週末パスの旅 下
1.青葉城恋唄
仙台といへば、さとう宗幸さんの「青葉城恋唄」を想ひ起こします。
三年前の秋、はじめて仙台の街を巡つたときに、この歌詞にある、
「広瀬川 流れる岸辺」
「吹く風やさしき 杜のみやこ」
の意味がよくわかりました。
本当に美しいものは単純であり、単純だからこそ人の胸を打つのでせう。また、この歌の歌詞にはある秘密が隠されてゐました。このことは後に書くことがあるでせう。
そして、「七夕の飾りは揺れ」る時期は、どのやうな景色を見ることができるのでせうか。ちなみに、仙台駅新幹線ホームの発車メロディーは「青葉城恋唄」です。涙が出さうになるほど、素敵ですね。
青葉城悲別歌
宮城野に 夏は来にけり 広瀬川 さやけき岸辺 見れば悲しも 可奈子
2.歌枕を見て参る
「歌枕を見て参れ」といへば清少納言の元カノである藤原実方ですが、今朝の気分はまさにそれでした。なほ、実方については前回紹介した平泉澄先生の『芭蕉の俤』(錦正社)に書かれてゐます。在原業平同様、実方は私の憧れの人です。
今朝は芭蕉も参拝した塩竈神社参拝から始めました。塩竈神社と志波彦神社を参拝するのは二度目です。再び導いてくださつた、塩土老翁神、武甕槌神、経津主神、そして志波彦神の神恩に感謝します。
芭蕉は早朝に参拝しましたので、私も同じように六時頃参拝しました。『おくのほそ道』には「かかる道の果、塵土の境まで、神霊あらたにましますこそ、吾国の風俗なれと、いと貴けれ」と書かれてゐます。
芭蕉はさらに石巻に出ました。『おくのほそ道』では、「…こがね花咲とよみ奉たる金火山…」といふ記述が「石の巻」のところにあります。これは大伴家持の、
天皇の 御代栄えむと 東なる 陸奥山に 黄金花咲く (巻十八・四〇九七)
(聖武天皇の御代がますます栄えるやうにと、東国の陸奥の小田の山から金色の花が咲いたやうに黄金が出た)
のことです。正しくは、金華山ではなく、宮城県遠田郡の黄金山神社の近くです。いはゆる、「海ゆかば」の長歌の反歌です。『維新と興亜』に「いにしへのうたびと 五」に端的に書かせていただきました。興味がある方は、どうかご参照ください。
私は石巻ではなく、多賀城駅に行き、前回の「おくのほそ道」をたどる旅で見ることができなかった末の松山と沖の石を見ました。それぞれ「百人一首」に詠まれた歌枕です。
ちぎりきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは 清原元輔
我が袖は 汐干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね かわく間もなし 二条院讃岐
さういへば、塩釜も歌枕ですね。市内には、塩釜百人一首といふ碑があり、雅です。恐らく、その当時の都人で塩釜はもちろんのこと、末の松山や沖の石を見たことのある人はゐなかつたでせう。だから、それぞれが想像の元に末の松山や沖の石を歌にしたでせう。そして。見てゐなくても素敵な歌を作ることができるのが和歌の魅力の一つです。このことは別の機会に書きませう。
いにしへの 人も来にける みちのくの 末の松山 けふ見つるかも 可奈子
我が涙 いまだ干なくに 沖の石の 千重しく波の 寄せ来る如 可奈子
3.鳴子の出で湯
仙台駅から東北本線に乗り、さらに小牛田駅で乗り換へ陸羽東線に乗ります。以前、快速リゾートみのり号といふジョイフルトレインが走つてゐましたが、今はもう廃止になつたやうですね。過去に二度乗りました。
さういへば、この路線に乗るのは、二年前に芭蕉の『おくのほそ道』を辿る旅をした時に以来です。その時は、鳴子温泉駅から尿前の関跡まで小雨が降る中を歩きました。芭蕉は封人の家に泊まり、「蚤虱 馬が尿する 枕もと」といふ句を詠みました。
今回も鳴子温泉で降りて…さう、滝の湯に入ります。最近、心身共に不調なので、少しでも快方に向かへば。滝の湯は白く濁つたお湯で、硫黄の匂ひがします。
鳴子温泉には一時間半ほど滞在しました。滝の湯は名湯です。以前来た時は、猫がゐたのですが、今日はゐませんでした。
白妙に にほふ鳴子の 出で湯こそ 国つ御神の しるしなりけり 可奈子
鳴子温泉駅から快速湯けむり号に乗ります。全席指定です。私の好きなキハ110系ですね。リクライニングシートに改造され、車内はWi-Fiも入りました。
なほ、私が一番好きな現役の車両はJR西日本のキハ120系です。レールバスとか走ルンですとか色々と言はれてゐますが、その飾らない見た目とシンプルな機能に魅力を感じてゐますし、何より可愛いです。ミニマリストゆゑでせうか、列車もシンプルなものが好きです。
途中、芭蕉が立ち寄つた封人の家がある境田駅を通過します。他にも赤倉温泉や瀬見温泉など、沿線は温泉が豊富です。ゆつくり温泉巡りをしたいところですが、けふも先を急ぎます。
一時間ほどで、新庄駅に到着です。私が中学生のとき、初めて来た東北の地が新庄でした。さて、新庄から代行バスに乗り、余目駅に向かひます。陸羽西線は最上川沿ひを走る明媚な路線ですが、今回はトンネル工事のため、バス代行となつてゐます。これはこれで趣があつて良いですね。
最上川 つゆを集めて 岩はしる 垂水の水の 疾くにしありけり 可奈子
余目駅から羽越本線で酒田駅に行きます。この時、今回の旅で初めて701系に遭遇しました。全席オールロングシート。私はあまり気にしてゐませんが。
酒田もかつて芭蕉が訪ねたところです。
4.酒田と大西郷
酒田といへば、西郷隆盛の故事を思ひ出します。幕末、東北諸藩は新政府に対して不服であり奥羽越列藩同盟を結成し、対抗しました。そのうち、会津と荘内班は頑強に抵抗しましたが、結局、官軍に敗れました。その時、西郷隆盛は、
と対応されました。かうした姿勢に心を打たれた酒田の人は、後に大西郷の教へをまとめ『大西郷遺訓』として遺しました。また、酒田の人の中には、西南戦争で共に戦はれた人もゐました。
他にも、本間家のことも思ひ出されます。本間家のことをわかりやすく書かれたものに、漫画家・森生文乃さんの『相場の神様 本間宗久翁秘録』があります。森生さんは今、「日本」に「絵物語 橋本景岳」を書かれてをり、とても面白いです。その橋本景岳先生の手紙を大西郷は城山で討ち死にされる時まで革鞄にしまつてをられたといひます。英雄は英雄を知る好き例でありませう。
5.旅はたのしき
酒田駅から、ずつと乗りたかつた快速海里号に乗ります。かつて、快速きらきらうえつ号がありましたが、その後継です。快速リゾートしらかみ号の橅や青池編成と同じHB-E300系です。きらきらうえつでは、車内で日本酒を飲みグデングデンになつた記憶があります。海里にもきらきらうえつ同様、ラウンジ兼売店があります。今回はコンパーメント席を確保しました。酒田駅、十五時発車。車内は子供連れの家族や旅行の方が目立ちます。
酒田駅を出てからの車窓は、しばらく田んぼが広がります。余目駅の次の停車駅である鶴岡駅では、三十分もの長い停車時間がありました。私は外には出ず、車内にゐました。鶴岡を十五時五十三分に出て、小波渡駅あたりから日本海の絶景が広がります。トンネルが多く、途切れ途切れですが、趣きある駅名の五十川駅を通過したあたりは、思はずiPhoneを構へてしまひます。
十六時十六分にあつみ温泉駅に着きました。あつみ温泉には、大学三年生の時の夏に入りました。青春18きっぷで札幌旅行をした時です。快速ミッドナイト号が廃止されるといふので、乗つておかうと思ひ北に向かひました。あつみ温泉は駅から遠くにあり、タクシーに乗つて温泉街まで行きました。街の中の小さな公共浴場でしたが、とても熱かつたやうに記憶してゐます。
あつみ温泉駅を出ると、磯が見えてきます。今日は、釣りをしてゐる人がちらほらと見られました。ルアーで根魚を狙つてゐるのでせうか。穴釣りをしたら面白さうな場所も目につきます。
笹川流れの絶景が、この列車の車窓の最大の見どころです。私は、母が日本海側出身のため、ところ変はれど日本海の景色にいつも目を奪はれます。列車はゆつくり走つて、この景色を楽しませてくれます。五能線の迫力には劣りますが、むしろ穏やかな海と漁村の風景は人の心を必ず和ませてくれませう。かうしたサービスは、以前のきらきらうえつと変はりません。
桑川駅では、鶴岡駅同様、三十分近い長い停車時間がありました。せつかくなので、外に出てみました。日本海の写真を撮つたり、道の駅笹川流れの中を眺めゆつたりとした時間を過ごしました。
また羽越本線には、GV-E400系といふ新型車両が令和元年から投入されてゐます。ここ最近の新型車両で、一番恰好が良いと思つてをり、今回、乗れたら良いナァと願つてゐました。中々、出会へず、もしかしたら米坂線でのれるか、と密かに期待してをりました。
さて、海里には終着の新潟駅まで行かず坂町駅まで乗りました。十七時四十六分に坂町駅に着き、米坂線に乗りました。接続よく来た車両は、結局キハ110系でした。定刻に坂町駅を発車し、荒川沿いをしばらく走ると日が暮れてきました。十九時半頃までは、外の景色を暗いながらも見ることができました。今泉で、山形鉄道フラワー長井線に乗りたかつたのですが、今回はそのまま終着駅の米沢駅を目指しました。この路線の宮内駅にはうさぎ駅長がゐるとか。ちなみに、私はうさこちゃんが好きです。
山形鉄道のYR–880形も好きな車両です。第三セクターの車両は似たり寄つたりではありますが。キハ120系と同じやうに、シンプルなのが好きだから、結局さういふ趣味になるのでせう。
米沢駅からは、わづかな時間の接続で新幹線に乗り換へ、つばさ158号で上野まで帰ります。
うちひさす みやこへ帰る まがな道 夜は更けゆけど 旅はたのしき 可奈子
今回の旅も無事でありました。今回も、お読みいただきありがたうございました。
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