「助けて」と言う人、言えない人、言わない人。

自分のためだけに買うビール

150mlの小さい缶ビールを2本買った。
もしかしたら、人生で初めてかもしれない。

これは、夫の帰りが遅くて一緒に夕飯を食べられない日に、私がひとりで飲むためのもの。

「あれ?ビール買ったの?」

珍しく早く帰ってきた夫が、冷蔵庫を開けて言った。

「うん。わたしのだけどね。」

「そうなんだ。珍しいね。」

「先に一人で夕飯食べる時に飲もうかなって。」

「ふーん。」

私は普段からそんなに飲む方ではないから、自分のために缶ビールを買うなんて、ましてや一人で缶ビールを開けるなんてかなり稀な行為になる。
一緒に夕飯を食べられる日は、グラス一杯だけ晩酌に付き合う。いつもは、その程度だから。

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突然だけど、上の会話には3つの演出が含まれている。

3つの演出

まず、ひとりでも楽しめる女アピール。
仕事ファーストの夫と結婚した私は、ひとりでいる時間が長い。「一人きりで待っている妻は、ビールを適量飲んだりして一人の時間さえも自ら楽しもうとする、依存心のない自立した魅力的な女性である」と思われていたい。もう、ほんとうに、あざとい。

もう一つは、「一人の時間を自ら楽しめる妻をアピールしたことによって安心し、夫が心置きなく仕事に専念できますようにという気遣い」だ。
そんな、メッセージでも主張でもない、私なりの気遣いの態度。なんて控えめな優しい女性。

最後に注目してほしいのは、ビールを自分の分しか買っていないところ。
我が家にはビールをストックする習慣はないのだから、自分の分と一緒に夫にも買ってあげても良かった。きっと喜んで飲んだはずだ。簡単すぎること。
でも、私は買わなかった。自分の分だけを買って、夫のは買わないという「寂しさで多少拗ねた心による、ささやかな反抗」をしているのだ。これは相当に面倒くさい。

果たしてこんな私を、かわいい女と呼べるだろうか?
夫にはどう見えているのだろうか?

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何も気付かれない安心

恐らく夫は、どれ一つとしてこの演出に気付いていない。

でも、それでいい。

気付かないことで、いつでも私を私の世界の主人公でいさせてくれる。

そういうところが好きなんだ。

だから私からも、決して伝えない。
気付いて欲しいフリをしながら、心の底では (気付くな、踏み込むな) と思っている。

夫婦なんて、分かり合わない方が上手くいくんだよ。

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話はこれで終わらない。

「助けて」と言われるまで助けない

そんなこともあって、私は人の葛藤や辛さに気付いても、「助けて」と言われるまで極力助けない。

上手に「助けて」と言える人の図々しさに、辟易することがある。憧れと羨ましさでどうにかなりそうな時もある。

一方で、「助けて」が言えずに、命を失う人がいることも知っている。

でも、「助けて」と言わないことによって、私が私自身を救えた経験もあり、これが何物にも変えられない大切な宝物になっているのだ。

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生きていけるのなら一人で苦しんだっていい

とてつもなく辛い時に、"それでも生きていく"という確信が持てるなら、きっとあなたは誰かに愛されている。もしくは愛されていた。
だから、愛という経験が細胞の記憶にある限りは、徹底的に一人で苦しんでみてもいいんじゃないか、なんて思ってしまう。

ひとりで苦しめる人は、ひとりでも楽しめる。

私のビールを巡る一人芝居のように!

「生きよう」と思える限り、人は今より強くなれるし、弱さも受け入れられるよ。

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誤解しないで欲しいのだけど、泣いている人がいたら、側にいてあげましょう。道端で倒れて苦しんでいる人がいたら助けましょう。コンタクトレンズを落として必死で探している人がいたら、一緒に探してあげましょう。電球の交換の方法が分からなかったら、素直に聞きましょう。プログラミングを身につけたかったら、その道の人に助けてもらいましょう。パエリアを作りたかったらクックパッドかクラシルで調べましょう。無関心な冷たい人であれということでも、何でも自分で考えろということでもありません。

そして、生きていくのが嫌になるほど助けてほしい人は、迷わず坂口恭平さんに電話をして「助けて」と言いましょう。

自分だけの内的宇宙

今井美樹さんの「PRIDE」という曲に「貴方は私に自由と孤独を教えてくれた人」という歌詞がある。
宇多田ヒカルさんは、最初の離婚の理由を「彼が私を救おうとしてくれたから」と言っていた。

つまり私は、

「自分だけの内的宇宙を、他人に簡単に明け渡さないで」

と言いたい。

内的宇宙にある、あなたにしか分からない一筋の頼りない感覚を、見失わないように、丁寧に、見つめて愛そう。楽しもう。

かつて愛された記憶を辿って。

あなたを救うことができるのは、あなたという宇宙でしかないのだから。

#キナリ杯

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