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地獄に仏… 姑介護③

いよいよ最後の1週間…

あと1週間で終わるなんて、当時(一昨年の9月)は思っていませんでしたが。
魔の1週間のはじまり…


寝すぎで、まもりこ(見守り装置)が赤信号

お弁当を届けない日も、実家へ行っている日も、トイレのドアに「まもりこ」という有料のセンサーを付けて、姑を見守っていました。
(本来は冷蔵庫に付けるものです。現在は実家母のみまもりしてます)
赤いマーク着いちゃってる!とその日も焦りつつもよくある事なので、気軽に姑宅へ。とにかくよく眠る姑が、この半年はさらに眠るように。電気つけてテレビ見てても仕方ないし、眠っちゃうの、と言ってたっけ。なかなか眠れない、夜中もラジオ聴いたりしている母と大違い。母によると、死が近づくと、1日ずーっと眠くなるらしいわよ、だそう。私は若い時から疲れたり、飲みすぎると20時間くらい寝てたわ~寝貯めしてたわ~(父似)

認知症にもかかわらずインターホンは憶えてくれていた姑。インターホンを押すと、必ず部屋で「どなたですか?」と答えてくれる。
その日は答えず。眠ってる時も多々あるので、鍵を開けて入る。
すると、強烈な便臭。寝室へ行くと暗闇で寝てる姑。姑もベットも便まみれ。いつも自分で一応拭いたり、洗ってみたり、着替えたり、した後の現場しか見た事がなかったので、これにはびっくり。
慌てて起こす。畳へ倒し脱がせ拭いて着替えさせる。姑は立つのもやっとになってる。
眠りすぎて筋力が一気に落ちてしまった感じ。お弁当も水分も摂取せずに。若ければともかく、老いていると一気に衰える体。

とりあえずポカリ一本飲んでもらうと、ああ美味しいと覚醒。支えればテーブルへも付けた。そこへお弁当も温め持って行って食べてもらう。
その日は実家へ行く事になっていたので、「実家の父を介護しに行ってきます」に、姑「いろんなお宅のお世話大変ねえ」
汚れたシーツや布団も替えて、汚れ物新聞紙に包んで回収し、家へ。
間に合わないので夫に駅へ送ってもらう。臭うらしい。そりゃーちょっとついちゃったかもね。惨状も話しておいた。


明らかに異常事態だが、その都度復活する姑…

実家から帰った日にまた姑宅へ。
今度は娘にも布団を運んでもらう。
が、またインターホンに出ない!
そして強烈な便臭!
娘は臭い超敏感なので、「大変だ~ママがんばれ~」と外へ逃げる。
娘には外で待機していてもらい、私だけ中へ。
寝すぎて粗相をしても寝続けていた、あんな事は1度だろうと思っていたら、また同じ姿!!
とにかく、ポカリスエット飲ませて元気出たところで、移動させ、拭いて着替えさせる。窓を開け、汚れ物を包んで、掃除して、リセッシュしてから、娘に色々運んでもらう。(車椅子もアマゾンで購入し持ってきた)
再び、飲んで食べると元気になって話せるようになる姑…

もうへとへとだったので、次の日は夫に行ってもらう。
(LINEで、飲み物お弁当、便はしてないか、あれこれ指示)
嫌がっていたが、これが生きてる母に会える最後のチャンスになってよかったです。
親不孝な夫は私が頼まねば、姑のマンションへ行ってくれない。
その前年度なんて、1年で2度(!)しか訪問せず。なのに、姑はその間も息子と夫だけは忘れなかったね~~会ってないのに!
可愛がっていた姪っ子もそのママも、仲良しのお友達4人も忘れてしまっても。
私の父も週3回くらい会ってる私はともかく、2か月に1回くらいのすぐ下の弟もしっかり名前言ってました。


ケアマネびっくり  私のエゴ

次の日は約束の時間までに娘とマンションへ。またしても便臭。
急いで窓開けて、おーいと呼んで手を振って助けを呼んでる姑の元へ。ベッドから滑り落ちて畳の上で横倒しになってる。周りはゆるい便の海…
姑に水分摂ってもらい、着替えさせ、掃除して、車椅子に乗せお弁当を持ってくると食べてる。
窓からの風に「気持ちいいわね~」と姑。
ケアマネが来る前に、もう姑は自力でテーブルに来れないだろうと思い、娘と畳の間から居間へ ベッドを運ぶ。
和室の畳を清掃&消臭していると、ケアマネ到着。

ケアマネの質問にいろいろ答える姑。
あの方たち(私と娘)はわかりますか?にちょっと分からないわね~
この張り紙はいつからですか?
「生の肉は買わないでね」「ピンポン鳴ったら受話器」「冷蔵庫にお弁当はいってます」「パンツです はいてね」(紙おむつパンツに)等など。
「いつからこんな状態なんですか?」と驚くケアマネ。

「車椅子は一昨日から使ってます」「寝たまま 便おもらしは5日前から」
「紙オムツは一か月前から。トイレの失敗は3か月前あたりから」
「買い物行かず、お弁当食べるようになったのは5か月前から」等答える。
段々と衰えていったのを見ている私たちには(私には)特にびっくりする変化ではなくとも、初めて会うケアマネにはびっくりよね。
姑の衰えに慣れっこになっている私でさえ、ここ5日の衰えは急激すぎて凄まじかった。わが目が信じられないほどのショック。

やはり半年前からケアマネをお願いしておくべきだったのか…
せめて3か月前から。母から、介護認定してもらってケアマネつけてもらいなさいよ、と度々言われていたっけ。

しかしどうせ要支援だったろうし。
失敗しつつも洗濯機をまわしてたりしたしなあ。
洗い物もばっちりだった。
姑に、フツーに「実家と自宅とうちと3軒も家事して大変ねえ」なんて労われてたしね…

なんて言いつつも私の時間がこれ以上なくなるのが嫌だったのよね…
別に住んでるのにデイケアやデイサービスに通わせるの大変すぎるとか。
私がさっと来てお弁当食べさせお風呂入れて片付ければ、その時間のみで終わる。ほかの時間は実家へ帰ったり、自由時間に出来たりする。


ケアマネに促され救急車呼ぶ

ぴんぴんして、私の作ったお弁当(中華丼)食べている姑だったが、ケアマネが「看護師さん連れてこれなかったので よく分からないけれど 一晩畳に横になってたの心配なので 一応救急車呼んで診てもらってください」と言う。
こんな元気そうなのに救急車なんて呼んでいいなかしらと思いつつも、事情を話して来てもらう。
両側に持ち手のついた籠状の担架で運ばれる姑。「あれいいね」と娘と話す。
娘には帰ってもらい、私は車で後から病院へ。

救急車が到着する裏ロビー?のベンチで待っていると、隣のお婆さんが、「入院はできない、また発作が起きたら来てと言われてるの。迎えに来てほしい」と息子さんに電話していた。大変…なかなか入院させてくれないのね…
すべての検査が終わって姑が車椅子押してもらい、待合ロビーのベンチに帰ってくる。
さっそく飲み物を飲んでもらう。
姑も入院させてもらえなかった…
その間にもどんどん救急車到着。
その場で吐いてる人もいる。
姑は、ああいうのは嫌ね~とか、超痩せてる看護士さんに、ああも痩せたらお終いねとか毒はいてる(汗)


地獄に仏


ともかく車へ姑を運ばねば。
別の外用車椅子に乗せようとするも全然足が立たない。もういいやと、その裏ロビー用車椅子のまま駐車場へ向かう。
車のドアを開け、姑を立ち上がらせようとするが、車椅子ごと持ち上がってしまう。空はどんどん暗くなっていく。
「ばあば、頑張って~ちょっとでいいから立って~車乗らなくちゃ帰れないよ」
そこへ、帰宅途中の看護士さんらしきおばさま。「大丈夫ですか~?手伝いましょうか」ありがたい(泣)
後部座席へ何とかかんとか横倒しに乗せる事ができました。
「おかげさまで帰れます、ほんとに地獄に仏です、ありがとうございました!」
やっと病院を出発。後部座席でぐったり横になっている姑。

車の中は臭うしこの先マンションへ運べるのか?どうして入院させてもらえないのか?この先本当に大変になりそう…心の中で「おかあさーん」
半泣きでハンドル握る私。
臭って悪いが、途中自宅で娘に乗り込んでもらう。
マンションの駐車場で姑を着替えさせる間に車椅子を持ってきてもらい、車椅子に姑を座らせる。
「おまえらなにすんだー」と言ってる姑を両側から持って2階へ。

なんとかベッドへ座らせ、飲み物とお弁当を少々口にする。
近くの椅子へ開けたペットボトルとお煎餅等のお盆を載せ、「ばあば、おやつもあるからね」と言うと嬉しそうな姑。
仏壇でいつものように拝む。「ジイジ、どうぞ迎えに来てあげてください」
これは初めて拝んだ。いつもは「皆を守ってください」等。
「ママ、ばあばに優しかったね」
「まあね~罪滅ぼしよ…」私のエゴでなかなか介護認定してもらわず、憎まれ口きいてる姑を乗せ乱暴に車椅子押しちゃったしね~
これが最後になるとは。優しくしといて良かったわ。まさか本当に舅がお迎えに来てくれるとは!ごはんも食べていたのに。悪口言ってたのに。
丁度そんな潮時でもあったのでしょうか…


ようやく一緒に

翌日朝10時に姑宅へ。
ケアマネと看護士さんともう一人の3人が、もう車で着いていた。
また便臭が凄いだろうと、鍵を開けていちもくさんに窓を開けに走ると、「そのままの状態を見たいので、そのままにしてください」と言われる。
看護士さんが姑の顔の近くへ。ペットボトルが転がってる。「吐血しているので救急車呼んでください」
再び救急車に来てもらう。
昨日のことをケアマネが伝えてくれる。
また後ろから車で…かと思ったら、私も乗ってくださいとのこと。姑は目は開けているがぼんやりしている。
今度こそは入院させてくれるんだろうな…と思って裏ロビーで座って待つこと1時間。
「呼吸が止まりました ご家族を呼んでください」とのこと。
夫と娘に電話。その後2人が揃ってから説明があった。
夫が「昨日も救急車で運ばれたが、その時に異常がみつからなかったのか?」と訊いてる。
そうだよね、自分の親だったら納得行かなくて私も色々詰め寄りたいところだわ…
でも姑だし、もう色々大変だったし、やりきったし、終わってくれた…という気持ちでいっぱいでした。ジイジ、バアバありがとうとしか浮かんできませんでした。

その日の晩酌で上の件、夫に言うと、お母さんも〇〇に、ありがとうしかないと言ってると思うよ、と。
涙は一粒も出なかったけれど、大きなため息が出ました。あっけなすぎたというのと、やりきったというのと、助かったというのと、ごめんねというのと、ありがとうという、大きな大きなため息。

10年も一人暮らし、よくがんばったね。
(羨ましい、一人暮らし10年はしたいと私が言うと、そうは上手く行かないわよと言ってた姑)

やっと大好きな旦那さんが迎えに来てくれたんだね。
ようやく寂しくなくなるし、もうずっと一緒にいられるね。




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