【A Pinch of Psychology】2-1:Smell におい・体臭と心理学
A Pinch of Psychology。かつて心理学研究者を目指していた私の語る雑学的心理学シリーズの第二弾はSmell。におい、メイントピックは体臭・性フェロモンをテーマに2回に分けて、お届けいたしたい。
前回の心理学記事のコメント欄にて「体臭がくさいと感じたら、相性が合わないとかいうのは、俗説ですか?」「とある男性の匂いに惹きつけられた女性二人と雌犬がいた」というお言葉をいただき、そちらについて心理学研究で発表されているデータなどを参照に書いていきたい。
ちなみに、先日、スカンクの屁被害について呪詛を吐き散らかしたわけだが、あの記事が伏線なのであるよ、この記事の。ふふふ。
コチラ、前回の心理学ネタ記事:テーマは左利き。
Definition
Smellなどと書くと、私がまず思うのは、Smells like teen spirit。かのニルヴァーナの名曲であるのだが、まずは定義からご紹介したい。
日本語でも「におい」は「匂い」「臭い」と二つの漢字で記される。前者は好ましい香りであるが、後者は不快な香りである(スカンクの屁のような←しつこい)英語においてもそれはあり、Scent とSmellである。他にもAroma, Fregranceなどにおいに関連する単語は沢山あるが、ScentとSmell、概念的に匂いと臭いと同じようなものである。
なぜ「におい」について心理学的な話になるのか、それは、多くの場合、においが人間の記憶や感情と密接に結びついているためである。
これは、我々の脳の作りと密接している。
人が匂い・臭いを嗅いだ時、化学信号が発せられる。これは、脳の特定の部位に伝わる仕組み。人の鼻の奥に並んでいる嗅細胞には、におい分子受容体が備わっており、外界から嗅ぎこまれたにおい分子がにおい分子受容体と結合した時に、電気信号が脳にある嗅球へと伝わる仕組み。ちなみにこのにおいの分子受容体なるものは現在、わかっているだけで390種類存在する。ゾウは1000近くになるらしい。長い鼻はそのためのものなのか?(真顔)また、人間には五感があるが、この電気信号。嗅覚以外は大脳真皮に届かないのである。
ちなみに、五感、それにまつわる心理状況について学ぶ時、最初の一歩は、Anatomy。解剖学視点から、鼻のつくり、においのメカニズム、においの分子、それを受容するレセプターだとかそんなことから学ばねばならず、私はこのクラスが大嫌いだった。下の写真のような図。テストでは空白にされている名前部分を書かねばならぬのだ。全然、心理学じゃねぇじゃん!とよく文句を垂れていた。
現在の所、わかっているのは、においは10のカテゴリーに分かれており、人間には約10,000種類のにおいをかぎ分けることができるとされている(驚)そんな数のにおいがかぎわけられるのに、それでも人間の嗅覚は他の動物には劣ると言われるのだからびっくりである。可能性的にいえば、これ以上の種類を嗅ぐ能力があるともいわれている。
ちなみに10のカテゴリーだが、これ、私は、「これ考えたの、絶対アメリカ人やろ!?」と思っている。それは……
ポップコーンて……。なぜこのカテゴリーだけピンポイントなのか不明であるが、ポップコーンなのである。そらポップコーンには独特の匂いがあるが、私の思い浮かべるポップコーンの匂いは、おっそろしい量の溶かしバターがかけられているアメリカ式ポップコーンであるので、塩気を含む匂いである。ポップコーンと言っても色んな匂いがあると思うのだが。要は香ばしいにおい、ということなのだろう。
特定のにおいが特定の記憶や経験に密接しているという事象は、研究しつくされている。特定の匂いを嗅いで昔を思い出す、というアレである。これは上の図にもあるように、においの粒子がすっこーんと脳の部位に届くゆえの結果と言われている。
院生時代、てんかんの研究をされている方とお話したことがあるのだが、てんかん発作の前に、何か甘いもの、マシュマロを焦がすような匂い、電気系統が焼けこげるような匂い、を感じる、という患者さんが多く、それは女性に多い傾向があるという話を聞いたことがある。彼は「理由はわからないし、今後研究していきたい」と言っていたがあれはどうなったのであろうか(謎)ともあれ、においの研究というのは、ストレス、ノスタルジー記憶そのような心理状況だけでなく、こういう医学的な症状でも様々な研究がおこなわれているのだ。
Pheromone・フェロモン
安定の長い前置きになってしまったが、体臭についての話をしよう。おそらく、惹きつける匂い、という言葉を聞くとまずフェロモンを思い浮かべると思う。実際の所、フェロモンにはいくつかの種類があるわけだが、やっぱりメインとしてよく口にされるのは性フェロモンであろう。心理学におけるフェロモンの定義は
フェロモン、なんてめちゃくちゃよく耳にする言葉であるが、実際のとこ人間に存在するかどうかわからず、また他の動物に比べ、嗅覚がにぶいとされている人間であるので、存在したところでどこまで感知できるのか、など様々な疑問が存在する。引用文にもあるが「香り(香水、体臭など)が色気や覚醒に影響を与える可能性」この点に焦点を当てた面白い研究がわんさか存在するのでご紹介していきたい。
Menstrual synchrony・月経同期
と、その前に引用文にある、月経の同期の原因としてフェロモンも示唆されている。これ!私の専攻していたのは性ホルモンの分野であったのでまずはこれについて語りたい。
中学生あたりの頃、女子たちはよく言っていたのではないか。「生理がうつる」と。1人の子に生理が始まるとなぜか他の子にも始まる謎。とはいえ、基本、月経のサイクルは個人により異なるが一定のサイクルでおこる生理現象であり、かつ、個体差の多い現象であるので、「うつる」などという言葉は非科学的であるように思われるがそれを研究した人たちが存在する。
これは1971年にMartha McClintockという人によって発表された研究である。大学の寮に住む35人の女性を対象に月経の周期をたどった研究である。ゆえに、ドミトリー効果、とかMcClintock効果ともいわれている。
1人の生徒に月経がはじまると、ルームメイトと近しい友人といった長い時間一緒に時間を過ごす女性たちも、もつられるように月経がはじまる。Physical Contact (物理的な身体接触)の多い間柄にあると、このように月経周期がシンクロし、そのうち、互いの周期が同じ時期にやってくるようになる、というもの。
もちろん、この研究には賛否両論の色々な研究が存在する。2006年には、被験者数を186人に増やした実験が行われているが、そこでは有意なデータはなく(Z.Yang & J Schank 2006) 、被験者を1500人にしたオックスフォード大による実験でも優位な数字は出ず、このシンクロ説は偶然のものであると結論づけらる研究者も多い。
だがしかし、私は実体験でそれを信じる理由が存在するのである。
院生の頃、私は動物実験に使用するラット、マウス、ハムスターの繁殖コロニーを管理させられていた。これはそのうち頭のおかしな院生時代のネタとして別のNoteで語る予定なのだが、前任の先輩院生が大層、ナマケモノであり、そのため、研究室のコロニーが絶滅寸前であったのだ。繁殖というのは、非常に手間暇かかるが、それ以前に、毎日、同じくらいの時間に行わなければならぬのだ。その先輩の代わりに私が管理者としてあてがわれたのである。おそらく、日本人=勤勉である、というステレオタイプの判断と、当時、私が一番の下っ端であったからであろう。
実験動物というのはネズミなどでも結構なお値段がする上に、遺伝子操作にて生まれたマウスなどは、独自の研究ルートで譲渡されることも多く、コロニーの維持というのは、研究室にとって肝なのである。まぁ、お金持ちの研究室なぞは、実験するためだけに、購入してというケースも多いわけであるが。私のいた研究室では、動物を自分のとこで繁殖させていた。私は毎日(週末・祝日なし)研究室へと出向き、動物たちが交尾期であるかどうかを調べ、交尾期であれば雄と一緒にケージへ入れ、交尾させるという地道な仕事にせこせこと励んでいたのである。
ラット・マウス・ハムスターは、21日周期のサイクルで交配期間がやってくる。特にハムスターはサイクルがしっかりとやってくる。ほぼ、ほぼ100%規則性なのだ(ゆえにハムスターはよく性ホルモンの研究に使用される)
ちなみに「ハムケツ」と呼ばれ、写真が多く出回っているハムスターのお尻。あの足をピーンと踏ん張り、尻尾をぴこーん!と持ち上げている姿は多くの場合、「ばっちこい!」つまり、妊娠の可能性がもっとも高い日であり、雄からの求愛を全力で受け止める体制なのである。そしてあの恰好のまま、動かず、ずーっとばっちこいなのだ。ハムスターは。
だがラットやマウスは人間のものと似ており、不順なサイクルの個体も出れば、人間の現象と同じく、加齢によるサイクルの変化なども緩やかに現れる。これらのサイクルは体液をパイペットで採集、それを顕微鏡で確認する。細胞の大きさだとか、形を追跡し、交配期間を割り出すのである。むろん、ハムスター女子のように、ケツを高々と上げ、ばっちこいのまま静止なぞはしない。なので、ラット・マウスは時期を見て、雄の種馬、もとい、種ねずみと同じケージに数日入れて、妊娠させるのである。
で、だ。「う~ん、この子はイマイチ、サイクルが不順である」とか「あれ?始まる予定なのに始まらぬな」という動物が結構な数で出てくるのであるが、この子らを、サイクル安定の個体と同じケージにいれたり(大人年齢になったラットやマウスは、個体の大きさにもよるが大体、3~5匹ほどが1つのケージにいれられる)サイクルが始まりそうな個体と一緒にいれると、だんだんと周期的にやってくるのである。交尾期が。
ちなみに、交尾させる場合は、メジャーな手段は、ハーレム・ブリーディングといい、2-3匹の発情している雌に、雄を1匹いれる。雄は大忙しである。雄は2匹いれるとテリトリー争いを始め、酷い時は相手を死亡させるほどの争いに発展するのである。
この私の実体験をサポートするデータ、かつ何かにおいが関係しているのでないか?という研究も、もちろん存在する。
これは日本の研究者たちが発表したデータなのであるが、やはり64人の寮に住む女性を対象にした実験。まず特定の性ホルモンに対する嗅覚テストを行い、月経周期を追跡。64人の女性のうち24人(38%)の月経周期は、3か月でルームメイトの月経周期と同期し、同期した女性は、同期していない女性と比較して、3α-アンドロステノールというホルモンに対する嗅覚の鋭敏さが高かった。おそらく、3α-アンドロステノールによって放出される匂いを知覚する能力が月経の同期に関連している可能性があることを示唆する、というものである。
面白いことに、このアンドロステノール。これは性ホルモンの一種であるのだが、ホルモンとしてはとても弱いものであり、代わりに、体のさまざまな部分がホルモン、テストステロン、エストロゲンに変換する能力があるため、体に多くの影響を与えることが重要なのだと言われている。
(思い出していただきたい。左利きの記事。要因とされる遺伝子自体は非常に弱いけれど、そんな遺伝子が何個も集まって要因になりえる、というアレと同じである)
Estrogen エストロゲン。いう間でもなく、月経や妊娠などに深くかかわる女性ホルモンである。また、アンドロステノールというのは、男性の体内でより多く分泌される物質で女性に興奮作用をもたらすとされているもの。腋の下や生殖腺に広く存在するアポクリン汗腺から分泌される性ホルモンのことである。
私の実体験例に当てはめるとすれば。交尾・妊娠可能な時期というのは、個体のエストロゲン、プロジェストロンの量が大きく変化する。前述した体液摂取というのは、ホルモン量による体の変化を見るためのものであるのだが、エストロゲンは、卵子がリリースされた後、妊娠準備のためにそのレベルがもりっと上がる。そういった個体のものと、サイクルが不順な個体のものを同じケージで飼うことによって、かつ、アンドロステノールの働きにより、周期がシンクロする。またそれらは何らかの性ホルモンに対する「におい」と関連しているのではないか、と、考えられぬこともないというわけなのである。すごい話ではないか!
というわけで、生理がうつる説は、あながち嘘ではないのではない?そして、まだまだ研究の余地のあるものであること、性ホルモンが関係していること、そしてそれはにおいと何か関係しているのかもしれないよ、という話。
で、RingoのNote、恒例のくっそ長い前置き。まるっと1記事使って、ようやく登場。アンドロステノール。
男性の体内でより多く分泌される物質で女性に興奮作用をもたらすとされているもの。次回は、これに焦点を当て、「体臭がくさいと感じたら、相性が合わないとかいうのは、俗説ですか?」「とある男性の匂いに惹きつけられた」というご質問にお答えできれば、と思っている。
続く。
私が呪詛を吐き散らかしているスカンクの臭いについての記事はこちら。
そういえば、小説風に書いた話で、匂いと記憶ネタに少し触れている。その記事はこちら。
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