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名無しの島 第6章 船上の人

 枕崎漁港の界隈には、ホテル・旅館などの宿泊施設が

わずか3軒しかなかった。

その中で飛び込みに宿泊可能だったのは、『葉山旅館』だけだった。

水落圭介、井沢悠斗、小手川浩の男性グループと、

有田真由美、斐伊川紗枝の女性グループとに分かれて、

それぞれ相部屋をとった。夕食は旅館が出した料理で済ませた。

そして男性グループの部屋に5人は集まり、

明日の行動を再確認することにした。

 8畳ほどの古びた和室。天井も低い。

蛍光灯も昔ながらの、吊り下げ型で、紐を引っ張って明かりを

点けるタイプだ。その部屋の中央に、

これも昔ながらの丸いテーブルがある。

ちゃぶ台というやつだ。その丸テーブルを囲んで、5人は座った。


 彼ら、彼女らは手にそれぞれ、旅館の1階にある

自販機から買ってきた飲み物を用意していた。

有田真由美はブラックの缶コーヒー、

斐伊川紗枝は350ミリリットルのオレンジジューズ。

小手川浩は水落圭介と同じ、微糖の缶コーヒー。

ただ井沢悠斗だけは違っていた。

彼の傍らにあるのは500ミリリットルの缶ビール3本。

それに、旅館の女将から、あたりめをつまみとして

分けてもらっている。

酒豪の彼にしては、控えめにしてあるほうだ。

明日は海を越えねばならない。

二日酔いは、さすがの井沢も楽ではあるまい。


「こうやって、丸いちゃぶ台を囲んでいると、

 まるで、アーサー王と円卓の騎士だな」

 さも、愉快そうにそう言うと、

井沢は1缶目のビールのリングプルを開け、一気にあおった。

他の者は、しばらく呆気にとられる。

小手川浩が缶コーヒーを一口飲んで、言った。

「僕なりに、『名無しの島』について調べてみたんです。

 ネットではマニアに有名な心霊スポットでありながら、

 実際に上陸した人はほとんどいないこと。

これまでに上陸に成功した人は、わずか7人。

 中には桜井章一郎さんのように行方不明になった人が他に3人。

 他の4人は島に入ってから、30分ももたずに逃げ帰ってるんです」

「逃げ帰ってる?」水落圭介は訊き返した。

「ええ、生還した人達は口々に、兵士の亡霊を見たとか、

 化け物を見たとか証言してるんです」

小手川浩の声には、好奇心と恐怖が入り混じって、

少し震えているように聞こえる。

「生還したとは、おおげさな表現だな」

井沢悠斗は笑みを浮かべながら言った。

早くも2缶目を飲み干して、ほろ酔い加減のようだ。

しかし、顔色はまったく変わっていない。

むしろ、小手川浩の話を面白がっているようだ。


「亡霊とか化け物とか・・・にわかには信じられないわね」

と有田真由美。現実の事件を扱っている、写真週刊誌スクープ誌の

記者だけあって、リアリティを感じないのだろう。

小手川浩は有田真由美に意見されて、少し押し黙った。

自分が調べたことを、否定されたような気分なのだろう。


「そもそも『名無しの島』っていう名の由来は何なんだ?」

 水落圭介は小手川浩の答えに期待するように訊いた。

小手川浩の性格は、他人に意見を拒まれると、

落ち込みやすいと思ったのだ。

「それはわかりません。もしかしたら地元の年配の人は

 知っているかもしれませんが。ただ・・・」

 それでも小手川浩は自信無さ気に、声を細めた。

「ただ?」

圭介は小手川浩の意見を促すように言った。

「その無人島が『名無しの島』と呼ばれるようになったのは、

 70年ほど前からだそうで、

 それまでは文字通り名前も付いてない無人島だったそうです」

「70年前からっていうのが、何か意味あるのかなぁ」

 斐伊川紗枝がオレンジジュースを飲みながら、

体育座りで体を前後に揺らしながら、のん気な声で言った。

「まあ、とにかく真偽のほどは、その島に行けばわかるさ。

 そうそう、みんなにコレを渡しておくよ」

 井沢悠斗が自分のリュックの中から、

トランシーバーを5個取り出すと、みんなにそれぞれ1個づつ配った。

「操作は簡単だ。島に着いたらPOWERというボタンを

 押してくれ。そうすると電源が入る。そのままの状態でも2週間は持つ。

 チャンネルは11あるが、わかりやすく1チャンネルを使ってくれ。

 チャンネルの変更ボタンは、電源ボタンのすぐ下の矢印の

 アイコンがあるところだ。

 後は左横にある通信ボタンを押しながら話せばいい。

 携帯電話と違って、同時にしゃべれないから、

 話し終わった後に必ず『どうぞ』と言うこと。

 ボリュームの操作は丈夫の左側にある、

 ツマミをひねれば調節できる。簡単だろ?」

 井沢悠斗は実際に、トランシーバーを操作しながら説明した。

「わぁ、本当に探検みたい」

 斐伊川紗枝はトランシーバーを手にとって、はしゃぐ。

緊張感ねえな、この娘・・・。

圭介はまた、ため息をついた。


「話し続けても72時間は大丈夫だから、これで十分だろう。

 ただ、山や丘を挟むと通信距離が短くなる。

 平野だったら10キロは通信可能なんだが・・・

 といってもチームを分けて移動することは

 考えてない。小さな無人島とはいえ、

 ろくに地図もない孤島での個人行動は危険だからね。」

 井沢悠斗は言った。

「井沢さん、何から何まですみません」

圭介は井沢に軽く頭を下げて礼を述べた。

「水落君、これはこれでオレは楽しんでるんだ。実は、

 3ヵ月後に、またアマゾン川流域の探検に

 行くことになってる。今回の『名無しの島』に行くことは、

 オレにとってもその前哨戦・・・。

 勘を取り戻すいいシュミレーションなんだ」

 井沢悠斗は快活に笑ったが、すぐ真顔になった。

「とはいえ、これは桜井さんを救出するための探検だ。

 決して遊び半分でやる気はない。なにしろ人命にかかわることだ。

 だから、オレも本気で取り掛かるつもりだ」

 井沢の言葉に、水落圭介は心強く思った。早くも、

この冒険が成功したような気さえする。


「それで島に着いたら、まず何をすればいいんですか?」

 と小手川浩が井沢悠斗に訊いた。井沢は彼にだけというよりも、

その場にいるメンバー全員に語りかけるように言った。

手には水落圭介が渡した数枚の島の写真を扇状に開いている。

「この島の写真から見ると、ほどんど切り立った崖になってる。

 島の内部に登って入れる箇所は

 限られてるだろう。それは明日、漁師の所沢さんだっけ?

 彼に直接訊くしかないだろうな。

 何とか島の内部に入れたら、まずはベースキャンプを造る」

「ベースキャンプ?」

聞き慣れない言葉なのか、斐伊川紗枝が問いかける。

「ああ、安全な場所を見つけてそこにキャンプを張る。

 そこを拠点にして、桜井さんの手がかりが見つかった時や、

 不測の事態が起きたら、その場所へ戻ることだ。

 5人がはぐれないようには留意するが、

 もしはぐれたらベースキャンプに帰ること。

 だからベースキャンプの場所は皆が、きちんと把握しておくことだ」

 井沢悠斗は真剣なまなざしで説明した。


 簡単な作戦会議の後、それぞれに自分の部屋へ戻った。

すでに夜半過ぎの時刻だ。明日は早い。水落圭介たち5人は、

高揚した気分のまま、寝床に入った。

 翌朝早く、5人は『葉山旅館』を後にした。空を見上げると、

昨日とさして変わらない晴天だ。

そしてタクシー2台に分乗して、枕崎漁港へと向かう。

所沢宗一の漁船は、昨日と同じ場所にもやってあった。

そして彼の姿も船上にある。

5人はタクシーを降り、トランクからそれぞれの荷物を取り出すと、

所沢宗一の漁船に向かった。

水落圭介が所沢に声をかけると、無粋な返事が返ってくる。

「ぼやぼやするな。早く乗れ。今から向かえば、

 午後には島に着く」相変わらず、浮かない顔をしている。

 今思えば・・・この時勇気を出して、

この冒険を中止すれば良かったのだ。

地元警察に粘り強く交渉して、桜井章一郎の救出を頼めば―――。

だが、真剣にそう思ったのは、ずっと後になってからだった・・・。


 所沢宗一は碇を揚げた。

漁船のエンジンが勢いよくうなり始めた・・・。

水落圭介をはじめとする5人は、船上の人になった。

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