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縄文推し

たまに無性に縄文文化が気になって調べたり、人に聞いたり、熱く話をしてしまう期間が訪れます。これを仮に縄文探求症候群=Jomon Quest Syndrome=【JQS】と名付けています。JQSは、DNAへの縄文菌の感染が要因と思われます。

前回JQSに罹ったのは数年前に「発酵バル カモシカ 縄文ナイト」というイベントを発酵食堂カモシカで行った時でした。貝塚から発見される痕跡から縄文人の食生活をイメージし、その具材を使った「縄文ぐるぐるカレー」というメニューなどを作りました。お客様として、勾玉をつけた方や、土偶のリングをはめた方、ただただカレー好きな方など多様なお客様に来て頂いてとても楽しかった記憶があります。

さて、今回のJQSのトリガーは下北沢「発酵デパートメント」に行き、小倉ヒラクさんと久しぶりに発酵密談をしていた際におすすめ頂いた「推しエコノミー: 『仮想一等地』が変えるエンタメの未来」(中山淳雄)という本を読んでいた時でした。

アーティストのみならず仮想のキャラクターを「推す」という日本独特の感覚(世界に広がっているそうな)の古層にはどんな風土があるのかと考えていて、連想的に「土偶を読む:130年間解かれなかった縄文神話の謎」(竹倉史人)を思い出しました。

土偶は妊婦さんの女性を形どったという定説を、竹倉さんは「イヤイヤそれはさすがに失礼でしょ」という普通の感覚で「土偶=植物の精霊の擬人化」という仮説でフィールドワークでの検証で洗いなおした1冊。いまだ賛否両論が続いているようですが、スーパーの里芋と遮光式土偶を重ねた写真にはぐうの音もでません。遮光式土偶は、もう里芋妖怪にしか見えません!

土偶は、縄文時代に主だった食べ物だった素材(里芋に限らず、栗や貝類などを含め)の中に見えないエネルギー体を感じ、それを裏返したり、表から象徴的文様をくみ取ったりしながらキャラクタライズしていったもの、という。

それにしても、勤勉に稲作に励んだ弥生時代には、作れなかった複雑性から、縄文人はミニマムに働いて後は「遊んで」いたと思われます。祭祀や飲み会含めて。神聖な遊びのプロセスで生み出された土偶は、宮崎駿が真剣に生み出したアニメの普遍性にも近いと言うと言い過ぎでしょうか。

「推しエコノミー」に続いて読んでいる、これまた発酵デパートメントに売っていた「アースダイバー 神社編」(中沢新一)には、直接的に縄文についてたくさん触れられています。

稲作という一粒万倍の増殖するエコノミーではなく縄文時代は、基本的には自然界から獲物という個体をギフトとして日々頂き、余剰は返していく循環型エコノミーだったことが考古学的・歴史考察的に示されています。

さらに、縄文遺跡から見つかる、朱の漆塗りの櫛や、漁醤や果実酒を醸した痕跡、ムラの外れの栗栽培の跡、大麻の繊維を発酵したり湯がいたりして籠や網を作っていたこと、貝殻で製作する釣り針などなど。自然界からのギフトを現代よりもはるかに豊かに使っていた痕跡が明らかになっている縄文時代。

ここで、粗々ですが構造化。

①精神/②信仰/③言葉/④大切なこと

を日本文化に順番に対応させていくとどうなるか。土の深い層から浅い層へ、そして土と空の間、土の上へという、A B C D。

一番古い意識の層ではこうなる。
Aの層
①古層/②縄文/③音霊/④見えないものの力

次の層ではこうなる。
Bの層
①新層/②神道/③ひらがな/④見える力

そして半分より上でこうなる。
Cの層
①表土/②仏教/③漢字/④象徴的統合

現代に普通に見えているのは↓
Dの層
①表層/②推し文化/③カタカナ/④Popな具体化

と1番表層にあるDの層では、④Popな具体化としてのアニメやキャラクターは、縄文の古層にある④「見えないものの力」をテーマに据えていたり、無理矢理な擬人化だったりする。①②③④は全て対応中。

様々なものは美少女化され、その果てに馬ともなり(うま娘)、武将だけでなく刀もイケメン(刀剣乱舞)となり、気のような見えない力のエネルギーで大体は戦い(ドラゴンボールからハンター×ハンターを通り過ぎて鬼滅まで少年漫画の王道)、身体の中の菌の働きも可視化(働く細胞)される。

これは、日本のポップカルチャーが、「見えないものの力」に敬意を払いながら具現化した縄文の土器づくりと連綿と繋がっている証左ではないでしょうか。クリエイターのみなさんは、突飛な発想をしている訳ではなく、自然とそっち側(精霊的エネルギー体の可視化側)にいく。

また「推しエコノミー」に戻ると日本の開発したアプリやゲームやアニメはLTV(ライフタイムバリュー)がめちゃくちゃ価値高く長いとありました。世界の1000年企業の半分も日本とか聞いたことありますが、とにかく一度商品やサービスが受け入れられると、ユーザーを巻き込みファン化が進み、改善改良で磨き続けて長くマーケットに残る。Dual-AISAS(電通用語)の実践が伝統なのですね。

翻って、縄文時代の新潟糸井川周辺の工人から始まった「勾玉」(胎児の成長パワーの可愛いアクセサリー化)が平安までの息の長い国民的ブームとなり、茶室という狭く暗い和室のデザインも推され続けて今に居たり、世界の富裕層の住宅に取り入れられたりと商品モデルのLTVは、何を見ても中々すごいのも共通。

いいものを手づくりで工夫を凝らし一度「カタ」が出来たら、長くどこまでも味わい尽くそうとする風土が本来の日本文化にはありそうな気がします。短期思考の奥の奥の奥底を掘ったところに。

コロナを経て、日本の産業の反発力(レジリエンス)でどんな動きが出てくるのか。無限に富みを生み蓄積していき階層化社会を作る弥生的な振り子の揺り戻しで、そろそろ潜在意識的には縄文側に触れている最中ですかね。というか、そうであって欲しい。

「推し」という偶像応援気質と、「縄文土器」が精霊の偶像化がぴったり重なったことを発見した今となっては縄文の古層からのエネルギーを、クリエイター達が得て、商品やサービスや作品が立ち上がり、そのクオリティの高さをもって世界に伝播していくのだと勝手に確信いたしました。

その時、我らが「発酵食堂カモシカ」がテーマとする「発酵」は、すでに縄文の古層に近すぎる為、そのテーマを表層にPOP化して表現していくことが求められます。それはどういうことなのか、これはまた、「あったかくなったら考えましょ」と小倉ヒラクさんが言われていたので、年を越してからゆっくり考えを煮詰めて、熟成していくことと致します。

縄文が好きという話から変な方向に飛びそうになりながら、なんとか着地できたでしょうか。

冒頭の、たまに訪れる僕の縄文探求症候群=Jomon Quest Syndrome=【JQS】は、そんなわざわざ長い英語名にしなくても、ただの「縄文推し」ということなのでした。

「縄文推し」

頂いたサポートを誰かをサポートするエネルギーにして参ります。