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〖短編小説〗11月15日は「きものの日」

この短編は972文字、約2分30秒で読めます。

衣桁(いこう ※着物などを掛ける道具。木を鳥居のような形に組んであるもの)にかかっている着物の袖から出ているのは、いったいなんだったのか検討もつかなかったです。

でも近づいてよく見てみると、それは女性の細い腕でした。ちょうど肘から先あたりが、袖からでているようで、とても白く陶器のように透き通っていて、もっとよく見続ければそのまま透けてしまうのではないかと思うくらいでした。特にわたしの目が釘付けになったのは、細い腕もそうでしたが、その手でした。

そこには人なんているはずないですし、衣桁にかかったままの着物があるだけです。誰かが隠れて手だけだそうなんて無理です。

でも、とても綺麗なんです。怖いとは、少しは思いましたけど、とにかく綺麗でした。手だけしか見えていないのに、まるで全身の優雅さや、美しさがその手から見えるようでした。また、手の周りにだけ白くきめの細かい粒子のようなものが、ふわふわと漂っていました。

手は自然な呼吸というのも変ですが、なんせ体がないのですからね、それなのに呼吸に合わせるように、必要以上に大げさに動いたり、見るものに余計な考えを与えないくらいの静かな動きしかしていませんでした。

本当に不思議です。着物は赤色で大変艶やかで目が行きがちですが、わたしがつい目で追ってしまうのは、着物の赤ではなく、静かに動く手の白なのでした。

手だけなので雄弁に何かを語るわけでもありません。ただし、そこからは私はなにかしらのメッセージを受け取ろうと必死でした。そんなものが、はたしてあるのかは分かりませんが。

どのくらい見続けていたでしょう。口はカラカラに乾いて、手にじっとりと汗をかいていました。しかし、そろそろ母屋に戻らなくてはなりません。そして、わたしはなぜだか今この瞬間にその手から目を離したならば、二度と彼女の手を見ることは叶わないとはっきりと理解できました。彼女の手だなんて、まるで友人のようですね。

わたしはどうにか名残惜しい気持ちを振り切り、手から目を背けました。再び着物を見たときには、あの美しい手はどこにもいませんでした。でも、いいのです。わたしは想像のなかで、わたしはあの美しい手に何度も会うことができるのですから。

「きものの日」は、昭和41年一般社団法人全日本きもの振興会によって制定されました。
11月15日は「きものの日」



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