見出し画像

小説『顔見知り犬』

彼女はその犬のことが好きではない。
犬は彼女の手が好きで、撫でようとするとべろべろに舐め、執拗に噛むからだ。犬としては甘噛みのつもりだが、歯形で赤くなるくらいには痛い。

彼女がその犬がいる家に入ると、犬は吠える。大きな声で吠えて、止まらない。そのうるささに家にいる全員が顔をしかめる。

「静かにしないと遊ばないよ」
言っても犬は聞かない。うるさいので、そのまま彼女が見つめていると、犬はお座りをした。そうすると彼女が手を伸ばしてくれるのを犬は知っている。
知っているのにいつも騒がしくするから、彼女はこの犬は頭がよくないと思っている。
家はもとの音量を取り戻して、犬は時折ンンンと口からこぼす。右目、左目、鼻、同じ大きさの黒い丸が彼女を見つめた。
犬はやわらかくてあたたかい毛のかたまりとなり、彼女はそれを撫でた。撫でて、撫でて、撫でると、三回目で犬は彼女の手を食べて、彼女の手はべとべとになった。
うちに来るといつも同じことしてる、と家の人が彼女に言った。
彼女は断じてその犬のことが好きではない。

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

96,427件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?