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名無しの島 第11章 襲撃

 明朝6時、全員は起床した。井沢悠斗が、

まだくすぶっている火種に小枝を追加して、炎を再び起こす。

5人は彼が沸かした湯で、粉末のコーンスープをシェラカップで溶かし、

パンと一緒に食べた。


朝食を済ませると、小手川浩が疲れたような口調で言った。

「すみませんが、僕はここで少し休みたいんですが・・・

 両足が張っちゃって、歩けそうも無いんです」

そんな小手川のセリフを聞いた有田真由美は呆れ顔で言う。

「あんた、いったいここに何しに来たの?

 紗枝ちゃんだって準備してるのに・・・」

 彼女の言葉をさえぎって、井沢悠斗が言った。

「いや、無理をしない方がいい。キミはここで待機していてくれ。

 水の確保ができたら、戻ってくる。いいね?」

 井沢の言葉に、小手川浩はバツが悪そうにうなづく。

 小手川浩以外の皆は、リュックを背負った。テントはそのままに、

4人は北の方角目指して歩を進める。

テントが無いせいで、リュックは幾分軽くなった。

水落圭介は空を仰いだ。まだ曇っている。朝だというのに、

日暮れのように森の中は薄暗い。


 井沢悠斗はマチェットを右手に持ち、相変わらず雑草を

切り払っている。地面には雑草のほかに、湿った落ち葉もあって、

トレッキングシューズを履いていても危うく滑り転びそうになる。

それを防ぐため、小手川浩を除く4人は樹木に手を掛けて、慎重に歩いた。

1時間ほど歩くと、獣道のように樹木や雑草が

掻き分けられている場所が見えた。

やや下に傾斜してはいるが、これまでよりずっと歩きやすい。

しばらくすると、井沢悠斗が足を止め、左手のこぶしを上げた。

これは後続の皆に止まるよう指示するハンドサインだ。

しんと静まり返る森の中、水の流れる音がした。

だがその音は、ごくか細い。


「運がいい。湧き水があるようだ」

 井沢悠斗は嬉しそうに言った。

そこから十数メートル行くと、井沢が行った通り、

苔生した岩肌から、水が滴り落ちていた。

「オレはまだ十分にあるから、

 みんなはここで水を補充しとくといい」

 井沢の言葉に、有田真由美、水落圭介、斐伊川紗枝の順で、

水筒に水を補充した。

「これで飲料水の心配は無くなったな」

 井沢悠斗が無精ひげを生やした顔に、笑みをつくった。

圭介は何気に足元を見た。湧き水が絶えず滴っているせいか、

足元の地面は柔らかくなっている。

雑草も生えていない。そこに妙なものを発見したのだ。

足跡・・・それも人間らしきもの。裸足だ。水落圭介にはそう見えた。

サイズは27センチほど。だが、奇妙なことにひとつしかない。

まるで、湧き水を飲んだ後、上の岩場に登ったように見える。

しかも、その足跡は絶えず流れる湧き水に、

原型を崩すことなくその場に刻まれている。


相当の体重のある何者かだ。ということは、この足跡の主は、

つい今しがた、この場所を通ったことになるのではないか?

「井沢さん、これって足跡に見えませんか?」

 圭介は湧き水のある岩場を背にしている、井沢悠斗に言った。

「足跡?」

 井沢悠斗が水落圭介の指差す場所を覗き見る。

有田真由美と斐伊川紗枝も近づいて、

その足跡らしきものを見ようと、近づいてくる。


その時だった―――。

それが井沢悠斗の背後の岩場にある藪の中から現れたのは・・・。

 それは一見、人の形をしていた。

藪から現れたのは上半身だけに見えた。

だが、それ以外は異形の姿だった。皮膚の色は灰色がかった肌色。

藪から突き出している部分を見る限り、衣服はつけていない。

頭部と見られる部分は、わずかに頭髪と思われるものが残っているだけ。

そして顔面は、強力な酸で溶かされたように、目鼻口といった隆起が

ほとんど見られない。しかも、その左目は腐り落ちていて、

その眼窩は、暗い洞窟を思わせた。

残る右の眼球も、燻し銀のように光っていて、死んだ魚の目を連想させた。

そして何より異形だったのは・・・

腕が左右2本、計4本だったことだ。

それにその4本の腕は異様に長かった。成人男性の1.5倍はある。

井沢悠斗は自分の背後に、何かが現れたことは察したが、

その異形のものに背を向けたままだ。


彼は反射的に、右手に持ったマチェットを振りかざした。

その井沢悠斗のマチェットを持つ腕を、

その異形のものは4本あるうちの1本の手で掴んだ。

異形のものは唇の痕跡の見あたらない・・・裂け目のような

口を開いた。その口には、

まるで銀メッキされたような歯がずらりと並んでいる。

異形のものは、井沢悠斗の右の肩口に噛み付いたのだ。

井沢悠斗の手からマチェットが滑り落ちる。

それでも彼は、地面に落ちたマチェットを拾おうとした。

異形の化け物は井沢の肩口に喰らいついたままだ。


「に、逃げろ・・・」

 井沢悠斗は呻くように、水落たちに向かって言った。

その異形の化け物は、いったん井沢悠斗の肩から口を離すと、

今度は彼の首筋に喰らいつく。

おびただしい鮮血が、水道の蛇口をひねるように噴き出した。

井沢の口からも、逆流した血液が大量に吐き出された。


「きゃああああああッ!」

 そこで初めて、斐伊川紗枝の悲鳴が空気を引き裂いた。

一瞬、その異形の化け物は水落圭介たちに、その醜悪な顔を向けた。

圭介は斐伊川紗枝の手を引き、元来た道を走って引き返す。

有田真由美は気丈にも、カメラのシャッターを連続してきっている。

「有田さんも早く!」

 圭介の声は、本人が思うほど出ていなかった。

恐怖で、喉がからからになっていたのだ。

有田真由美も水落圭介の後を追って、走り始めた。

水落圭介は逃げる一瞬、井沢悠斗の方を振り返った。

異形の化け物は、井沢悠斗にのしかかって、彼の肉体を引き裂いていた。

血しぶきと共に、内臓が飛び散る。


今や化け物は全身をさらしていた。腕が4本、足が2本・・・

昨夜、圭介がまどろみながら見た物の影にそっくりだった―――。

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