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【小説】 旅草 —呪いと狂気の夢の国 千輪桜 前半


一頁

 しろレンガの隙間すきまから、すみのごとくくろ秋桜あきざくら無限むげんみだれている。
 それは、地面じめんだけではない。建物たてもの外壁がいへきのレンガの隙間すきまから、はたまた、三角さんかく屋根やねかわら隙間すきまから、くるうほどまでにみだれ、まるでみずらの意思いしっているがごとく、かぜかないこのまちで、ゆらゆら、ゆらゆら、たのしげにおどっていた。
 そんなたのしげなまちには、自我じがたず、ただフラフラとまち彷徨さまようだけの奇妙きみょう者共ものどもがいた。
 
 そのまちもっとも|奥おく位置いちにそびえつ、洒落しゃれたかとうのとある部屋へや
 日付ひづけ時刻じこくらないが、みんな食卓しょくたくかこみ、晩餐会ばんさんおこなわれた。

「ああ、わたしの いとおしきひめ おひめさま〜♪」

「……わたしは……あなたを……あいしてい……ます〜」

「いつ何時なんどきも あなたのことを あいしおまもりします〜」

「なぜなら あなたは 可愛かわいひめ ♪」
『ああ、われらの いとしきひめ 桜姫さくらひめ〜』

「そうよあたしは〜 かわいいひめ 
 みんながあいしてくれる まもってくれる〜
 だってあたしは おひめさま〜」

二頁

 おおきな食卓しょくたくには、いつつの椅子いすならべられており、その椅子いすすわ五人ごにんたくかこっていた。
 うたわると、ひめばれていた、紫色むらさきいろねこいぐるみを少女しょうじょ満足まんぞくげなみをかべた。
「みんな、大好だいすきよ」
 すると、ひめのすぐとなりすわおんなが、ひめってぎゅーっときしめた。
「うちもよ、桜姫さくらひめ♡」
「ふふ、ありがと口奈くちな
 口奈くちなばれたおんなかみは、まるで自我じがっているがごと縦横無尽じゅうおうむじんにうごめいていた。そのさきには、蠅捕草はえとりぐさおもわせるおおきなくちがついている。
「ぼ……イー! ……ぼくもですっ!」
 言動げんどうみだしながらう、わかおとこおとこあたまには、触覚しょっかくごとくぎ二本にほんさっていた。ひたい右頬みぎほほにはきずがある。
「ありがと釘宮くぎみや
「イッ! ……いえ」
 あらためて桜姫さくらひめは、みんなはなした。
今夜こんや晩餐ばんさんは、とっても面白おもしろいものになるわ。あたしたちの目的もくてきとするかれらを、ここに招待しょうたいしたのだから。手厚てあつくおもてなししてあげなきゃ」
「ええ、姫様ひめさま。このやみの小路こうじ箱斗はこと貴女あなたさまのために尽力じんりょくくしてまいります」
 きっちりとかためたろう紳士しんしは、桜姫さくらひめ忠誠ちゅうせいちかう。
桜姫さくらひめ目的もくてき月姫つきひめ討伐とうばつだよね」
 口奈くちなとは反対はんたいの、桜姫さくらひめとなりすわ少年しょうねんった。
「そうよ、れんくん。太陽たいようちからつきちから、それから、いろちからも、あたしたちやみちからおおきな障害しょうがいとなる。闇奈緒やみなおさまめいは、やみちからさまたげとなる存在そんざい撲滅ぼくめつだから、いろかれ一緒いっしょたおしましょ。ついでに、ほか二人ふたりもね」
かった。ひめのためにがんばるよ」
「ぼ……ぼくもです!」
「うちもひめをおまもりするわ」
「ありがとうみんな。これからがたのしみだわ」

 ここどこ?
 がつけばアタシは、らない不気味ぶきみまちにいた。街路がいろ建物たてものかべは、しろいレンガがめられている。かなり文明ぶんめい発達はったつしたまちのようだが、レンガの隙間すきまからは、はなびらもくき全身ぜんしんくろ不思議ふしぎ秋桜あきざくら大量たいりょうえていた。
 しかもそいつら、かぜもないのに不自然ふしぜんれていた。わけがわからなくてゾッとする。

 おぼえているのは、恵虹けいこう一緒いっしょなぞくろはこけて、すぐに意識いしきんで、ここにていた。あのはこけたせいか? 
 それなら、恵虹けいこうもここにているはず。
 恵虹けいこうは?
 そのとき背後はいごから「ヴー」とひくうめこえこえた。
 バッとくと、はだひどくろずんで、シワシワになっているひとたちが、ぞろぞろとアタシにせまってきていた。あたまには、そこらじゅういている秋桜あきざくらが、一輪いちりんポツンといていた。
「な、なんだコイツら!?」
 でもまずは、あれが恵虹けいこうじゃなくてよかった。しかし、せまられていい予感よかんがしなかったから、やつらの反対方向はんたいほうこうにビリビリばしてげた。
 するとやつらのささやごえは、獰猛どうもうさがぐんとて、あしはやくなった。
 もちろん、アタシの雷速らいそくにはかなわないが、げている方向ほうこうからも、おなじようなやつらがせまってきた。
 みちがなくなったアタシは、空高そらたかのぼって、たか建物たてもの屋根やねうえ着地ちゃくちした。
 ああ、おっかねぇ。アイツらはまるで理性りせいくし、ひとおそいかかるだけの怪物かいぶつだ。

三頁

「ぎゃああああ!!!」

「きゃああ!!!」

 歌龍かりゅう葉緒はおだ。二人ふたりもこの街に? そんで、このものたちにおそわれてる? すぐにたすけにかなきゃ。
 
 
 なんなんだここ!!
 くろ秋桜あきざくらきまくっているみょうまちで、おれ奇妙きみょうやつらにいかけられていた。
 記憶きおく曖昧あいまいだ。どうしておれはここにた? なんでこんなっている?
 これはゆめか? 悪夢あくむか? そうならいますぐに目覚めざめたい!!
 しかし、めないどころか、悪夢あくむ恐怖きょうふはさらにしていく。さっきまで、生命力せいめいりょくうしなったようにぞろぞろとあるいていたやつらはきゅう様子ようすわって、猛獣もうじゅうのようにはげしくうなり、うごきもはやくなった。本気ほんきした葉緒はおのように、ピョンピョンねた。
「ヴー!!」「ヴー!!」「ヴー!!」
 こりゃあ無理むりだ!! アイツらかられるがしねぇ。おれ埜良のら葉緒はおみてぇに高速こうそくうごすべも、てき太刀たちすべもねぇ。おれにできることは、琵琶びわかなでることだけだ。いまここに琵琶びわはねぇから、それすらできないおれは、もうわりだ。
 あたま濃霧のうむあらわれたがごとく、しろだ。

……もし、コイツらにつかまったらどうなるんだろう。

 そんなことさえもおもったときうしろからつよたおされ、地面じめんつよかおをぶつけた。
 いってぇ!
 それだけにはまらず、怪物かいぶつどもおれからだ次々つぎつぎとのしかかってきて、圧迫あっぱくする。
 お……おもい。
 唯一ゆいいつ自由じゆううごかせるかおよこけてるとやつらのかおが、おれかおせまってきていた。

 な、なにするだ、コイツら!?

雷虎らいこつめ!】

 瞬間しゅんかんおれおそものどもは、雷撃らいげきさらされた。
『ギャーーー!!』
 しかしおれは、微塵みじんしびれていない。
「おらぁ、歌龍かりゅうからはなれろ!」
 おれうえにのしかかっていたやつらをばし、そのかおせた。
埜良のら!」
歌龍かりゅう大丈夫だいじょうぶか?」
 久々ひさびさ馴染なじみあるかおに、おれ頑丈がんじょうだった恐怖きょうふおりから一気いっき開放かいほうされた。
 安堵あんどのあまり、埜良のらきついた。
「うわあーーん! 埜良のら〜。こわかったぁ〜」
 埜良のらはためいきをついてかがみ「無事ぶじでよかったよ」とあたまでてくれた。
 ずかしいことだっていうのはかってる。おれほう年上としうえで、おとこなのに。
「……わりぃ、埜良のらなさけねぇよな。年下とししたむすめいてすがって、ずかしい」

四頁

 べつにいいんじゃないの? アタシが年下とししただろうとおんなだろうと、こわときにはだれかにいてすがっちゃえばさ」
「……そう?」
「それなら、恵虹けいこうだったらきつくことも抵抗ていこうなくできるの?」
「……それは……」
 どうだろう。流石さすがいまみたいにピーピーきつくことは、やはりはばれるだろうが、多少たしょう弱音よわきならきやすいだろうか。
 そもそも、他人たにんよわいところをせること自体じたいなさけない。おれはあのりゅうのような勇敢ゆうかんおとこになるんだ。
 おれがった。
こう埜良のら葉緒はお恵虹けいこうもこの世界せかいにいるのか?」
「きっとね。葉緒はおこえこえたからたしかよ」
「じゃあまずは、葉緒はお合流ごうりゅうだ」

「ねぇねぇ、おねえさん、おにいさん」
『?』

月来香げつらいこう馥郁ふくいく〜うたたね〜】
 
 パン。とらせば、あたりには月来香げつらいこうのおはなかおりがひろまって、それをかいだひとたちはみんな、気持きもちよさそうにねむっていく。
 もうわけないけれど、かれらにつかまってしまうのはくないがする。いまわざで、たくさんのひとたちがねむりについたけれど、まだまだたくさんのひとたちがいて、みんなが葉緒はおをねらっていた。
 葉緒はおは、パンとわせて、となえた。

月兎げっとあし
 
 葉緒はお兎人とじんぞくあしをさらにつきうさぎさんたちのような俊敏しゅんびんあしにする。

 葉緒はおは、立派りっぱ建物たてもの建物たてもののすきまにはいって、かべをけってけって屋根やねうえにのぼった。
 屋根やねうえにもくろいおはないていた。おはなたちはみんな、たのしそうにおどっていた。
たのしそうだなぁ」
 するとぴくんとみみなにかを察知さっちした。正面しょうめんくと、六本ろっぽんくろくてするどものんできた。
「きゃあ!」
 あわててすぐに、あたまひくくして、それをかわした。
 かおげると、みちはさんでこうの建物たてもの屋根やねうえに、大柄おおがらおとこひとっていた。
のろう!! のろう!! のろう!!」
 そうさけんだあと、両手りょうてゆびゆびあいだ六本ろっぽんくぎして、葉緒はおをねらって三本さんぼんずつげてきた。
 葉緒はおはあわてて、飛んでくる釘をかわした。
 どうしよう……。葉緒はおからもなに攻撃こうげきしたほうがいいかな?
 ……いや、だめだ。玉兎ぎょくとさまからもらったちからきずつけるために使つかったら。つきちからは、ひといやすためにあるんだ。
 ここはげよう。
 そして、建物たてもの建物たてものあいだえて、くぎかれから距離きょりをとる。

五頁

屈曲くっきょくのろい】

 葉緒はお着地ちゃくちしてはしっている建物たてものきゅうにぐにゃりとまがった。葉緒はお屋根やねからはじきだされて、っこちてしまった。
 このたかさからちてしまっては、無事ぶじじゃすまない。
 あぶない! とおもったけれど、途中とちゅうだれかがうけとめてくれた。
 けると、ふわふわとやさしいかおをしたきれいなひとだった。 
 かれは、空中くうちゅうけているようだった。それだけでもおどろきなのに、かれうで四本よんほんあった。葉緒はおかかえるうでとはべつに、左右さゆう二本にほんうでがあり、そのには鉄砲てっぽうふたっている。
「ヴァー!」「ヴァー!」「ヴァー!」
 したひとたちが、葉緒はおたちをがけてがってきた。すごい脚力きゃくりょくで、葉緒はおたちにとどいてしまう。
 葉緒はおかかえるかれは、さらにたかんで、んでくるひとたちをっている鉄砲てっぽうねらつ。
 
恋染こいぞ堕栗花ついり

 鉄砲てっぽうからはなたれる赤紫あかむらさきいろあわひかりで、んでくるひとたちのむねのどなかつらく。たれたひとたちは、なん抵抗ていこうもなくちていく。
 そののこなしは圧巻あっかんで、一人ひとりもこぼさずにとしてしまった。

「イー!」

 あっ、くぎひとかれはまた、六本ろっぽんくぎはなった。ここは葉緒はおが——。
 
爆恋ばくこいタイフーン】

 鉄砲てっぽうからはなたれたのは、赤紫あかむらさきいろあおひかり今度こんどうずだった。うずは、かってくるくぎたちをさらって、そのままくぎかれのもとへ、曲線きょくせんえがきながらすすんでいく。
 
しののろい】
 
 くぎかれは、うずけて一本いっぽんくぎばした。くぎうずなかはいるとその一瞬いっしゅんでパッとうずえた。唯一ゆいいつのこったくぎは、そのまま葉緒はおたちにかってくる。あれにたったら、葉緒はおたちもえちゃうのかな?
 赤紫あかむらさきいろかれは、ヒョイとんでくぎをかわした。くぎかれは、べつ方向ほうこうからおなうずまれてどこかへってしまった。
 赤紫あかむらさきいろかれは、鉄砲てっぽうふたっている。んできたくぎかってったすこしあとに、もうひとつの鉄砲てっぽうよこった。きゅうなにもないよこって、どうしたのだろうとおもったけれど、くぎけてはなたれたうずよりも、さらにいびつ曲線きょくせんえがいて、くぎかれたるのをおくらせたんだ。

 つ、つよい。

「ったく、可愛かわいむすめろうとするなど、外道げどうめ」

 可愛かわいい……?
 かれはまるで、ほんてくる王子様おうじさまのようだった。
 ゆめなか王子様おうじさま……!!

六頁

「おれとあそぼうよ」
 おれ埜良のらまえあらわれたのは、ふた黒鬼くろおに少年しょうねんやみしんじているようで、かみ大方おおかたくろだが、かみ毛先けさきあかるいだいだいいろまっていた。
 こえ様子ようすあかるげだが、どこかあやしい。
あそぼう」とさそ少年しょうねんに、埜良のらたずねた。
「あんただれ?」
「おれはれん。ねえ、あそぼうよ。おれの自慢じまんのカボチャでさあ!!」

ぜカボチャ!!】

 最後さいごさけぶようにはなつと、空中くうちゅう四体よんたいカボチャの|化もの出現しゅつげんさせて、おれらをねらってはなった。
「ケヒヒヒヒ!」
 埜良のらおれかかえて、ひかりはやさでカボチャをかわした。はずれたカボチャどもは、ちた地点ちてん大爆発だいばくはつこした。
 埜良のらはそのまま、れんからはなれた。
たたかわねぇのか?」
「うん、アタシらには、あいつをたおしたい理由りゆうもないし」
「まあ、そうだな」
 
「ばあ」
 
 まえれんあらわれた。埜良のらはんして、コイツのほうはヤルマンマンだ。
「ねぇ、どうしてげるの? おれとあそぼうよ」
「“あそぶ” ってなに? たたかいならやんないよ」
「なんで? やればいいじゃん。たのしいよ」
「あのね、れん。アタシはかみなりなの。とってもビリビリするの。いたいの。あついの。んだりもするの! 危険きけんすぎるわ」
 埜良のら主張しゅちょういたれんうつむいた。「へえ、そうなんだ」と、意外いがい素直すなおなヤツらしい。

「だからたのしいんじゃん」

 ヤツは不適ふてきみをかべた。そして、がって、カボチャのものどもを次々つぎつぎあらわして、いきおまかせにはなっていく。

ぜカボチャ——連打れんだ

「いいじゃん、いいじゃん! やりおうよ! そのてるまでさあ!」

 ダメだ、コイツ! ガチでくるってやがる!
 埜良のらおれかかえつつ、爆風ばくふうなかをかけていく。まわりのしわくちゃなやつらがその爆風ばくふうき込まれて、ことごとくんでいく。 
 ひかりはやさでげていく埜良のら。またもや先回さきまわりするかたちれん正面しょうめんあらわれた。

 埜良のらができねーなら、おれがやるまでだ。琵琶びわらせなくとも、おとせる。おとは、すうといきって、こえはっした。

七頁

 鹿しかごと甲高かんだかく、アイツのばすような、すさまじいこえを。
 普通ふつうならこんなこえないし、してものどぬだろうが、おれおとかみしんじ、おとれた。あたまおもえがくだけで、異常いじょうなほどの金切かなきりこえも、みみこわれるほどの大音量だいおんりょうも、簡単かんたんはっすることができる。
 かみちから万々歳ばんばんざいだ。

 こえめてけると、れんたおれて、うしなっていた。
 よっしゃあ、たおした! そうおもったのもつかおれ埜良のらうでからちて、地面じめんかおをぶつけた。さらにそのうえなにかがたおれてきた。もちろん埜良のらだが、それを途端とたんおれあおざめた。
「の……埜良のら!」
 れんたおすつもりが、味方みかた埜良のらんで、一緒いっしょたおしてしまった。そんなつもりじゃなかった。でも事実じじつ仲間なかま危害きがいくわえてしまった。
 おれはなんて無能むのうなんだ。まったやくたないどころか、あしでまといで、ちょう危険きけん爆弾ばくだんでもある。なんて最低さいていなんだと、自分じぶんなさけなくて、くやしくて、はらって、かなしい。
「ごめんよ……埜良のら……ホントにごめん……」

歌龍かりゅうくーん!」

「……葉緒はお!」
 葉緒はおなぞおとこかかえられてやってきた。おとこは、赤紫あかむらさきに、青色あおいろいろとしてはいった派手はでかみをして、うで四本よんほんえた奇妙きみょう姿すがたをした霊人れいじんだ。
大丈夫だいじょうぶか」
「! 埜良のらちゃん!」
 葉緒はおは、たおれている埜良のらづくと、すぐさまおとこうでからりて、埜良のらのもとへけつけた。
埜良のらちゃん、大丈夫だいじょうぶ? だれにやられちゃったの?」
「……おれだよ」
「え!?」
 
「ヴァー」「ヴァー」「ヴァー」
 こうしているあいだにも、しわくちゃなヤツらがせまってきていた。
 いつのにか、うでかず二本にほんったおとこが、二丁にちょうじゅうでそいつらを狙撃そげきする。
「とりあえず、どっか、建物たてものなかはいろう」
 とって、片方かたほうじゅうをパンとらした。すると、おれらのちかくにソリがあらわれた。ソリを動物どうぶつは、ひつじのような、ぞうのような、ぶたのような、奇妙きみょう生物せいぶつだった。
「な、なんだ、コイツ」
はやく、荷台にだいにのりむんだ」
「あ、ああ」
 おれ埜良のらかかえ、ソリの荷台にだいせた。「あ、あのも!」と葉緒はおはすのところにって「うんしょ」とげる。すると、ソリがうごした。なぞ生物せいぶつが、葉緒はおのところにると、葉緒はおれん埜良のらとなりせた。
 葉緒はお無垢むく純粋じゅんすいやさしさが、おれこころをさらにえぐった。れんたおしたことにも、もうちっともよろこべなかった。

 視界しかいひらかれると、見知みしらぬ天井てんじょうがそこにあった。

八頁

「……らない天井てんじょうだ」
 何故なぜだか、天井てんじょうには、全身ぜんしんくろ秋桜あきざくら花畑はなばたけひろがっていた。
 ここはどこだろう。そして、ひたいなみただならぬ開放感かいほうかんかんじた。前髪まえがみげられて、髪留かみどめでめられていた。それはつまり、わたしさらされているということだ。
 わたしあわててがり、髪留かみどめをはずし、前髪まえがみろした。
 だれかにられていなければいいが、こんなのだれかが故意的こいてきにやったものだろう。そのものには確実かくじつられている。
 ……どうしよう。と項垂うなだれた。

「あ、おきた。ふたりきりになりたいから、口奈くちなはみんなをてつだってきて」
了解りょうかいしたわ」
 
 几帳きちょうこうから、二人ふたりこえこえた。一人ひとりおさな少女しょうじょ。もう一人ひとり大人おとな女性じょせい
「もー、かってにまえがみおろして」
 少女しょうじょは、そうってから、几帳きちょうなかのぞいた。
「せっかくあたしがかわいくしてあげたのに……」
 彼女かのじょはふくれっつらで入ってきた。
「すみません、ひたいさらされるのはいやなので」
「なにがいやなの?」
まれてからずっとかくしてきたので、いまさらさらすのには……抵抗感ていこうかんが……」
 ドスン。
 彼女かのじょは、たおすように、わたしむねうえった。そして、両手りょうてほおはさんでった。
「ずっとかくしてきたもの、いまさらしたらいけないの? ここはあたしたちのあくむのなか。かみさまもだれもみていないから、なにをさらしてももんだいじゃないわ」
「……」
「まあでも、いまここで、あたしがあなたのいのちをちょうだいしたら、げんじつのあなたもしぬんだけどね♡」
「え!?」
「ふふふ。あんしんして、いまはまだとらないから」
 いまはまだって、いつかはころすつもりなのだろうか。いろていないとなると、戦闘せんとうとなったときにだいぶ不利ふりだ。
「あたしは、桜姫さくらひめ。あたしとあそびましょ?」

 ポロロン。ポロロン。
 「きなことはなに?」とたずねられ、「こと」とこたえると、部屋へやにあったこと用意よういされ「ひいて」とたのまれた。
 ことくのはきで、いたときにいていた。それくらいで、得意とくいむねってえるほど、上手うまいわけでもない。ましてや、楽譜がくふもなにもない状態じょうたいはじけそうなきょくかぎられてくるけれど。
 わたしは、とりあえずつめをはめたで、げんれた。

九頁

「 あめ あめ あめが まい おち た
 
 あめ あめ あめが まい おち た
 あめ あめ あめが まいおちた
 あめ あめ あめが まいおちた

 あめ あめ あめは だいちうるおす 
 あめ あめ あめは だいちうるおす

 あめ あめ あめは こころうるおす
 あめ あめ あめは こころうるおす

 あめ あめ あめが まいおちた
 あめ あめ あめが まいおちた 」

 すごく単純たんじゅんだ。うたことばも、ことおとも。単純たんじゅんだからこそ、ひとつひとつがまっすぐにさる。
 
 いままでいてきた楽器がっき演奏えんそうは、どれも複雑ふくざつで、豪華ごうかで、高度こうどなものばかり。それらがきらいだったわけではないが、ここまでふかさったことはあったか。

 かれかおると、ほろり、ほろりとなみだながしていた。ひとつ、ふたつ、つのまなこから、自分じぶんおなじように。

「どうしてないているの?」
 自分じぶんのことはいて、かれたずねた。かれずかしそうにこたえた。
過去かこおもしてしまって。おさなわたしいているときに、ははがよくうたってくれました」
 いいなぁ。かれにはあいしてくれる母親ははおやがいるんだ。
「まさにわたしにぴったりのうたで、いまこころふるえます」
「どうしてあなたのおかあさんは、そのうたをしってたの?」
 都合つごういいはなしだ。なんて、滅多めったまれないもの。母親ははおや自分じぶんまれてくると予知よちしていたのだろうか。
わたしになってたずねてみたのですが、おさなわたしがほんのささいなことでいて、こまっていたははあたまりてきたそうです。ははは、うた神様かみさまおくってくれたのではないかとっていました。ははしんじているのは、みず神様かみさまなのですが。
 先日せんじつうたおよびおとちからつかさど神様かみさま管轄かんかつするしまおとれたので、たずねてみました」

わたしははが、おさい私《わたし》をあやすときうたってくれたうた、あなたさまからけられたとっていたのですが、本当ほんとうでしょうか?』
 歌龍かりゅうさんの故郷こきょうである音虫おとむしむらのあるしま響芸ひびき。そのしま管轄かんかつするおと神様かみさま沙楽さらさままつられているやしろにて、わたしはこのようなことをたずねた。
 沙楽さらさまは、わたしまえ姿すがたせてくださり、いにこたえてくださった。
『ええ、そうよ。つって、ふたひとつこと以上いじょう神経しんけいをすりらすから、特別とくべつにね』
『しかし、ははちちも、あなたはは信仰しんこうしているわけではありません。あなたさまがさようなことをしてくださる義理ぎりはないはず』
『いいえ、義理ぎりならあるわ。音楽おんがくというのは、ひとはげましたり、活気かっきづけたり、いやしたりするためにあるの。わたしは、音楽おんがくちから元気げんきけたいとおもったものがいれば、そのものちかくにいるわたし信者しんじゃはたらかせたり、わたし直接ちょくせつ脳内のうないうたおくったりして、民草たみくさうたとどけているのよ。それが、おとうたちからつかさどかみ責務せきむだとおもっているから』
 そして、沙楽さらさまは、わたしははさずけたうたにまつわるはなしをしてくださった。

十頁

『もう二百にひゃくねん以上いじょうまえになるわね。あなたとおなじように、よくがいたの。黒鬼くろおにべるようになる以前いぜんも、わざわいをまねくとして、きらわれていて、まれたおやは、ひたいかくさなきゃと必死ひっしになる。
 は、他人たにんなみだせてはいけない。ひたいまなこからもなみだこぼれるゆえに、けばであることがられてしまう。
 母親ははおやくのをいやがるのだけれど、そのはよくいて、母親ははおやこまてていたわ。そこで、親子おやこ近隣きんりんんでいた音楽家おんがくかわたし信者しんじゃかわせたの。かれとその母親ははおやけてつくったのが、そのうたよ』

あめ あめ あめが ちた 
 あめ あめ あめが ちた

 あめ あめ あめが ちた
 あめ あめ あめが ちた

 あめ あめ あめは 大地だいちうるお
 あめ あめ あめは 大地だいちうるお
 
 あめ あめ あめは こころうるお
 あめ あめ あめは こころうるお

 あめ あめ あめが ちた
 あめ あめ あめが ちた 』

「そのおんがくかのひとは、みつめをみても、なにもおもわなかったのかしら?」
「それもたずねましたが、問題もんだいはないと思います」

大丈夫だいじょうぶよ。わたし信者しんじゃに、差別さべつ偏見へんけんなんてありない。そんなもの、このわたしゆるさないから』
 そうったときの、重圧感じゅうあつかんはものすごかった。
(お、おそろしい……)

「あのおかたそむけるような強者つわものなど、滅多めったにいないでしょう」
「そうなの。いいね、きみは。ないているときにあやしてくれるようなおやがいて」
「……桜姫さくらひめにはいないのですか?」
「うまれてからずっと、かおもみたことがない」
 わたしは、彼女かのじょほほれようとした。しかし、その意図いとかんづかれたのか、はらわれてしまった。
「かってにひとのかこをせんさくしようとしないでよ」
「す、すみません。……では、もうひとつの特技とくぎほうをしてもいいですか? むしろろこちらが本命ほんめいですので」
「かまわないわ」
「ありがとうございます」
 わたし感謝かんしゃべて、したのは、彩色さいしきつえ

十一頁

「……それはなに?」
 つえ桜姫さくらひめは、やや身構みがまえた。
「とあるねこからもらった、特別とくべつちから宿やどしたつえです。あなたさま危害きがいくわえるつもりはありませんので、ご安心あんしんを」
 それでも桜姫さくらひめに、警戒けいかい様子ようすられなかった。
「とりあえず、ていてください」
 そうって、適当てきとうつえはちこえかし、となえた。

しろとばり

 わたしはいつのにか、家具かぐなにもない、純白じゅんぱく空間くうかんいていた。まえには、かれがいた。

しろといういろは、“潔白けっぱく” という言葉ことばがあるように、きよらかさ、素直すなおさを象徴しょうちょうするいろです。一度いちどすべてをして、こころ洗浄せんじょうするのはいかがでしょう」

…どうしよう。無性むしょうすべてをしてしまいたくなった。いつかかれはなしたいとおもってめていたあれこれを。

「ここには、わたしとあなたさましかりませんから、ご安心あんしんを」
「……わたしは……ぼくは……両親りょうしんを、うばわれたんだ」

 一人称いちにんしょうわったとおもえば、その姿すがた変化へんかした。福楽実ふくらみくにはじめて姿すがたさらした、コウモリのかれだった。そんなことよりも、衝撃しょうげきはなしかれくちからした。
 両親りょうしんうばわれた?
だれに?」
闇奈緒やみなおさまにだ」
「!!」
色彩しきさい宇宙そら殿どの対抗たいこうするための黒鬼くろおにまれて、大層たいそうよろこんだのだろう。ふるおびえながらも、必死ひっしまもろうとするぼく両親りょうしん惨殺ざんさつし、ぼく手中しゅちゅうおさめた」

 あかぼうころは、乳母うば用意よういされていたが、ある程度ていどうごけるようになり、言葉ことばおぼえたころになると、闇奈緒やみなおさまによる教育きょういくはじまった。
闇奈緒やみなおさまは、ぼく屈強くっきょう黒鬼くろおににするべく、くことやほかあまえること、がままをうこと、よわみをせること、失敗しっぱいすること、なまけること、なやむことすらゆるされなかった。
 はんすれば、きびしいばつくだされる。かお身体からだなぐられられ、生傷なまきずえないのが日常にちじょうだ。
 はじめは食事しょくじもろくにあたえられなくて、ひもじかった」

「それはひどい。そんなやりかたじゃ、むし卑屈ひくつ貧相ひんそうそだつのでは?」
 わたしがそううと、わたしはかすかにみをかべた。
幼少ようしょうころは、黒鬼くろおにいえにいたのだが、そのようなことを闇奈緒やみなおさまもうしたおほうがいた」
「え、闇奈緒やみなお意見いけんしたものがいたのですか?」
「ああ、そのかたはまさしく猛者もさえる。武術ぶじゅつ学術がくじゅつふえうですぐれていて、それでいて勇敢ゆうかんこころやさしいおかただ。どころがまるでない。あるとするなら、完璧かんぺきぎてねたましくおもうところかな」
「す、すごい」
わたしよりも何枚なんまい上手うわてだ)
かれぼくのこともにかけてくれて、そのおかげでぼくはいくらからくになった。でも、くるしい日々ひびだったことにはわりない。なによりくるしいのは、なにからもあいされなかった」
だれからも?」

十二頁

「そうだ。ぼく親切しんせつにしてくれたあのかたも、ぼくいてどこかへってしまった。ぼくのことよりもずっと大事だいじなことがあったんだ。ぼく本気ほんきあいしてはいなかった」
「そんな!……」

「そうだよ。おかげぼくは、闇奈緒やみなおさまから暴力ぼうりょくけたくないと、いだかなしみや孤独こどくたすかりたいといったよくなんかをやみちから封印ふういんした。

 それにくらべてきみはいいね。きみあいしてくれる母親ははおやがいて。くこともゆるされて、子守唄こもりうたうたってくれて。信仰しんこうしてすらいないかみから、うたおくられて。しかも、色彩しきさい宇宙うちゅうにまでまもられて。

かみなかでも最上位さいじょういにある存在そんざいで、この世界せかいつくった宇宙そらという存在そんざいは、いのったって簡単かんたんにその加護かごけられるわけじゃない。
 なのにきみは、いのってもいないのに、霊人れいじんまれたからという理由りゆうまもられて。
 きみめぐまれてるね。まれながらのくみだね」
ちがう! しきはそんなんじゃっ……」
ぼく黒鬼くろおにまれたから、闇奈緒やみなおさまうばわれて、地獄じごく日々ひびおくってきた。
 ぼくまれながらのくみさ。まったくのおなまれたのに、どうしてこんなにも対照的たいしょうてきなんだろうね」
「? おなまれた?」

「ほら、おとのあの母親ははおやってただろ? 二十六にじゅうろく年前ねんまえの『鯉登こいのぼり』は、双龍そうりゅうだったって」
おとのあの” とは、歌龍かりゅうさんのことだろう。歌龍かりゅうさんの母親ははおやりん止゛さんは、たしかにっていた。
「『鯉登こいのぼり』でこいのぼったかずだけまれる。双龍そうりゅう誕生たんじょうして、まれたきみぼく。|魂だけは共通するものが宿ってるみたいだね。

 ようやくきみに、ぼくおしえてあげよう。せい誰羽根だればねいみな出御いずみあざな夜玄やげんだ」

夜玄やげん……」
 わたしして、夜玄やげんをギュッときしめた。
「どうしてきしめるの?」
なんとなく。其方そなたからは、そのあまるほどのおおきくふかかなしみをかんじられる。いたいことは沢山たくさんあるけれど、一番いちばんは——この自由じゆうなんです!」
「……自由じゆう?」
「もちろん、ひととしてまもるべき道理どうり神様かみさまさだめた戒律かいりつはあるけれど、そういう絶対ぜったいえてはならない一線いっせんえさえしなければ、自分じぶんおもいやねがいのままにうごいたってかまわないのです。
 なかのつまらない常識じょうしき迷信めいしんなんかにながされる必要ひつようなどありません。きらいなものを無理むり我慢がまんつづける必要ひつようなどありません。そんなもの、クソくらえです。
 自由じゆうきようと、不自由ふじゆうきようと、どうせ最期さいごぬだけですから。だったら、すこしでもくるしくならないかたをしたいです。

 彼方あなた人生じんせいだって、いくつらいことばかりだったとしても、げやりになって、すべてをくるめて “くみ” だなんて、めつけてはいけません。
 たとえながつづかなかったとしても、些細ささいなことだったとしても、しあわせな瞬間しゅんかん彼方あなた大事だいじおもってくれたひともいたのでしょう、それをないがしろにしてはいけません。
 彼方あなた一方的いっぽうてきに “ぐみ”だとめつけたわたし人生じんせいだって、くるしいとおもったことなどほしかずほどありました。それでも、些細ささいなものからおおきなものまで、しあわせだとおもったとき沢山たくさんありました。ゆえに、わたしのこれまでの人生じんせいそうじて幸福こうふくだったでしょう。
 大事だいじなのは、自分じぶんがどうとらえるかなのです」
「え……なにそれ……なにそれ……」
 夜玄やげんは、動揺どうようしていた。わたしは、かれからはなれて【しろとばり】を解除かいじょした。
「どうです? すこしはスッキリしましたか?」
「うん、ありがとう。やっぱり、名乗なの必要ひつようはなかったな」
「え……?」


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