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国破れて山河あり、杜甫の「春望」を完全暗記しちゃえ

 松尾芭蕉の「奥の細道」の旅は、1689年(元禄2年)、門人の河合曾良とともに江戸を出発し、東北・北陸をめぐり、岐阜県の大垣まで約2400km、156日間の旅だ。
 当時の旅は命がけなので、住んでいた江戸の芭蕉庵は売り払っている。この旅の目的の一つが、敬愛する源義経が亡くなった平泉(岩手県)を訪れることだった。

 三代の栄耀えいよう一睡いっすいのうちにして、大門だいもんあとは一里こなたにあり。秀衡ひでひらが跡は田畑でんやになりて、金鶏山きんけいざんのみ形を残す。まづ高館たかだちに登れば、北上川、南部より流るる大河なり。衣川ころもがわ和泉が城いずみがじょうめぐりて、高館の下にて大河に落ち入る。泰衡やすひららが旧跡は、衣が関ころもがせきへだてて南部口なんぶぐちをさし固め、蝦夷えぞを防ぐと見えたり。さても義臣ぎしんすぐつてすぐってこの城にこもり、功名一時の草むらとなる。国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠うち敷きて時の移るまで涙を落としはべりぬ。

夏草やつはものどもが夢の跡

卯の花うのはな兼房かねふさ見ゆるしらがかな  曾良


 奥州藤原氏三代(清衡・基衡・秀衡)の栄華は一睡のうちに消えてしまい、大門跡は一里手前にある(それだけ巨大だった)。秀衡屋敷跡は田畑になってしまい、金鶏山のみが当時の姿を残している。まず義経が住んでいた高館に登る。(高台にある城から見ると)北上川は南部地方から流れる大河だ。衣川は(かつての戦場)和泉が城の周りを流れ、高館の下で北上川に合流している。(四代目)泰衡らの屋敷跡は、衣が関を間に置き、南部口を守り、蝦夷の侵入を防いでいるような配置だ。義経の部下たちは、この城にこもっていたが、手柄をたて名をあげようとしたのも一時の夢で、この場所は今は草むらになっている。「国破れて~」と「春望」の詩を口ずさみ、笠を敷いて座り、時の過ぎるまで涙を流した。


 義経を偲んだときに口ずさんだのが「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」という詩だ。これが中国の詩人・杜甫(とほ)の「春望(しゅんぼう)」。
 中国の詩を、日本語に乗せて、多くの日本人が愛唱していた。普通の翻訳ではなく、訓読という訳し方だ。日本でも使っている漢字をそのまま使い、日本語の順番に中国語の漢字を読む方法。この独特のリズムが日本の文化の基礎を作ったともいえる。
 芭蕉は、ちょっとまちがえて覚えているので、正しい「春望」を覚えて、芭蕉に「えっへん」と言ってやろう。


  春望  杜甫  
国破れて山河在り
じょう春にして草木そうもく深し
時に感じては花にも涙をそそ
別れをうらんでは鳥にも心を驚かす
烽火ほうか三月さんげつに連なり
家書かしょ万金にあた
白頭はくとうけばさらに短く
べてしんへざらんと欲す


 漢詩の読み方は、英語の日本語訳と同じで、訳す人によっていろいろな読み方があるが、ここではこの読み方でいってみよう。
 では、現代の書き方で、もう一度。

国、破れて山河さんが
じょう春にして、草木そうもく深し
時に感じては、花にも涙をそそ
別れをうらんでは、鳥にも心を驚かす
烽火ほうか三月さんげつつらなり
家書かしょ万金ばんきんあた
白頭はくとうけば、さらに短く
べて、しんえざらんとほっ

 国は戦争で破壊されたが、自然の山河は残っている。町(城壁で囲まれているので「城」と書く。日本の「お城」とは違う)は春になり草木が茂っている。戦争の時代を思えば、花を見ても涙が流れ、家族の別れを恨んでは、鳥が飛び立つ羽音にも(敵が来たかと)驚いてしまう。戦争を知らせる「のろし」の火は三ヶ月も続いている。(そんな時代だからこそ)家族からの手紙は万金に相当する。白髪頭をかけばストレスでさらに毛が抜け短くなって、「かんざし」(当時の男の身だしなみ)をさすこともできない。

 もとは中国語だから、英語を覚えるように、スラスラっと声に出して読んでみる。日本の古典とはリズムがちがう。今、英語を学んでいるように、当時の人は、外国語であるあこがれの中国語にふれた気になって、漢詩のリズムを身体に覚え込ませた。何度も読んでリズムを覚えてしまう。そうすると、見なくても言えるようになる。つまり暗記できる。

 完全暗記のコツは、黙読ではなく、声に出して言う。ゆっくりではなく、テンポよくリズミカルに読む。これを何度も繰り返すことが大事。
 そして、覚えたら、一晩経ってからもう一度口にしてみる。すると忘れている。忘れているからもう一度覚える。そしてまた一晩経ったら忘れているので、またまた暗記する。
 これを数回繰り返すと「完全暗記」できる。

 とりあえずは、今、「春望」を覚えてないだろうから、ちゃんと声に出して何度も読んでみよう。
 さあ、がんばろう。


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