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この、小さくて大きな幸福と秘密|『博物誌 Ⅲ』

2011年3月に自分の身に起きた奇跡を忘れたくなくて、ここに(ほぼ)当時の言葉のまま残すことにする。

『博物誌Ⅲ』 串田 孫一 著

自然をこよなく愛する人の暖かなまなざしによる観察と思いやり、そこから生まれた遠い日の想い出、夢、ロマン、ユーモア……等。
四季折々に移り変る自然界に想いをよせて綴ったエッセイ集の第3部

《2011年3月3日の日記》

もう!なにから書けばいいだろう!!

この本を手に取ったのは運命だった。
とても素敵な出会いだった。
それはもう、朝の満員電車の中で大きな声を出しちゃうくらい。

散歩で下高井戸に行った際に立ち寄った古本屋さんに、ほとんどの本が入手不可になっている串田孫一の本があったので手に取った。
以前、山について書いた本を読んだことがある。

博物誌Ⅲは1年を通して日記のように、1テーマごと1~2頁ずつくらいの自然について書かれた文章が連なる。

この短い文章に惹かれ始めたころだった。

1月14日「まいまいかぶり」の頁を開いた瞬間、なにかが本の間から落ちそうになった。

「げ!古本だったからなにか挟まってたんだ!!」
慌てて一度本を閉じた。
「虫だったらどうしよう」「食べこぼしだったらどうしよう」
そっと、そしてこわごわと、もう一度その頁を開いてみた。

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そこに挟まっていたのは2つの四葉のクロ-バー
朝の満員電車の中で「キャ~!!」と叫びそうになった。

自分の身に起こったことが信じられなくて、その後もなんどもその頁に戻って見直した。

読み進めること4月20日、もう一度叫びそうになった。

クローバー

一九七二・四・二〇

 ジューナル・ルナールの「別れも愉し」を読む必要が出来た。この一幕物語の喜劇は前に他のルナールの作品とともに読んでいるが、少し細かいところを調べなければならなかった。そこで本をさがしたが、どうしても見当たらず、文庫本を古本屋で買って来た。
 その本の間に、四つ葉のクローバーが挿んであった。そこの頁まで読み進んで来て、突然見付けたので、おやと思った。私は以前にも同じ文庫本で読んでいるため、一瞬、自分で挿んだクローバーのように思われ、さて、これはどこで見付けて摘んだものだったろうか、それとも誰かにもらったものだったのか。そんなところまで考えて、やっと気がついた。
 クローバーはもう褐色になって、緑色に見える部分はどこにもなかったが、それはそれなりに、腊葉としての美しさがあった。本の最後の頁には、鉛筆で大層つつましく、一九三六年春読了と書いてあるが、仮りにこの同じ人がクローバーを挿んだとすれば、三十数年間この葉はルナールの喜劇の中に眠っていたことになる。
 一人の青年が春の休みに旅に出て、どこかの草原にねそべって、雲の流れを眺め、微風に包まれてまどろみ、また目ざめて本を読んだりしていたのだろうか。心にどんな憂いを抱いていたろうか。それとも悦びに踊る心を静かにおさえていたのだろうか。
 それともまた、彼は、この草原を、沈む心を引き立てながら歩いている時に、四つ葉のクローバーを見つけ、これが自分の未来の幸福を預言しているものとして大切に本のあいだに挿んだものだろうか。
 私の知らない一人の人間の、それも30数年前の春の一日のことなど想像し切れるものではないが、不思議な出会いとしてクローバーの腊葉を眺め、私はなかなかルナールを読み続けて行けなくなった。

こんなことってあるんだ。

さすがにこの本に読了日までは書いていなかった(または消されている)けれど、私の買ったこの本が刷られたのは昭和52年(1977)11月の約35年前。

30数年の時を超えて私の手元に届いたことになる。
もちろんこの本のクローバーも、最初に読んだ人が挿んだものかは分からない。

でもそれでいい。

この小さくて大きな幸福。

誰かに伝えたいけどもったいなくて、誰にでも話してしまうのは惜しい。

この小さくて大きな秘密。

私もこの本にクローバーを挟んだその人を想像してみる。
クローバーの頁でなく、その手前にこのクローバーを挟む、この遊び心に溢れた人を。

一人で過ごした一週間。きっと今だったから出逢えた奇蹟だと思う。

《処方》

💊 人づきあいに疲れている気がする

💊 優しい言葉が思い出せない

💊 「忙しい」が口癖になっている

《印象的な言葉》

家のあいだの迷路のような道を折れ曲がって行くと、品のいい洋装の貴婦人が立っていたのかと思うように、木立蘆薈(きだちろかい)が鮮やかな紅色の花を咲かせているのを見つけた。
『木立蘆薈』
「天は一つしかないのに、何故多くの国が存在するのか」
『星座』
ともかく何か声を出してみなければ、この近くに仲間がいるのかどうなのかもわからないじゃあないか、そうだろう?
『とのさまがえる』
この特殊な能力の持ち主が、かまぼこにされてしまうのかと思うと憐れである。
『飛魚』

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