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グループkasy(金土豊、他)
2018年7月15日 10:19
刻は申七つ(現代で言う午前4時ごろ)江戸城の東、お玉ヶ池の通りに、鮮やかな着物を身に着けた、30前の年頃の気品ある女が立っていた。その傍には、やはり気品のある着物を着た、おかっぱ頭の年の頃は5つほどの娘がいる。二人は商いをしているらしき店の影に隠れている。お玉ヶ池の通りを一人の浪人が通りかかった。30前の頃の女が、その浪人に声をかけた。「おぬし、長江鏡介とお見受け申
2018年7月16日 01:38
「仇討ち?」八丁堀の与力同心の官舎。上座には長谷川平蔵も鎮座している。その入り口の土間に、双伍は片膝を着いて座っている。双伍の言葉に驚いたのは、鬼の平蔵だった。「どのような事情なのか話してみよ」双伍はこれまでの話を語った。だいたいの事情を察すると、それまで黙っていた、佐々木音蔵同心は冷静な口調で語った。「そのお華殿には気の毒だが、<仇討ち>は幕府が認めた 天下の
2018年7月17日 16:25
それから数日が経った。しかし、八丁堀の与力同心、岡っ引きたちの懸命な聞き込みにもかかわらず、長江鏡介はおろか、上条組の賭場さえ見つからなかった。お紺は一時、与力同心の官舎で預かることになった。与力同心の中で、妻子を持つ者はお紺の面倒を喜んでやった。だが、いずれこの幼な子も奉公人として、どこかの家に引き取られることになるだろう―――。その日の『あじさい屋』は、夕暮
2018年7月18日 05:43
八丁堀の与力同心の官舎の土間に、久平と双伍の姿があった。「お藤殿が、行方知れずだとッ?!」知らせを聞いて、最初に血色ばんだのは、沢村誠真だった。「へい、昨日の夕暮れに出て行ったきり・・・」久平は先日の夕刻、一人の侍に茶をかけたこと、そしてその侍が店を出て、直後にお藤が慌てて出て行った事などを告げた。その場にいる、火付け盗賊改めの20余名の与力同心の間で、何か感ずるも
2018年7月18日 06:13
双伍は縛られたままのお藤をかばうように、両の十手を構えた。草笛は鳴り続けている。その双伍を用心棒の侍、やくざ者が、扇状に取り囲んだ。上条組の頭目と思しき男が、ずいと前に出てきた。小太りの初老の男だ。人相は絵に描いたような悪人相だ。「この岡っ引きの草笛を早く止めろ。 同心に場所がばれる。さっさと片付けいッ!」頭目の声を合図に、浪人は太刀、やくざ者は匕首あいくちを手にし、
2018年7月18日 07:27
「30人ものならず者を相手にするとは、 あなたは無茶されるお人だ」苦笑いしながら言ったのは玄田元禄だ。玄田元禄の営む養護院の奥座敷に、双伍は寝かされていた。体のあちこちに、包帯が巻かれている。「しばらくはここで、安静にしていなくちゃ いけませんよ。無理に動けば傷口が開く」玄田元禄はそう言うと、治療部屋に戻っていった。双伍は無言のまま、天井を見つめていた。こんな大
2018年7月20日 13:46
双伍はほとんど休息もとらず、3日かかって、幻也の拉致されている場所を突き止めた。そこは江戸城からほぼ真北にある、三ノ輪からさらに奥にある、一軒の廃屋だった。その廃屋には50名以上に及ぶ、盗賊、<風魔>の忍びが潜んでいた。とても、自分ひとりで救出できる数ではない。どうやら、かつての同胞の<風魔>の忍びたちは、盗賊に雇われているようだった。盗賊たちにとって、火付盗賊改方
2018年7月21日 16:59
清水門外の役宅が見えてきた。天空には三日月が昇っている。そのわずかな月光の中、双伍は地に降りた。なぜなら、清水門外の役宅に通じる道は、民家からは遠く離れている。双伍は物音も立てず、闇に溶け込んで走った。清水門外の役宅の壁は、10尺を優に超えていた。だが、<風魔>の双伍にとって、なんら傷害ではなかった。壁を蹴るように、駆け上がる。そのまま敷地内に着地した。そこは屋敷という
2018年7月21日 21:31
「さっさと 斬れ」双伍は返事の変わりに、そう答えた。しかし沈黙が流れるだけだ。双伍は顔を上げると、驚いたことに長谷川平蔵は刀を鞘に収め、布団の上にあぐらをかいている。「久栄、行灯に灯りを点してくれ」のんびりした口調で言う。奥の部屋から久栄が出てきて、行灯を点した。ほんのりと暖かい灯りが座敷を照らした。「忍びが名を名乗れないことぐらい知っている。 その上であえ
2018年7月22日 08:12
長谷川平蔵は八丁堀の官舎に常駐している与力同心はもとより、非番の者も緊急招集して、三ノ輪の廃屋へと向かった。総勢20余名。同行する双伍を見て、怪訝な顔をしている者もいたが、長谷川平蔵は、「ただの新入りだ」とだけ答えた。一刻ほどしてたどり着いた三の輪の廃屋は、今にも崩れそうな様相だった。柱は曲がり、屋根は歪んでいる。長谷川平蔵以下、部下たちは一気に屋敷になだれ込んだ。