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名無しの島

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フリーのルポライター、水落圭介はある出版社から、 ある島に取材に行ったきり、 行方不明になった記者を見つけてほしいという依頼を受ける。その記者は古い友人でもあった圭介は、 その依…
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#小説

名無しの島 第1章 発端

名無しの島 第1章 発端

東京都千代田区一番町の通りに面する、8階建ての雑居ビルの

3階と4階のフロアにある出版社、草案社。

築40年を越える古びた雑居ビルだが、

出版社や編集プロダクションの集まる

千代田区では、ごくありふれた建物だ。

その草案社が出版している、月刊ミスト編集部に水落圭介は呼ばれた。

水落圭介は現在30歳で、フリーのルポライターを5年やっている。

都内の私立大学文学部を卒業した後、

ある大

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名無しの島 第2章 同行者

名無しの島 第2章 同行者

 水落圭介はさらに、資料に目を通していった。

それによると、その島は地元の人でも怖れて近づかない、

無人島らしかった。

地元民が怖れる理由は、その島では、たびたび兵士の亡霊が姿が目撃され、

その姿を見た者の中には、

生きて帰って来なかった者もいるということらしい。

その島には名前もついておらず、

古来から『名無しの島』と呼ばれているという。

兵士の亡霊か・・・古臭いネタだな。

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名無しの島 第3章 冒険者井沢悠斗

名無しの島 第3章 冒険者井沢悠斗

草案社を辞去した水落圭介は、東京都目黒区にある、

自宅マンションに帰った。

20平米ほどのワンルームで、事務所兼書斎兼居間でもある。

一人暮らし用の小さなキッチン、ユニットバス、

東側の壁にはクローゼットがある。

仕事用のデスクには、21インチモニターとデスクトップパソコン。

南側には小さなベランダに続く大きな窓。

その窓際にはシングルの簡素なパイプベッドが置かれている。

フローリ

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名無しの島 第4章 出発

名無しの島 第4章 出発

 翌日、水落圭介は『名無しの島』へ行く準備を始めた。

部屋のクローゼットから、愛用の登山用大型リュックを取り出す。

中には食料品、飲料水以外は以前、

屋久島に取材に行ったときのままにしていた。

スェーデンのモーラ社製のナイフ。刃渡り20センチ、

厚みは3ミリ以上ある

丈夫で、切れ味のいいものだ。これで薪さえ切れる。

それとスイス製のアーミーナイフ。

缶切りや爪やすりなどがついたキャ

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名無しの島 第5章 長崎県最南端枕崎市へ

名無しの島 第5章 長崎県最南端枕崎市へ

 鹿児島県枕崎市の漁港は、枕崎市自体の人口こそ少ないが、

南部に東シナ海を臨み、カツオの水揚げが

全国有数規模の枕崎漁港を持つ。

雲ひとつ無い晴天ともあって、潮風もすがすがしい。

目前には、かすかな白波を立て凪いでいる、

コバルトブルーの美しい海が広がっている。

その風景に、5人は旅の疲れが癒されたような気分だった。

水落圭介は事前に連絡を入れておいた、

漁業組合のある建物に向かっ

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名無しの島 第6章 船上の人

名無しの島 第6章 船上の人

 枕崎漁港の界隈には、ホテル・旅館などの宿泊施設が

わずか3軒しかなかった。

その中で飛び込みに宿泊可能だったのは、『葉山旅館』だけだった。

水落圭介、井沢悠斗、小手川浩の男性グループと、

有田真由美、斐伊川紗枝の女性グループとに分かれて、

それぞれ相部屋をとった。夕食は旅館が出した料理で済ませた。

そして男性グループの部屋に5人は集まり、

明日の行動を再確認することにした。

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名無しの島 第7章 垂れ込める暗雲

名無しの島 第7章 垂れ込める暗雲

 所沢宗一の漁船『はやぶさ丸は』白波を掻き分けながら、

順調に進んだ。カツオ漁に使われている船とはいえ、

所沢宗一の船は大型ではない。

そのためか、時おり大きく上下に浮き沈みした。

水落圭介と井沢悠斗はリュックを降ろして、

船の後部にあぐらをかいて座っていた。

枕崎漁港は次第に小さくなり、そして視界から消えた。

有田真由美と斐伊川紗枝は、操舵室の側面にいた。

真由美は操舵室にもたれ

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名無しの島 第8章 上陸

名無しの島 第8章 上陸

「さっきまで、いい天気だったのに~」

斐伊川紗枝のぼやく声が聞こえた。

 まだ、ピクニック気分なのか。水落圭介は苦笑した。

こっちは天候を理由に、港に引き返すと所沢宗一が言いかねないと思い、

内心ひやひやしているというのに。

次第に島の全体が見えてきた。幅500メートルほどの

こじんまりした海岸が見える。さして奥行きはないが、

きめ細かい粒の砂浜だ。漁師からも怖れられている、

『名

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名無しの島 第9章 蠢くもの

名無しの島 第9章 蠢くもの

 まだ、夕刻には早いというのに、辺りは薄暗く感じる。

陽光に照らされ、船上にいた時には濃かった姿を

作っていた自分たちの影はかすんで、

岩棚に映ったそれは、ほとんどその輪郭が判別できない。

それに、いままで気づかなかったが、

5人の誰もがかすかに生臭い風を、嗅覚と肌に感じた。

 井沢悠斗は周囲を見渡した。一見、どこも断崖にしか見えない。

素人目には、とても登れるような所は見当たらなか

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名無しの島 第10章 異形の影

名無しの島 第10章 異形の影

 水落圭介は腕時計を見る頻度が、増えていた。

まるで、地下鉄のホームにいる時みたいだ・・・

次の電車は何時だ?とでもいうように。

水落圭介は、そんな自分を苦笑いをする。

 井沢悠斗を先頭に森を進む一行は、

いつ終わるともわからない歩みを続けていた。

水落圭介自身も、疲労がつのっていた。

日頃からジョギングやジムで体を鍛えるように心掛けてはいるが、

舗装路と起伏の激しい場所とでは、疲

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名無しの島 第11章 襲撃

名無しの島 第11章 襲撃

 明朝6時、全員は起床した。井沢悠斗が、

まだくすぶっている火種に小枝を追加して、炎を再び起こす。

5人は彼が沸かした湯で、粉末のコーンスープをシェラカップで溶かし、

パンと一緒に食べた。

朝食を済ませると、小手川浩が疲れたような口調で言った。

「すみませんが、僕はここで少し休みたいんですが・・・

 両足が張っちゃって、歩けそうも無いんです」

そんな小手川のセリフを聞いた有田真由美は

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名無しの島 第12章 逃走

名無しの島 第12章 逃走

 水落圭介はもつれそうになる両足に、必死に力を込めて走った。

右手には斐伊川紗枝の腕をつかんでいる。

彼女がパニックを起こしているのは、明らかだった。

断続的に悲鳴・・・いや奇声を上げている。

圭介はその口を塞ぎたくてたまらなかったが、

恐怖の方が、その衝動に勝っていた。

 今は逃げるのが先だ―――。

井沢も言っていたではないか、不測の事態が起これば、

ベースキャンプに戻れと・・・

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名無しの島 第13章 見つけた洞窟

名無しの島 第13章 見つけた洞窟

 ベースキャンプから離れてしばらくすると、雨が降り出した。

それも豪雨だ。

水落圭介を先頭に小手川浩、斐伊川紗枝、そして有田真由美の順だ。

4人は、ポンチョを被り、雨をしのぎながら

東側の森をゆっくりと進んでいた。なるべく音を立てずに、慎重に。

とはいっても、ポンチョに叩きつけられる雨が、

やたらと大きい音に聞こえる。

その音だけで、不安感をあおられるようだ。

それに時々、濡れた地

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名無しの島 第14章 70年前の報告書

名無しの島 第14章 70年前の報告書

 洞窟―――というよりも坑道というべきか。

マグライトの光に照らされたそれは、

幅3メートル、高さ4メートルほどもあった。

30メートルほど進むと、入り口近くにあった、

コケ類や藻は次第に姿を消していき、

コンクリートの地肌がむき出しになっている。

 有田真由美も、頭部に付けるヘッドランプを点す。

その両手には即席の槍を身構えた。

水落圭介のマグライトと、彼女のヘッドランプの光が、

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