見出し画像

大壹神楽闇夜 2章 卑 3賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) 15

          勃発

 その日の夜、正妻は五瀨の下に連れ出された。本来裁きは日のある内にしか行わない。だが、五瀨は松明を焚き裁きの広場に正妻を連れて来させた。其れ程迄に五瀨に取っては我慢出来ない事であった。
 五瀨は正妻が自身の考えを改めてくれたのだと心の底から喜んでいた。しかも、正妻の考え出す策はどれも素晴らしく国力の増大に大いに貢献してくれた。だから、この裏切りは計り知れない物があったのだ。
「何か言う事はあるか ?」
 正妻を見やり五瀨が問うた。正妻は手枷をつけられたまま跪かされていた。そんな正妻を見ようと広場には多くの人が集まっていた。
「私は反乱等企ててはおりません。」
「なら、何故奴婢は其方を連れ出したのだ ?」
「私も那賀須泥毘古(ながすねびこ)達奴婢も騙されていたのです。」
「騙されていた ? 誰に ?」
「其処にいる二人の妻に。」
 と、正妻は五瀨の横に腰を下ろしている眞奈瑛達を見やった。
「そうなのか ?」
 と、五瀨は眞奈瑛達を見やり問うた。眞奈瑛達は正妻の言葉に驚きを隠せない様であった。
「ま、真逆…。」
「何故私達が其方を騙すのです。」
「其方…? 成程、要するに其方等は正妻の座が欲しかった。だから、私にあの様な策を授け私を孤立させた。」
「策 ?」
 と、眞奈瑛達は首を傾げた。
「白々しい…。これで其方等の本性が分かりました。」
「いい加減にしろ。其方が首謀者である事は既に明白な事実。」
「な、何を根拠に其の様な事を ?」
「なら、問うが奴婢の身分を決めた後、この二人を外に出し奴婢と其方だけで何を話していた ? 何故この二人を外に出した ? 外に出された事実は既に其の時の番兵からも聞いている。」
「そ、其れは…。其の二人が自分から出て行ったのです。」
「何故 ?」
「知りません。ですが事実です。」
「そうなのか ?」
 と、五瀨は眞奈瑛達を見やり問うた。
「否…。私達は出て行く様にと…。」
「な、何をヌケヌケと !」
 正妻は思わず声を荒げ言った。
「ヌケヌケは其方の方でありましょう。罪を私達に被せようとする者が何を言うのです。」
「罪 ? なら聞きますが私が何をしたと ? 私はただこの国の為と…」
「もう良い。黙れ。」
 大きな声で五瀨が言った。
「五瀨…。」
「真逆、我妻に騙されようとは…。其れ程迄に奴婢が良いのであれば奴婢として生きるが良い。」
 五瀨がそう言うと兵士が正妻を仰向けに押さえ込み両足を広げ押さえつけた。五瀨は正妻の両足首を切り落とすつもりなのだ。
「五瀨様…。其れは余りにも酷い仕打ちでありましょう。あの者も勝手は正妻として生きていた女です。」
 眞奈瑛がソッと五瀨を嗜めた。
「だが、裏切り者だ。しかも其の罪を其方達に着せようとする恥知らずだ。構わぬ切り落とせ。」
 と、五瀨が命令を出したので兵士は迷う事なく正妻の両足首を切り落とした。夜の帷の中に正妻の悲鳴が響いた。其の姿を見やり人々は歓喜した。自分達から奴婢を取り上げた首謀者が処罰されたからだ。正妻は暫くゴロゴロと転がっていたがやがて意識を失ったのか動かなくなった。
「収容施設に連れて行け。」
「五瀨様。其れはいけません。」
 眞奈瑛が言った。
「何が駄目なのだ ?」
「あの者を他の奴婢と関わらせるは危険でありましょう。」
「危険 ?」
「はい。多くの奴婢を誑かし反乱を企てた張本人です。」
「あの者には誰にも会わせず、人目に付かぬ場所に監禁するべきでありましょう。」
「成程…。確かにそうだ。なら、高千穂の山にある洞に其の場所を作ろう。」
「はい。其れが良いかと。」
 と、言う事で正妻はズルズルと引きずられ、仮の監禁場所として自分の住居に連れて行かれた。
 住居に着くと兵士達は住居の中に太い杭を打ち込み始めた。力一杯杭をハンマーで叩き地面にメリこまして行く。そして深く突き刺し終わると正妻の首に枷を付け縄で枷と杭を繋いだ。
「五瀨様…。終わりました。」
 兵士が言った。五瀨は其れを見やり皆に今後一切正妻に会う事も見る事さへも頑く禁じた。だから、正妻は糞尿を住居の中でしなくてはならなくなった。そして一日一回の食事は眞奈瑛達が運ぶ事となった。其のついでに足首に薬草を塗る役も眞奈瑛達が行う事になった。
 そして、大変な夜が明け日が昇る頃、那賀須泥毘古(ながすねびこ)達はア国に向けて進み始めていた。
「夜が明けた…。追っては来ぬか。」
 那賀須泥毘古(ながすねびこ)が言った。
「あぁぁぁ…。正妻のお陰だな。」
「何としてもア国に…。」
「だが、真に信じて貰えるだろうか ?」
「この命に変えても信じて貰う。」
 と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)は剣を強く握った。
「そうだな。何としても正妻を助けねば。」
「無事だと良いのだが…。」
 と、那賀須泥毘古(ながすねびこ)達は休む事無くドンドンと進む。その姿を草葉の陰から里井達が見やっていた。
「フムフム…。どうやら真にア国に行くみたいじゃな。」
 里井が言った。
「そのまま逃げてしまえば良い物を…。」
「我じゃったら逃げておる。」
「我もじゃ。」
「じゃがお陰で手間が省けよったじゃかよ。」
 里井が言う。
「じゃな…。ア国に行かんで良うなりよった。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)と王后はア国の娘に任せよる。」
「取り敢えず鳩は飛ばしておきよるか。」
「じゃな…。突然のナンジャラホイはパニックになってしまいよる。」
 と、里井は鳩を呼びせた。
 そう、里井達は元々ア国に行くつもりだったのだ。ア国に行き王后に事の次第を伝え五瀨の下に行かせる予定だったのだが、正妻の機転により那賀須泥毘古(ながすねびこ)がア国に向かっているので気持ち良く利用する事にしたのだ。
「さて、実儺瀨(みなせ)に報告じゃ。」
 と、鳩を飛ばし終えた里井が言った。
「じゃな…。其れでどっちを殺しよるんじゃ ?」
「話が大きくなる方じゃ。」
 里井が答えた。
「王后じゃか…。」
「其れは実儺瀨(みなせ)が決めよる。」
 と、里井達はテクテクと山を降り集落に向かった。
 集落に着くと里井は実儺瀨(みなせ)を探した。実儺瀨(みなせ)は人に紛れナンジャラホイ。日々の作業は奴婢がこなしているので実儺瀨(みなせ)は普段案外退屈な潜入ライフを謳歌していた。
「実儺瀨(みなせ)…。」
 実儺瀨(みなせ)を見つけた里井が声を掛けた。里井は事の次第を実儺瀨(みなせ)に伝えると実儺瀨(みなせ)は賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) に一度聞いて見ると言った。
「夏夜蘭(かやら)にじゃか ?」
「じゃよ…。夏夜蘭(かやら)はこう言う話が好きじゃからのぅ。」
「確かにじゃ。」
「どうせ退屈しておるじゃろうし…。其れに少し頼みたい事もあるからのぅ。」
「じゃな…。なら、後は任せよった。」
 と、里井はテクテクと子作りの相手を探しに行った。
 実儺瀨(みなせ)は早速木の皮に内容を書き嗜めると鳩を呼んで賈具矢羅乃姫(かぐやらのひ) の下に行く様鳩を飛ばした。
 そして、娘達が何やかんやとしている間に既に日は真上に迄登っていた。眞奈瑛達は正妻のご飯と薬草を用意しながら空を見やっている。
「ええ天気じゃか…。」
「じゃよ…。」
「樹莉奈(きりな)…。」
「何じゃ。」
「終幕が近づいておる。」
「じゃよ…。我は此処に来てようやく名前が付いたじゃかよ。」
「確かにじゃ…。じゃが、タイミングが無かったんじゃ。」
「じゃかぁ…。」
「じゃよ…。と、ソロソロ行きよるか。」
「じゃな…。」
 と、二人はご飯と薬草を持って正妻の住居に向かった。
 テクテクと歩き住居に向かう。眞奈瑛はご飯を運び樹莉奈は薬草と細長い棒を持っていた。二人はテクテク、テクテクと歩き正妻が監禁されている住居に着くと番兵に戸を開ける様に言った。
「奴婢の様子は ?」
 眞奈瑛が問うた。
「静かな物です。」
「そうですか…。」
 と、眞奈瑛は中を見やった。
「正妻…。糞尿の臭いが籠っていますので鼻は押さえた方が良いかと。」
「そうですね。」
 と、眞奈瑛は鼻を押さえ中に入り、其の後を樹莉奈が入って行った。
 二人が中に入ると五瀨の言いつけ通り番兵は戸を閉めた。戸を閉めても天窓が開いているので中は比較的明るかった。
「生きていますか ?」
 横たわっている正妻を見やり眞奈瑛が問うたが正妻は無言であった。
「足首に薬草をつけます。少し痛みます。」
 と、樹莉奈は正妻の足首に薬草を塗りつけた。足首に激痛が走り正妻は思わず悲鳴を上げた。
「この薬草は良く効きます。今暫くの我慢です。」
「な、何が…。我慢…。この…裏切り…者…」
「裏切り者 ? 私達は裏切って等おりません。」
 樹莉奈が言った。
「そう…。其れは其方の勘違い。」
 眞奈瑛が言う。
「フン…。何が勘違い。さぞかし気分が良いでしょう。」
「気分が ? 何故です ? 私達は其方に罪をなすりつけられ心を痛めております。」
「い、いい気になるな。其方等の行いは何れ白日の下に晒される。」
 正妻は鬼の形相で二人を睨め付けた。
「私達の行い ?」
 と、二人は首を傾げた。
「私を軽く見た罰…。那賀須泥毘古(ながすねびこ)が母様に真実を告げ其方等は罰せられましょう。」
「那賀須泥毘古(ながすねびこ)が ? ほぅ…。ホゥホゥ其方、那賀須泥毘古(ながすねびこ)を逃したじゃか。」
「其れで那賀須泥毘古(ながすねびこ)は王后の下にじゃか…。」
 と、二人は独特な方言で話し始めた。この方言を聞き正妻は言いしれぬ恐怖を感じた。
「そ、其方等は一体…。誰なのです。この国の女では…。」
「なんじゃ…。今更何を言うておる。」
 樹莉奈が言った。
「これだけカワユク頭の良い娘がこの国の何処におる。何処にもおらんじゃかよ。」
 眞奈瑛が言った。
「な、なんなんです。其方等は…。」
「滅びの天子(てんし)じゃ。」
「滅び…。真逆、其方等の狙いは…。」
「じゃよ…。全ては我等が策通り。じゃが其方にも礼を言わねばいけん。」
「礼 ?」
「王后を此処に誘き寄せる手間が省けよった。」
「ま、真逆…。其れも…。」
「策の内じゃ。」
 と、眞奈瑛は正妻を押さえつけると樹莉奈が口を無理矢理開けさせ持参した細長い棒を口の中に突っ込んだ。
「ウ…ウゲ…ウ……ウゲ…」
 と、苦しむ正妻を更に力一杯押さえつけ、グイグイと棒を押し込んだ。
「もう少しの我慢じゃ。もう少しで喉が潰れよる。」
 と、樹莉奈はグイグイと棒を動かしそして引き抜いた。細長い棒には痛々しい血がベットリと付いていた。正妻はもがき苦しんでいたが喉を潰されているので声は出なかった。
「此れで其方は話す事が出来んじゃかよ。じゃが、心配せんで良い。我等はまだ其方を殺したりはせん。」
 眞奈瑛が言った。
「じゃが少し辛い思いをして貰いよる。」
 樹莉奈が言う。正妻は怯えた目で二人を見やる。
「これこれ…。そう怯えるでない。我等は其方を肉の塊にしよっても殺さぬ自信がありよる。」
 そう言うと眞奈瑛はもう一度正妻の口を無理矢理開けさせると樹莉奈が素早く正妻の舌を切り落とした。
「此れで自殺はできんじゃか。」
「じゃよ…。じゃぁ言いよっても王后が来る迄の辛抱じゃ…。多分。」
「其れまでファイト宜しくじゃ。」
 と、言うと眞奈瑛は戸を開け外に出て行った。樹莉奈は戸の前で一度振り返り"今日のご飯は自信作じゃ。味わって食べると良い。"と、言って外に出て行った。
 


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?