉が分厚く光沢があり、明らかにモモとは別種

 しかし青森県の三八さんぱち地方 (※)ではお盆明けの短い時期に、同じく「ヤマモモ」の名で呼ばれる謎の果実が売られていることがある。

八戸はちのへ市を中心に、階上はしかみ町や五戸ごのへ町などの青森県南東部の地域

季節は異なるが大きさは直径2センチから3センチと
見た目といい大ぶりなウメの果実のように見える。
産毛が生えておらずツルツルとしているため
スモモにも見える

 今回この「ヤマモモ」を購入したのは、青森県八戸市で行われている館鼻たてはな岸壁朝市だ。

 館鼻岸壁朝市は毎週日曜日の早朝 (※)に八戸市の漁港で行われる朝市であり、その規模は全長約800m、およそ300店。天気が良い日には3万人もの来場者が訪れると言われており、日本最大規模の朝市とされている。

※ この早朝というのが本当に早い時間である。4時ごろには店が開き始め6時ごろにピーク、9時まで開催と紹介されていることも多いが、実際は7時ともなると店じまいをしている店も多い

 その規模にふさわしく店舗の種類も幅広い。
 地元 (といっても青森のみならず岩手からの出展者も多い)の飲食店が運営している焼きたてのパン唐揚げせんべい汁ラーメン、そしてコーヒーなどといったその場で食べられる飲食物はもちろんのこと、衣類や木工製品、鉢植えなどの雑貨類を販売している店舗など多岐に渡る。

 しかし自分が考えるに、この館鼻岸壁朝市を支えているのは地元の農家や漁師、畜産業者が販売している産地直送の新鮮でお手頃な野菜や魚や肉といった地元民向けの商品だと思う。

 もちろん現在の館鼻岸壁朝市は青森県の重要な観光資源であり、特にお盆やゴールデンウィークともなると日本全国のみならず海外からも数多くの観光客が訪れる。実際、活気に満ちた場所で食べる焼きたてプリップリのカキホタテといった海産物や、地元名物のせんべい汁馬肉汁の食べ歩きは観光で訪れても十分過ぎるほどの満足感を得られるはずだ。
 しかし時期や時勢によって大きく客足の伸びが変わる観光客に完全に依存するのではなく、形が少し悪かったり数が少なかったり品質が不安定だったりで一般の流通ルートには乗らないような農水畜産物が多数販売され、それを目当てに地元の人々が恒常的に訪れることで、第一次産業が盛んな北東北ならではの活気に満ちた朝市になっていると感じている。

 そしてこの館鼻岸壁朝市を中心に地元で活動している「日本一朝早く会えるアイドル」のpacchiパッチ、彼女らと双璧をなす朝市のアイドル (?)である内容のクセが強い上に方言を隠さない独特のアナウンス、アクの塊のようなマスコットキャラクターのイカドンファミリー。こうした「内輪ネタ」こそが地元の人々を気軽に足を運べる空気を創り出していると共に、観光客には旅先ならではの「味」を楽しめる場としてこの朝市を成り立たせているのだと感じている。

 さて、話は大幅にズレてしまったが、この館鼻岸壁朝市で1カゴ(※)が500円で売られていたのが冒頭に紹介した「ヤマモモ」である。

※ 購入した際は1335g、33個入り

全体が黄色っぽくなるまで追熟したら食べごろ。
ナイフでぐるりと果実に刃を一周させると
ポロリと種子から果肉が剥がれ、食べやすい。
果肉は黄色味が強く、種とその周りは鮮やかな紅色だ

 気になったので購入しようとすると「食べたことがないなら買う前に食べておいて」と追熟したものを試食させてもらった。まだ青みがかった状態で収穫し、色が黄色っぽくなり僅かに柔らかくなったら追熟が完了らしい。

 小粒ながらも、その芳香はむしろ普通の桃よりも強い。スモモのように皮ごとかじりついて食べるが、大きさに比例して皮も薄いので気にならない。
 大きさも非常に小ぶりで当たり外れはあるものの、見た目に反して一般的なモモと同程度には甘く、かぶりつけば持っていた手が溢れた果汁にまみれ「こんな小さな実のどこにこれだけの果汁があったのか」と驚くほどにみずみずしい。そして何より、強い甘さと僅かな酸味、そして微かな渋みは確かにスモモやアンズなどではないモモのそれだ。

 見た目はよく知るモモからはかけ離れているが、その味は美味しい、というか美味し過ぎる。明らかに品種改良が加えられている味だ。しかし他の地域では見た覚えが全くない。

 一体これはなんなのか。正体を知るべく、まずは産直などに聞き込みをしよう……かと思ったのだが、わりかしあっさりと解決した

 というのもたまたま自分の親類にこの地域出身かつ以前まで農協に勤めていた高齢の方がおり、話を聞くことができたのだ (というかこれを持っている時に遭遇したところ色々と語ってくれた)

 なんでもこの「ヤマモモ」は、種類で言えば一般的なモモと同種のものらしい。
 戦前の時点で現在でも一般的なモモが既に市場には流通していたが、この辺りの家の庭木やモモを栽培している畑の隅に1本程度主に自家消費用に植えられており、クリなどと同時期に取れる秋の味覚だったという。
 似たようなものとしてかつてはリンゴと呼ばれる、現在祭りのりんご飴用などに売られているアルプス乙女などの小さなリンゴよりも一回り大きいが食味に劣るリンゴ (もちろん姫林檎こと標準和名イヌリンゴともまた別種)や、こちらも食味は悪いが病害虫に強いために袋がけの必要がなく果実も大きい和梨などもあったが、これらは既に一般的には全く見かけなくなってしまったらしい。
(病害虫などには強いため、品種改良を行っている機関などには多分まだあるだろうとも言っていた)
 なお地リンゴは他のリンゴよりも実るのが早いために、かつては三八地方にもこのリンゴを盂蘭盆の盆飾りにする文化があったという。
 現在も津軽つがる地方 (※1)にお盆になるといわい大中だいなかと呼ばれる品種など早生種のリンゴを飾る文化が残っているが、かつては南部地方 (※2)にも同様の文化があったと聞いて驚いた。

※1 かつて津軽藩に所属していた青森県西部の地域。青森市や弘前ひろさき市、五所川原ごしょがわら市などが含まれる
※2 かつて弘前藩に所属していた青森県東部の地域。八戸市や十和田とわだ市、むつ市などが含まれる

 また、この話で面白かったのはこの地域ではサクランボも昔からある果物であり、こちらも品種名が存在するかすらわからないもののサクランボについては昔からそれなりに食味に優れたものが食べられていたという。
 現在も三八地方にある南部なんぶ町は名川ながわチェリーセンターという名前の産直がある程度にはサクランボの栽培が盛んだ。この背景には土の性質や気候の合致以外にも、昔から農業に従事している人々自身に「美味しい果物といえばサクランボ」のイメージがあるからこそ積極的に栽培されてきたという背景があるのかもしれない。農家だって、できれば自分たちが食べて美味しいと感じる農作物を育てたいのだ。

 さて、この「ヤマモモ」については前述の通り販売用のモモの隣に自家栽培用の物も植えられていることが多く、それらと交配したものが残った結果、現状残っているものも食味に優れているのではないかと言っていた。実際に昔の「ヤマモモ」は採れる木ごとに個体差が大きく、うっすらと毛が生えているもの、お尻の部分が尖ってハート型になっているものなど様々なものがあったという。

 とはいえ50年ほど前の時点で、既に市場に出している農家は1軒程度になっていたらしい。
 検索したところ10年以上前のブログ記事が出てきたが、この時点で既に栽培している農家は3軒ほどになっていたようだ。今回購入した「ヤマモモ」を栽培しているのも、この農家のどれかかもしれない。

 少しややこしいのは、最初に書いた同じ標準和名の植物が存在することだ。しかしこちらのヤマモモの北限は関東地方。東北地方の更に北端である青森県にはもちろん自生していない。
 更にヤマモモは日持ちせず、山菜のように地元で消費するような食べ物だ。情報網の発達した最近ならまだしも、この呼び名がつけられた当時はそのような植物があることすら知られていなかったのだろう。
 この辺りは北海道や東北地方の方言でアナゴ類が「ハモ」と呼ばれるが、この辺りで標準和名ハモが漁獲されることが滅多にないので混乱が生じてこなかった話によく似ている。

 かつては各農家で家ごとに農産物の中から苗木や種を選り分けて品種改良を行っていたが、現在の品種改良は種苗企業などが専門的に行っているために一般的に目に入る品種については遺伝子的な多様性は失われている。
 勿論、それ自体が必ずしも悪いことではない。種苗企業は個人の農家単位で集めることがほぼ不可能な量の膨大な種のデータベースを有している。また、技術や設備の進歩もあり品種改良のスピードは爆発的に進んでいる。だからこそ病害虫の流行や気候、消費者の嗜好、そして流通の変化に対しても柔軟な対応が行えている。これは間違いなく、専門の企業だからこそ行えることだ。

 一方でかつては地域ごとに存在していた「味」は確実に失われつつある。これは言い換えれば「どこにいっても外れがない」とも言える為に、正直な話地方に住んでいる身からすると恩恵の方が大きいと感じているが、こういった地域ごとの独自の「味」はどうにも魅力的なのもまた事実だ。

 話を教えてくれた親族は、若い頃はよく趣味で海外を旅行していた。そしてその際にはあえて日本でいう産直のような小さな市場に行き、農家が個人で作っているような果物を探して食べるのが楽しみだったらしい。単に美味しい果物を食べるだけなら素直に観光客向けの店に行った方が確実だが、そういった果物は大抵その気になれば日本にいても金を出せば買える。それよりであれば、その地域だからこそ食べられる、地元で細々と生き残っていた果物にこそわざわざ旅先にまで足を運ぶ価値を感じるという。
 この感覚は自分も持っていて、国内にせよ海外にせよ旅先で確実に行くのは地元の人が利用するスーパーや市場だ。目当てはその地域で食べられているローカルな食材で、ホテルなどで食べられるようなものであれば買って持ち帰って食べる。正直にいうとそういった食べ物が必ずしも自分の口に合うとは限らないが、単純な味覚や嗅覚で感じ取れる以上の楽しみがそこにはある。
 まさに"食べ物ではなく情報を食べている"というやつだが、その情報もまた「美味しい」のでしょうがない。

セルビアを旅行していた際に
小さな市場で生産者と思わしきお婆さんから買ったナシ。
大きさは3センチ程度で外見もとても良いとは言えず
果肉もとろけるように柔らかく輸送も難しそうであったが
まるで砂糖をそのまま舐めたかのように甘く
香り高かったのが印象的だった

 しかしこういった見知らぬ農水産物との出会いは、運さえ良ければ実は別に遠い地方や海外に足を運ばずとも見つけられるのかもしれない。

 これだから地方の産直や朝市は面白い。




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