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半年間の農業修行。山梨のフルーツ農園で働いてみて感じたこと

大学3年次に何か新しいことに挑戦したいと思い、1年間休学をした。

早稲田で過ごす日々は刺激的で、毎日充実していた。でもそれだけじゃ足りなくて、何か「自分だけのもの」を掴みたいと思ったのだ。

そう感じたのには理由がある。私は幸運なことに、大学まで順風満帆に生きてきたけれど、それって他の人と大体一緒の経験をしているということじゃないかと思ったのだ。大学受験での成功や失敗、親との葛藤、ゼミでの勉強、サークルで撮る映画。大学で、趣味や興味関心もなんだか似ている人に囲まれているうちに、自分だけのアイデンティティがわからなくなってしまった。(元々そんなものは存在しないのだろうけど)

他人と何かを共有できるのは心底素敵なことなんだけれど、何かを自分の手で掴んで独り占めしたかった。

休学をする、前半の6ヶ月は絶対に酪農や農業など「食」の現場に携わりたいと決めていた。1ヶ月半の酪農経験などを経て、山梨県のとあるフルーツ農園に行き着いた。そこは、ぶどうや桃を栽培している家族経営の農園で、市内の色々な場所に広大な畑を持っていた。

住み込みのスタッフとして集まったのは他6人。私と同じようにそのシーズンだけ集まった人達で、年齢や出身も違えばそれぞれ色々なバックグラウンドを持っていた。映像会社で毎日モニターを見過ぎて目を悪くしてしまった人、保育士だけど少し休んでいる人、将来は自分の農園を持つために勉強中の人。

朝は8時から畑で働く。12時に一度家に帰ってきてお昼を食べて、17時までまた畑で働いた。1時間半ごとに15分ほどの短い休憩があって、農園主の奥さんが用意してくれたお菓子やお茶を嗜みながら、皆で雑談をした。


時期によって作業内容は大きく異なる。春の時期はさくらんぼの受粉や桃の摘花作業、そして暖かくなったら桃の摘果・袋がけやぶどうの摘果、袋がけやジベレリン処理など、やるべきことは山積みだ。

広大な畑をトラックで回りながら、日々いろいろな畑で作業をした。

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桃の袋がけの光景

天気が良い日も悪い日も、汗水垂らして働く。雨が降ったらさすがに休む。暑い日は汗をかく。体がベットリして、シャワーを浴びる。作業をスムーズにするために出している指先だけ日焼けをする。日中消耗した体力を回復するために沢山ご飯を食べて寝る。時には、お裾分けしてもらった採れたて果実に貪りつく。

これを繰り返す日々はとても爽快だった。人間の体はこんなに単純だったのかと、自分の体も愛おしく感じた。体力的にしんどいことももちろんあったけれど、果実たちの成長は待ってくれない。毎日天気に合わせてせっせと働いて、とても充実していた。

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葡萄は摘果しないとこんなに大きくなる。手のひらの二倍サイズはある

自分は微力ではあるものの、半年間育てた果実は本当に瑞々しくて美味しかった。

6人のスタッフ達と一軒家で共同生活をしていたのも刺激的だった。私は2階の奥の部屋で、保育士の女の子と2人部屋で枕を並べて寝ていた。しかし男女共同で1個のトイレを使っていたので、私はいつも近くの大きなスーパーマーケットでトイレを拝借して、繰り返し流れるCMの声に癒されていた。

スタッフの中には体の調子があまり良くない女の子がいて、時々さくらんぼの木の影で少しだけ愚痴ったり一緒に休んだりした。農園で一番立派な、佐藤錦の木の下で。

景色に紐づく、そういった思い出をまだ鮮明に思い出すことができる。


農園主やスタッフ達と畑で食べたお菓子。フルーツ農園に来てくれたお客さんとのやりとり。作業中にずっと流れていたローカルラジオ。

葡萄の袋がけが終わったと思ったらまだ3畑分あると知った時の絶望。最終日にギターを弾きながらみんなで歌った曲。汗水滴りながら梯子に登り桃の若芽越しに見た、桃源郷の景色。皆で畑で食べた果物...。


あの半年間で得た経験は、自分にとってとても掛け替えのないものだ。自分がいた世界から1歩外に出てみると新しい発見がたくさんあり、自分自身も試される。スタッフや農園主と価値観が合わない時も多く、大学は極めて特殊な空間なんだなと実感したこと。今まで過ごしてきた文化や価値観の壁を飛び越えるのは、自分を含めて誰しも難しい。

半年間の農園の日々で植物を育てることの大変さや畑作業は日々の積み重ねが大事なこと、意外と植物はしぶとくて強いこと、共同生活においてトイレの個数は死活問題であること、そんなこともたくさん身をもって知ることができた。


あの日々から、5年以上が経っている。

当時のスタッフの中には自分でアスパラガス農園を立ち上げた人もいれば、保育士に戻った人、結婚してさくらんぼ農園で働いている人もいる。

私はというと、東京のWeb制作会社で編集者をしている。スーパーやコンビニでフルーツを見るとつい買ってしまう編集者だ。東京の蒸し暑いコンクリートジャングルの中で、時々あの桃源郷を思い出す。

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