見出し画像

web3のソウルを理解する

はじめに

SSI/DID/VCと同様に、Soul Bound Token(SBT)もあらゆる実体のアイデンティティを表現するための一つの手段です。

デジタルアイデンティティや分散型アイデンティティについて考えていくうえで、E. Glen Weyl氏、 Puja Ohlhaver氏、 Vitalik Buterin氏によって発表された論文、 ”Decentralized Society: Finding Web3’s Soul” を読み理解することは非常に重要です。

ということで今回は、思考整理を兼ねて改めて同論文を読みながら要約してみました。

純粋に「論文に何が書かれているのか」ということを知りたかったため、その他で参考にした資料は特にありません。

「論文の概要を理解したい。」「SBTってなんだろう。」と思っている方のお力になれるかもしれません。(所要時間:6分)

分散型社会(DeSoc)

分散型社会とは、端的に述べると「より豊かで多元的なエコシステム」を指します。

もう少し詳しく説明すると、コミュニティやソウル(概要後述)がボトムアップで集まることで、様々な規模のネットワーク財と知能が交わり、新たな価値やネットワークが共創される共同決定型の社会のことをいいます。

とはいえ、単に信頼と協力を積み重ねるだけでは不十分です。

真の分散型社会を構築するためには、ネットワーク間でのアイデンティティの偏りや過剰協調(または共謀)を是正する必要があり、そのためには例えば財産権を分割可能にしたり、相関スコアを用いたガバナンスメカニズムを用いることなどが重要です。

分散型社会(DeSoc)の最大の強みは、そのネットワークコンポーザビリティにあります。

持続的な収益増加とネットワークの成長は、別のネットワークの増殖と交錯を促します。さらに、やがてデジタル世界に、より多くの物理世界の情報が交わり合うことで、分散型社会の価値を指数関数的に増大させ続けることができるのです。

現在のweb3領域では、様々な先進技術が出てきているものの、非常に中央集権化したweb2の構造に陥ってしまっているのも事実です。

例えば、

  • NFTアーティストが、OpenSeaやTwitterといった中央集権的なプラットフォームに頼っている

  • 投票システムなどを取り入れているDAOが、SNSなどのweb2インフラのプロフィール情報に頼っている

  • web3参加者の多くが、分散型ではなくコインベースなどの中央集権型で管理されたカストディアルウォレットを利用している

といった現状が挙げられます。

これらの課題を解決し、指数関数的な成長を実現する分散型社会をもたらすためには、社会的アイデンティティや関係性をweb3の世界に持ちこむ必要があり、それには後述するソウルとSBTが必要不可欠です。

ソウルとSoul Bound Token(SBT)

ソウルとは、パブリックかつ譲渡不可能な(ただし発行者によっては取り消し可能な)トークンを保持するアカウント、またはウォレットです。ソウルは別のソウルに対してSBTを発行することもできます。

特別に法的な名称に紐づいている必要はなく、偽名であることも可能です。また、「エンティティ一つにつき一つのソウル」 を保証するためのプロトコルではありません。

Soul Bound Token(SBT)とは、このソウルによって保持される譲渡不可能なトークンのことを指します。SBTは「自己証明 」であり、私たちが履歴書で自分について情報を共有するのと同じようなものです。

ソウルのリカバリー機能

現在、ウォレットリカバリーには、マルチシグリカバリーやニーモニックなどの方法が用いられています。ソウルの場合、これをソーシャルリカバリー、つまりコミュニティの力によって実現することができます。

これが可能になる理由は、ソウルが安全なオフチェーン・コミュニケーションなどを通じて、コミュニティ内での最新情報を照合・検証し、「認証」を行うことができると想定されているからです。

ソウルはネットワークの力を活用することでソーシャルリカバリーを実現するのです。

さらに、コミュニティネットワークを活用することで、ソウルの盗難や転売を抑止します。

SBTのメリット

以下にて、論文で述べられているSBTを活用することで得られるメリットを、13つ簡単に見ていきます。

  1. データの真正性の担保

    1. エンティティの社会的背景(所属、資格など)を詳細に追跡することができる。

  2. 不正・攻撃耐性

    1. エンティティの社会的背景を情報に含めるため、ボットなどの非人間を排除しやすくなる。

  3. 健全なコミュニティ関与の最大化

    1. 信頼関係がSBTにより明確になるので、コミュニティ内でのポジティブなプレゼンス構築に一層注力するようになる。

  4. 特定の属性に限定したエアドロップ(=ソウル・ドロップス)

    1. SBTやそのほかのトークンの計算に基づき、特定の属性のエンティティにエアドロップができる。

  5. 分権化

    1. 社会的な依存関係、弱い所属、強力な繋がりを把握することで、DAO内の複数のコミュニティにまたがる関係性に基づいて、妥当な役割を付与したり、偶然の連携や悪意ある共謀を抑止することができる。

  6. コミュニティ意思決定の多元化

    1. 特別な利害関係者によって過剰に調整された(あるいは意図的に結託した)狭いものではなく、最も多様なメンバーによって合意された、ネットワーク全体に広く利益を与える複数の財を指数関数的にスケールアップすることができる。

  7. 妥当な予測モデル

    1. 参加者の学歴、メンバーシップ、一般的な社会性といった社会的文脈の中で、エンティティの予測を計算することで、より重み付けされた(あるいは非線形に統合された)予測モデルを開発し、社会的実績に根ざした賢明な意思決定が可能になる。

  8. 健全なプライバシーの管理

    1. SBTをプライバシー情報と紐づけることで、プライバシーそのものを財産として取引するのではなく、プログラムで制御可能かつ疎結合なバンドルとして扱うことができる。すなわち、プライバシー情報へのアクセスコントロールを持つことができる。

  9. 「アテンション・エコノミー」への貢献

    1. ソウルはソーシャルグラフの外にいるボットからのスパムを排除する力を与える一方で、実際のコミュニティに相性の良いコミュニケーションを向上させ、メンバーの行動をコミュニティに最適化させる。

  10. 無担保融資の実現

    1. 学歴、職歴、賃貸契約などを表すSBTは、信用に関連する履歴の永続的な記録として使うことができるので、「社会信用システム」の重要な側面としてSBTを機能させ、セキュリティを担保しながら融資活動を可能にする。

  11. 融資市場のオープンソース化

    1. SBTと返済リスクの間に新たな相関関係が生まれ、信用度を予測する優れた融資アルゴリズムが誕生し、中央集権的で不透明な信用スコアリング・インフラの役割が軽減される。

  12. コミュニティ融資事業の推進

    1. マイクロファイナンス事業のモデル(ムハマド・ユヌスによるグラミン銀行によって開拓された、ソーシャルネットワークのメンバーが、互いの負債をサポートすることに同意することで、小口での融資を可能にするモデル)などに適用しやすい。

  13. 財産権の分割

    1. 財産権の使用("usus")、消費または破壊("abusus")、利益("fructus")の権利を、SBTを活用することで、用途に応じてそれぞれ分割できる。

SBTの課題

SBTのメリットを確認したところで、続いてはSBTの課題について簡単に見ていきます。

まず一つ目が、プライバシーの問題です。

パブリックなSBTが多すぎると 、ソウルに関する情報が多く公開されプライバシーが脆弱になる可能性があります。

一方、プライベートなSBTが多すぎると、ガバナンスに影響を及ぼすようなプライベートコミュニケーション・チャネルが生まれる可能性があり、共謀などの不正を誘因する恐れがあります。

プライバシーを保護するために考えられる最も単純なアプローチは、データをオフチェーンで保存し、データのハッシュ値だけをオンチェーンに残すことです。

オフチェーンデータをどのように保存するかは本人に委任されています。

選択肢としては、①本人のデバイス、②本人が信頼するクラウドサービス、③IPFS(Interplanetary File System)などの分散ネットワークを挙げることが出来ます。

データをオフチェーンに保存することで、本人はSBTデータの書き込み権限と読み取り権限を持つことができます。

データの公開を抑える方法の一つに、「ゼロ知識証明」があります。ゼロ知識証明は、「任意のステートメントを、そのステートメント以上の情報を明かすことなく証明することができる技術」です。

ゼロ知識証明はSBT上で計算され、ソウルに関する特性(例えば、特定のメンバーシップを持つこと)を証明することができます。そしてこの技術は、マルチパーティ計算技術を導入することでさらに拡張することができます。

例えば、「証明者と検証者はお互いその正体を明かさずに一緒に計算を行い、出力だけを互いに知る」といったことができるようになります。

もう一つの方法に「指定検証者証明(designated-verifier proofs)」があります。「データ」に関する信頼できる証明を「検証可能な遅延関数(verifiable delay functions)」を用いて可能にします。

これは、ゼロ知識証明を用いてやりとりしているエンティティ以外のエンティティもその情報の真正性を5分後に確かめることができる技術です。

例えば、本来AとBの間で検証が済んだ内容をBがCに伝えるとき、CはAとB間のやりとりにおける真正性を確認することは出来ませんが、この「指定検証者証明」を使えば可能になるということです。

SBTにおける二つ目の課題は、ソウルが不正をはたらく可能性があることです。

ソウルが賄賂と引き換えに不正なSBTを提供し、コミュニティを騙そうとするかもしれません。

十分な賄賂があれば、人間(およびボット)は偽のソーシャルグラフを生成して、アカウントを本物の人間のソウルのように見せかけ、(偽の)SBTによって差別化するようなことができてしまいます。

これらの問題を完全に解決することは現状難しいかもしれませんが、いくつかの解決方法が考えられます。

  1. 本物のオフチェー ン・コミュニティ・メンバーシップを示す「厚い(thick)コミュニティ」から立ち上げることで、なりすましやボットのSBTをフィルタリングして取り消す。

  2. コミュニティの入れ子構造を活用し、多層的にSBTを要求することで真正性を証明する。

  3. SBTエコシステムのオープン性と暗号学的証明可能性が、共謀のパターンを検出し不正な行動に対してペナルティを与える。

  4. ZK技術(例:MACI)が、ソウルが行った証明の一部を暗号化し、証明できないようにする。

  5. 内部告発者を奨励する。

  6. 共謀が極めて大きい場合を除き、正直な報告を奨励するために仲間予測理論のメカニズムを使う。

  7. 正直であることに大きなインセンティブがある相関スコアを使用する。

このような方法を用いて、ソウル/SBTの安全性を高めながらユースケースを増やすことができます。

類似技術との比較

デジタルアイデンティティに関するフレームワークは数多く存在し、web3領域では主に4つの対象があります。それらとソウル/SBT/分散型社会との相違点についてみていきます。

  • Legacy(レガシー)
    レガシーIDシステムは、第三者(政府、大学、雇用主など)が発行し仲介する紙片やIDカードに依存しています。これらに含まれる情報は、第三者を呼び出し確認することで成り立っています。

    このレガシーシステムは重要ではありますが、コンポーザビリティに乏しく、とても非効率で迅速な計算は出来ません。

    さらにこれらのシステムは、コミュニティ内での証明は難しいので、中央集権的な第三者に依存するかたちになります。

  • Pseudonymous Economy(偽名経済)
    コインベースの元CTOであるBalaji Srinivasan氏は、プライバシーを保護するためのゼロ知識証明とレピュテーションシステムを組み合わせた社会のビジョンとして、「偽名経済」という言葉を生み出しました。

    「偽名経済」では、差別や人の評判を傷つけたり社会的な繋がりを断ち切ろうと試みるソーシャルモブによる、「キャンセル文化」を回避するために、偽名を使用することを強く主張しています。

    この「偽名経済」と「分散型社会」の違いは、前者では差別や「キャンセルカルチャー」を避けるために、あまりにもアイデンティティの分離を行ってしまっている点です。

    ある程度の分離(例えば、家族、仕事、政治などの間で異なるソウル)は健全かもしれませんが、一般的に、攻撃に対する主要な支柱としてこのアイデンティティの分離をすることにはリスクがあり、相関関係を重視するガバナンスとの相性も悪くなります。

  • Proof of Personhood(PoP:人称の証明)
    PoPプロトコルは、個人のユニークさを示す証拠(token)を提供することを目的としています。そのために、ソーシャルグラフのグローバルな分析、バイオメトリクス、シマルテニアスグローバルキーパーティ(simultaneous global key parties)、またはそれらの組み合わせに依存しています。 

    しかし、PoPプロトコルは、関係性や連帯によって位置付けられるソーシャルアイデンティティではなく、グローバルなユニークさを表現することに焦点を当てているので、ユニークな人間であることを超えて関係的で他と違いのある(differentiated)人間であることを目指す分散型社会とは異なります。

  • Verifiable Credentials(VC)
    Verifiable Credentials(VC)は、クレデンシャル(または証明書)がホルダーの裁量でゼロ知識共有が可能なW3C標準です。

    VCとSBTは自然な補完関係と見なすことができます。

    SBTは当初公開されるため、政府発行の IDのような機密情報には不適切です。一方で、VC実装はコミュニティリカバリーによって対処できる局面では弱点があります。

    二つのアプローチを組み合わせることで、近い将来より補完し合いながら強力になる可能性があります。

SBTの展望

SBTの活用は、今後どのように広がっていくのでしょうか。以下で考えられるいくつかのシナリオをみてみます。

①SBTは取り消し可能で譲渡可能なトークンとして誕生し、その後、非譲渡可能なトークンへと成長するシナリオ

トークンは、発行者がトークンをバーンして新しいウォレットに再発行できる場合、取り消し可能とみなします。

トークンのバーンと再発行は、たとえば鍵が失われたり危険にさらされたりしたときや、トークンが金融化されて第三者に売却されないようにするために役立つでしょう。

②カストディアル・ウォレットを活用することによって、SBTが普及するシナリオ

カストディアル・ウォレットは集中化という欠点を持ちますが、カストディの知識を持たないリテール業者に対する、便利なSBT関連ツールになる可能性を持っています。

例えば、カストディアル・ウォレットが、リテール・コミュニティに取り消し可能なトークンを発行し、その後SBTに変換(または焼却して再発行) するといったことです。

これらは今後、徐々に中央集権型からコミュニティリカバリーに分散化を進め、カストディは分散型社会に向けたサービス(コミュニティ管理、SBTs発行など)に移行することができるでしょう。

③現在特定の会員資格などを示すために使われているNFTとトークンをSBT化するシナリオ

カンファレンスへの出席、職務経験、学歴を反映する信頼できる機関が発行したNFTやPOAPを譲渡しないという規格でSBTとして導入することができます。

NFTやPOAPを譲渡不可にすることで、それを獲得した人々は、ウォレットの評判を維持することに注力し、それらのアセットを効果的な担保として使うようになるでしょう。

さいごに

以上、”Decentralized Society: Finding Web3’s Soul”を、要約・整理してみました。

著者達が理想としているweb3の世界と、現在のweb3の世界とのギャップに対する指摘や、そのギャップを埋めるためにソウル/SBT/分散型社会という概念・機能がいかに効果的であるかということが書かれていたと思います。

理想的な分散型社会の実現に向けて、「web3」や「分散型」という言葉が一人歩きすることなく、コミュニティ間の繋がりや個人のアイデンティティ、社会的文脈をweb3に丁寧に持ち込むようなアプローチが重要なのではないかと筆者は考えます。

さらに、論文で述べられていた、「予測市場」、「クレデンシャルや参加証明」、「財産権取引」、「アテンション・エコノミー」等、SBTに関連した様々なキーワードについて、それぞれ再現性のあるSBTのユースケースを考えてみると新たなアイデアが出てきたり、議論の種が見つかって楽しいかもしれません。

今後も継続的に、SSI/DID/VC周りについて整理していけたらと思います。


参考文献
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4105763


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?