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季節を分ける  SS0021

節分 2019/2/3

 冷たい冬の風が、首筋をなでる。
 俺はコートの襟を立てた。柏(かしわ)駅で電車を降り、バス乗り場に向かう途中のダブルデッキは、日曜日の人出で、にぎわっている。
 二年前の大事件など、みな忘れたかのように、休日のひと時を満喫している。
 まあ、それでいい。警察──特に公安の仕事は、表に出ない地味な任務だ。高校卒業後、俺は三十年近くその仕事に人生を捧げてきた。

 バスを待つ間に、一服したかったが、柏市内は路上喫煙が禁止だ。警察官が条例とはいえ、法律を破るわけにはいかない。

 だが、さすがに今日はこたえた。タバコでも吸わないと、気持ちを落ち着かせられそうにない。果たして俺の人生は何だったのかと、先ほどから自問自答を繰り返している。

 離婚したことは後悔していない。不規則な仕事で、家族にすら話すことができないことも多い。すれ違ってしまったのは仕方がない。
 だが、子供は別だ。親権は放棄した。構ってやれない俺よりも、妻の元へいるほうが幸せだと思ったからだ。

 もちろん十分な養育費は払っている。その代わり、年数度の面会交流を、俺は楽しみにして生きてきた。それを今年から禁じられた。
 法的に止められたのではなく、元の妻から、やんわりと来ないでほしいと言われたのだ。

 毎年、節分の鬼の役は、俺の仕事だったのだ。組織犯罪対策本部(そたい)の刑事のような面構えの俺には、お似合いの役といえる。
 幼い頃の一人息子は、俺の迫真の演技に泣いたこともあった。だが小学校に入学した去年の節分では、一緒に騒いで盛り上がった。

 その家に、未練がましく先ほど行ってきて様子をうかがった。もう節分はやらないのだろうかと思っていたら、玄関が開いて俺の知らない男が、鬼の面を被り、飛び出てきた。その後ろから嬉しそうに、「鬼は外、福は内」と叫ぶ息子の声を聞いて、俺は踵(きびす)を返した。



 バスから降り、官舎に向かう。早くタバコが吸いたい。タバコも俺も古い遺物だと自虐しながら、家路を急ぐ。久しぶりに開けたポストには、分厚い封筒があった。見慣れた息子の文字だ。俺は早足で自分の部屋に戻る。
 はやる気持ちを抑えながら、まずは一服した。慣れ親しんだ苦い味が、脳を刺激する。

 昇る紫煙を見ながら、初めてもらった息子からの手紙の中身を想像する。絵の好きな息子は、去年も節分の絵を描いてくれた。妻に内緒で投函したのだろう。宛名は拙い字で綴ってあり、切手は曲がって貼られている。

 封を開けると厚紙が見えた。開くと、そこには鬼の絵が描いてあった。鬼の横には、息子の自画像がある。鬼と息子は肩を組んでいる。上には懐かしい息子の字が綴ってあった。

「お父さん、今まで、ありがとう」

 目の前が、かすむ。「今まで」という現実を突きつける言葉に、脳みそを揺さぶられる。

 そりゃあ、新しい父親ができるのなら、古い父親は消えるほうがいいだろう。そんなことは分かっている。いつかはこんな日が来ると、思っていた。だが、しかし──。

 タバコの煙が目に染みる。ため息と共に煙を吐くと、絵の右下に小さな文字が見えた。

 ──また。お手紙を書くね。

 父の漢字は、去年までは平仮名だった。
 タバコを灰皿にこすり付け、もう一本抜こうとして思いとどまる。

 今日は、季節を分ける日だ。明日からは春が立つ。息子の春の日の幸せを、いまだ冬のままの俺は、そっと祈った。

第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞して自衛隊ミステリー『深山の桜』で作家デビューしました。 プロフィールはウェブサイトにてご確認ください。 https://kamiya-masanari.com/Profile.html 皆様のご声援が何よりも励みになります!