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【読書】地球の本じゃなくて、月の住人の本なのかもしれない


本日の一冊
「月の部屋で会いましょう」
レイ・ヴクサヴィッチ(著)、市田泉(訳)

「だめ、もう行くしかない」
「まだ行くな!」

「僕らが天王星に着くころ」より


 皮膚がてらてらと輝く銀色の宇宙服へと変わり、やがて宇宙に飛んでいってしまう謎の病気が流行する世界に生きる、モリーとジャック夫妻。
 治療法が見つかるまで悠長に待つことはできないのでした。
 なぜなら、妻のモリーの身体はすでに銀色に侵されつつあったのです。
 このままではモリーが先に旅立ってしまう、とジャックはなんとかふたり一緒に長い宇宙の旅に出る方法はないものかと奮闘するのですが、一方のモリーは……。


「俺が上ってくるのが聞こえたから、急いでソファに座って紙袋をかぶったってわけか」

「冷蔵庫の中」より

 家に帰ると彼女が真っ暗な部屋で紙袋をかぶっています。
 理由を訊こうにも彼女は何も語りがりません。
 いったいなぜ、そんなことをしているのか?
 主人公の男性は彼女の気を引こうと紙袋を自分でもかぶってみます。
 そのあとに起こることとは。


 これらの他にも同じように、私が間違っているのか? と思うような、奇妙としか言いようのないお話が31編。
 私たちは本を開いてすぐ「僕らが天王星に着くころ」と対面することになります。
 本を開いたばかりの読者が出会うには少し強大な敵な気がしなくもありませんが、収録されている話がどれもラスボス級なので仕方ありません。
 油断しているとあっという間に置いていかれそうです。
 けれども、不思議と置いていかれることなくそばにいてくるような本でした。

 「冷蔵庫の中」にこんな一節があります。

この部屋は彼女の匂いがする。俺の匂いもする。狭苦しい空間の中、ついにふたつは混じり合って、今やまたとない二人の匂いになっている。

 この本も奇妙な世界の中でふと嗅ぎ慣れた、身近な生活の匂いがすることがあります。
 恋人たちのすれちがい、たわいもない揉め事におけるやりとり——。
 そのことに気がつくと、突如放り込まれたヘンテコな物語の中に自分の居場所ができたような気がします。
 振り落とされそうになりながら、懸命に細い文章にしがみついて読書をしているようで、一冊を読み終えた時には爽快感を覚えました。

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