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なぜ若者は隠岐諸島に移住するのか 人々を惹き寄せる海士3本の矢

本土からフェリーで3時間半。島根半島の北方50kmに位置する隠岐諸島。今、この島々に多くの若者が移住している。そこには何があり、なぜ若者が隠岐に移住するのか。島民、そして移住民との対話の中から紐解いていく。

隠岐郡海士町

人口減少が深刻化していたこの町が、2010年を境に横ばいになった。人口減少社会において、減少するパイを取り合うことは好ましいこととはいえないが、大移住時代ののちに生き残る地域と廃村を迎える地域とが出てくることは確かだろう。その時代に必要とされる地域は保護され、重要でないと判断されれば無情にも切り捨てられる。もし自分達の暮らす地域を未来に残したいのであれば、未来への存在価値を示す必要があるだろう。

その点において、隠岐の施策は汎用性のあるアイデアが詰まっていた。隠岐が放つ施策は3本の矢にまとえられる。

第一の矢:産業

隠岐の漁業

ユネスコ世界ジオパークに認定された隠岐。移住現象の中心となっていた首都東京にはない、雄大な自然に恵まれた土地である。国に守られた手厚い援助もさることながら、今回注目したのは「漁業」である。

海士町 菱浦港

お隣の隠岐ノ島町の屋那の松原の近くには、船小屋群が残り、海と人との営みの跡が今も残されている。島前カルデラにより形成された内海は比較的穏やかで港もあり、漁業も盛んな土地であった。

離島の課題

暮らしに必要な分だけ。自給自足できていた島での暮らしも、現代社会においてはあらゆるもののに値札がつけられ、その分、稼ぎも必要になる。隠岐で獲れた魚介類も本土で売り捌き収益を得ていた。しかし、流通が整備され各地で安定供給されるとより条件の良い品から売れていく。本土から離れた隠岐は物理的距離により鮮度で劣り、輸送費でコストが嵩んでしまう。

CASシステム

そこで海士町が投じた一手が、「CASシステム」である。

CAS(Cells Alive System):磁場エネルギーで細胞を振動させることで、細胞組織を壊すことなく凍結させることができる画期的なシステム。

海士町

細胞を凍結させ、高い鮮度のまま消費者の元に届ける。離島のハンデを技術でカバーし、隠岐の地の価値を押し出す、革命的な一手である。隠岐という地域特性を一次産業の視点から魅せ、弱点に対し適材適所で技術でサポートしているのだ。

唯一無二の付加価値をのせ、同時に仕事を確保する。地方移住において、最も大きな課題になっているのは、仕事があるかどうか。正確には仕事はたくさんあるが、実際、食べていけるかどうかという点である。持続可能な暮らしには暮らしていけるだけの金銭的資源の確保は非常に大きな課題である。

AMU WORK

インフラ産業再生の次は、雇用を生むこと。「繁忙期の異なる島の様々な仕事を組み合わせ、時期に応じてはたらく場所を変えていく」複業の提案である。「いろいろな仕事を掛け合わせて、わたしらしく編んでいく」という意味をこめて、AMU WORKと呼ばれている。

第二の矢:移住支援

移住にはリスクを伴う。今までの暮らしのインフラをすべて断ち切り、ゼロから構築する必要があるからだ。外的要因による移住を除き、多くの場合、より良い環境を求め移住する。受け入れ体制は非常に重要である。移住者を毛嫌いする地域も少なくない。地縁を想うその価値観に共感するものの、変わらないために変わる決断をする必要があるときもある。

くらしまねっと

海士町では、移住者の受け入れが充実している。しまね移住情報ポータルサイト「くらしまねっと」では海士町のページだけでも情報が充実している。

3日間~1年程度まで滞在プログラムや先ほどのAMU WORKなど新しい働き方とあわせて提案していくことで暮らしのイメージが湧いてくる。ひとまずは生きていけそうという安心感を与える上で、具体的な移住イメージは必要不可欠であることがわかる。

第三の矢:教育

最後の矢は、「教育」である。大山隠岐国立公園でもあり、ユネスコ世界ジオパークにも認定されている隠岐諸島は探求の地にふさわしい。

「ないものはない」

情報や人、お金、仕事、あやゆるものが集まる首都東京、一極集中。受動的に常に情報が入り込み、加速された社会の中で、思考を停止してでも歯車のように動き続ける。しかし離島はまるで逆である。時はゆっくり流れ、あらゆるものが自然体で残っている。ひとりの価値が格段に高まることも確かだろう。海士町のキャッチコピーは「ないものはない」。東京よりはるかに豊かであるというメッセージがこめられているように感じる素敵なコピーである。

大人の島留学

都会では感じられない本質的な価値が見えてくる。島暮らしそのものが現代人への本質的な「教育」である。社会への違和感、やりたいことが見つからない不安。悩める若者を壮大な自然が受け止めてくれるのだ。

島留学|島根県立隠岐島前高等学校

海士町の放つ矢

3本の矢はすべて連動している。その矢は間違いなく海士町から放たれている。他のどこでもいいわけではない。移住者のインフラを整える地場産業、移住支援、土地の歴史を生かし差別化を図った教育の視点。未来の日本にどのような価値を提供できるかが見定められている。

見定めているのは、国や企業だけではない。全国民、そして世界中の人々が無意識的にも判断している。移住とは社会現象であり、動物的本能に基づく自然現象でもある。

100年後200年後に価値が生まれる地域もあるだろう。されど地域の存続がなされなければ、埋もれ放置される。記録を残し、村を閉じる道のも選択肢の一つだが、まず、我々がその土地の積み重ねていた記憶に気づくことが、不可欠であると私は思い、記事を書いている。

次なる第四の矢

医療・福祉

私の肌感覚では、次なる矢は「医療・福祉」である。海士の移住支援では、保育・福祉・医療の従事者募集の意識が高いある。以前から「離島医療会議」が開かれている海士町。移住者が急増しても人口が横ばいなのは、島民の高齢化も同様に急増していることと推測できる。

離島医療会議

海士町は大地との対話、人々との対話の先に地域性をカタチにしている。本来、海士町のような魅力的地域は数多くある。あたりまえの日常の魅力に気づくこと。その知識、経験を共有することは、記憶を伝承することであると隠岐は教えてくれた。さて、あなたの地域はその唯一無二の魅力に気づけているだろうか。


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