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新卒3ヶ月で会社辞めた話

社長っちへ

ういっーす!

朝から完全にぽんぽんぺいんで、つらみが深いので、

1日おふとんでスヤァしておきます。

明日は行けたら行くマンです!


一度だけこんな感じで会社に行かなかったことが本当にありました。

その日は家で1日中Apexとインターネットの旅に出ていたのを覚えています。(22歳の休日)
最高でした。

湯水のように金を使うことができれば、一生この生活を送りたい。


そんな理想は置いておいて、そろそろ本題に入ります。

タイトル通り、新卒で入った会社を3ヶ月で退職しました。

退職した理由は主にこの3つです。

1.面接官に伝えられていた内容と異なる。

2.募集要項と労働条件の相違。

3.先輩ガチャ(OJTする人)に失敗した。

特に2番。少しだけなら許容できますが、あまりにも酷すぎて"絶望"しました。

就活~内定編

退職した会社は機械メーカーですが、就活時はIT企業を中心に受けていました。大学3年の3月から就活を初め「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」戦法で就職活動をしていました。

そんなことをしていると、当然落ちます。ろくに対策もせず、暇さえあれば遊び、家に帰ってはアニメ見てYouTubeで動画を漁って寝る。こんな生活を就活解禁日の4月1日を過ぎても送っていたのだから当然の話。

気がつけば6月。大企業はともかく、中小企業からも大量のお祈りメールを突き付けられ、少し焦りを感じていました。そんな日々を過ごす中で幸いにも2社から内定を貰ったのですが、どうしても企業に納得がいかず、夏まで就活を続けることに決めました。

7月に突入した頃に、たまたま第二種電気工事士の資格を持っていることを思い出しました。大学2年の春、電力会社で働くパッパに「お前、将来無職になりそうだから第二種電気工事士でも取っとけよ。この資格持ってれば無職にはならんだろ」と言われ、あまり興味はありませんでしたが、勝手に申し込まれたので猛勉強して取りました。

この資格を持っているのを思い出したときに、「国家資格だし機械・電気系で資格アピしながら就活すれば意外と良いところにいけるんじゃね?」と思ったんです。
そして、就活の軸をIT系からメーカーに変更して、夏選考に挑戦します。結果は、思った以上に受かる。今までの就活はなんだったのかって思うほど余裕でした。数社から内定を貰い、一番よさそうな企業の内定を承諾し就活を終えました。(この時の自分は、職種や仕事内容に興味はなく、大企業、資本金100億円、充実した福利厚生、労働条件など、表面的な部分にしか目がいかず浮かれていました)


真実を告げられた内定式編

10月1日内定式当日、その日は朝からドトールで優雅にコーヒーを飲んでいました。「俺はこの会社で働くんだ!頑張るぞ!」そう意気込み、内定式会場へと足を運んだ。

会場に着くと、既に同期達がたくさん集まっていました。「今日からよろしくお願いします~!」「君、どこ大出身?」「面接どんな感じだった~?」、これが内定式という感じの会話が繰り広げられていてワクワクしました。

内定式が始まると、社長・役員からの挨拶→内定書授与→内定者自己紹介→・・・滞りなく進んでいきました。

そして、待ちに待った配属先発表の時間です。これを聞くために内定式に参加したといっても過言ではありません。

人事部の方が前に立ち、配属先の発表が始まりました。

人事「○○ ○○(名前)、北海道配属。」

自分 「ん?(北海道・・・?)」

人事「○○ ○(名前)、九州配属。」

隣に座ってる同期「あれ(ボソッ)、初配属は関東じゃなかったっけ・・・?」

自分「そのはずなんですけど・・・。」

そして自分の番。

人事「○○ ○○(名前)四国配属。」

自分「は?」(ここで表情筋が終わる)

面接官からは、初配属で関東以外になることはないと言われていたので、同期を含め、全員動揺してました。10月に内定を辞退する勇気もなく、四国行きが決定しました。


・・・楽しかった大学生活を終え、3月初旬に引っ越し作業をしました。四国に行くまで、Googleの検索ワードは「うどん以外の食べ物」「娯楽施設」「島流し」で埋まっていました。

4日1日入社式~在宅編

今日から晴れて新社会人。同期は全国各地に散らばり、四国配属になったのは自分1人。そのときはコロナの影響もあり、入社式はオンラインで行われました。東京から来たということもあり、1人だけ隔離された部屋から参加したので楽でした。

入社式が終わると、次の日からは在宅勤務が始まりました。朝起きてオンライン研修動画を見ながら課題して、昼飯食ってまた課題して・・・そんな生活を送っていました。在宅勤務中に人事部の方から「外に出ることを控えること、会社の人とも会わないように。」と言われていましたが、実際は何度か会社の人とご飯を食べに行きました。

会社の人とご飯を食べに行ったある日、一人の上司がこんなことを言ってきました。

上司「うち、結構ブラックなんだよね~(笑)プライベートとか考えないほうがいいよ。」

自分 「・・・はい?」

「うちの会社、技術職は月60時間の残業で済めばいいほうだからさ。あと、完全週休2日制とか書いてあるけど、実際は休み不定期やし、予定立てづらいんよね。朝はみんな1時間前に出勤して夜は帰るの遅いでしょ。定時で帰れる日なんてないない!サビ残もあるしな~。プライベートとかあんまり考えないほうがええで。てかほんま働き方改革って邪魔よな、あれのせいで仕事できへんやん。前までは月100h~残業してたから。それから~」

こんな感じで上司のブラック自慢をおかずに飯を食っていました。


帰り道、作り話だと願いながら夜空を見上げていた──────────。


配属~退職編

緊急事態宣言が解除されて、会社に出勤するようになると、色々と内部の様子が分かってきます。先輩社員は1時間前に出勤。始業20分前になると掃除の時間になり、ほうきを持つだけで誰も掃除をしない謎の時間があること、上司のブラック自慢は本当だったこと(募集要項と労働条件の相違)など、出勤し始めて1週間、いろいろと察しました。
良い部分を挙げるとしたら「平均年収が高い(1000万円)」これくらいしか思いつきませんでした。

配属先が四国に決まった辺りから「この会社マジで大丈夫?」と思っていましたが、その違和感は的中。出勤し始めて色々とダメなことに気付いたので、とりあえず転職に向けて動き始めました。

月日は流れ6月中旬、ある先輩がこんなことを言ってきました。

先輩「そういえば、君の同期、1人辞めたらしいね」

自分 「え?」

驚きました。自分が社内最速(新卒退職)になる予定でしたが、まさか先に辞める人がいるとは思わなかったので。辞めた同期にLINEで話を聞くと、「合わなかった」と返事が返ってきました。この「合わなかった」という言葉にどれだけの意味が含まれているのか、本人以外知る由もありません。ただ彼には「合わなかった」のでしょう。これ以上深くは聞きませんでした。

次の日、他の同期達に職場の労働環境を聞きました。結果どこも同じような感じで、ああやっぱりなと。先輩にも他はどんな感じなのか、雰囲気とかを聞きました。そのときに、「四国はまだマシ、東日本の事業所は家に帰れない日が頻繁にある。」と言われました。

どこもかしくも同じような労働環境で何十年も改善されていないということは、転勤して他の事業所に移動したとしても意味はない。この先も労働環境は改善されないだろうと思い、続けている未来が想像できなかったので、同期が辞めた1週間後には会社に見切りをつけ、退職する準備をしました。

こうして、上司に「試用期間中に退職したい」ということを伝え、6月末で退職しました。


退職届を提出した後の俺

ダウンロード (1)

退職理由はもっともらしいことを言っていましたが、もう忘れました。

ただ、雇ってくれた恩や社会人の基礎マナーなどは教えてくれたので会社に対しての不満はあまり言わないようにしました。

今後どうするの?

水面下で転職活動の準備をしていたと言っても、面接なんて受けていませんでした。興味のある企業があったらお気に入り登録して、志望動機考えることくらいしかしてなかったので、ヤバいです。

親には、「安倍総理から配られた給付金10万全部渡すので実家に帰らせて欲しいです。次の転職先見つかったら速攻で家出るのでお願いします。」と言い、説得しました。



今までの人生、何をするにしても1回目は毎回失敗。そして2回目はそこそこ上手くいく。今回もそのパターンなのかな~と思いながら、今日も転職サイトを眺めるのであった・・・


またなにか進展があれば、ブログを書こうと思います。


追記

このブログを書き終えてから半年。次の転職先が決まるまでは投稿しないで下書き保存していました。

今回、決まったので投稿した感じです。


経歴

大企業新卒3か月で退職→半年間フリーター・ニート→東証一部上場メーカー本社管理部門(情報)

初めから真面目に就活すればよかった。













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