タバコ

2019年1月13日 20:13

『FlyFisher』2016年1月号掲載

禁漁と時を同じくして禁煙をした。

禁煙も一週間過ぎると体調が良くなるかと思いきやさにあらず。体調は最悪。タバコが頭から離れず、禁煙についてインターネットで検索すると、突然の眠気、倦怠感、頭痛、激しい咳、啖、腹痛、胸痛、動悸、不眠、集中力散漫、喜怒哀楽が激しくなる、憂鬱になる。などなど、恐ろしいまでの禁断症状の羅列が。
タバコのことばかり考え、
人はなぜタバコを生み出し、タバコを吸い続けるのか・・・という自問までする始末。

ビリー・ワイルダーの映画『失われた週末』（１９４５）は、レイ・ミランド扮するアルコール中毒の作家が酒を求めて地獄の週末を体験するという映画で、お酒を飲まない僕にとってはあまりピンとこなかった映画であったが、今は判る。禁断症状の辛さがわかるのだ。

こうなるとそれまでなんでも無かったタバコのシーンがことごとく気になり出す。

大戦中、ナチスドイツのユダヤ人ホロコーストを実行したアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し「凡庸な悪」と評した女性哲学者の映画『ハンナ・アーレント』（２０１２）では、彼女は始終タバコを吸い続ける。
『グッドナイト＆グッドラック』（２００５）は１９５０年代のアメリカで赤狩りに立ち向かうＣＢＳキャスター、エドワード・Ｒ・マローの映画だが、これも最初から最後までタバコを吸い続ける。
辛い時に観ると元気を貰える大好きな映画『スモーク』（１９９５）はタバコ屋の話だし、ジム・ジャームッシュ監督の映画『コーヒー＆シガレッツ』（２００４）は延々とコーヒーとタバコを吸いながら喋り続ける映画なのである。

そういえばＴＶシリーズ『ウルトラセブン』（１９６７）では、ウルトラ警備隊の隊員たちが基地でタバコを吸うシーンが頻繁に登場する。子ども向けの番組としては隔世の感である。ちなみに「狙われた街」というエピソードでは諸星ダンとメトロン星人がアパートでちゃぶ台を挟み会談するというシーンが有名だが、タバコに麻薬を仕込み、人間同士を争わせ自滅させようとする話であった。

ハンフリー・ボガード演じるフィリップ・マーロウがキャメルのタバコをくゆらしている姿が「カッコいい」とされていたのも今は昔、いつからかジェームズ・ボンドはタバコを吸わなくなり、映画において小道具としてのタバコの役割も変わってしまったのである。
メディア批評家の粉川哲夫氏は『映画のウトピア』（芸術新聞社）の「シネマ・シガレッタ」という章でタバコと映画の関係について論じている。
ハリウッド映画には自主規制のレイティングがあり、セックスや暴力表現のある映画を年齢によって区分している。その中の一七歳未満は保護者の同伴が必要とされるＲ指定に喫煙シーンが加わりそうな勢いだと書いている。

〝身体の部所のなかで、目や表情におとらず、手の動きは、俳優の表現の要所であるが、タバコや指輪は、素手の意味作用的な動きに効果的なアクセントをつける。〟

映画では単にタバコを吸うだけのシーンではなく、その仕草、扱いが小道具として役者の表現方法となっていたのである。映画『スタンド・バイ・ミー』（１９８６）では少年たちがタバコを吸うシーンがあるが、これは社会への反抗心や、不良的な行動を表現する小道具として使われたのである。

タバコの役割は小説世界でも変化しており、『もう年はとれない』（創元推理文庫）では８７歳の元刑事の男が、往時のハードボイルドな生き方を貫き、今どきタバコを止めず、所構わず喫煙することが時代の遺物として描かれる。

この原稿を書いている時点で禁漁と禁煙１ヶ月半が経過。
しかしこれだけタバコについて書けてしまうのはまだまだ、というかまったくタバコを断ててない証拠である。
先日は煙草を吸いながら釣りをしている夢をみてしまった。釣りも断てていない。
釣り解禁の春まで正気を保っていられるか今から心配である。