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河上徹太郎はカルガモを撃ったのか

先日、文芸批評家・河上徹太郎の片平(川崎市麻生区)での狩猟のことを書いた。


私がずっと気になっていたのは、河上がカルガモを撃ったかどうかだった。


私は柿生のカルガモ・ウォッチャー、カルガモLOVERを自認している。

こんな愛しい生き物を撃ったとなれば、今後の河上との付き合い方が変わってくるな、と思ったのだ。


河上の主要な標的は、小綬鶏(こじゅけい)と鳩だった。エッセーでは主に、狩猟用のキジである小綬鶏のことが書かれている。

カルガモが登場する文章になかなか出会えなかった。

しかし、当時このあたりにカルガモがいないわけではなかった。河上は「佐藤春夫氏追悼」の中で書いている。(以下、太字は河上からの引用)


拙宅から一キロばかり北の谷間に人気のない沼があり、一と猟期に一度くらいカル鴨が降りている所がある。


この「沼」とは、位置的に、現・小田急多摩線「栗平」駅の近くにあった「トンビ池」のことと思われる。

現在、その場所は大きな公園になっている。おととい(4日)、実際に行ってみた。


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「とんびいけ公園」という名だが、もう「池」はない。軟式野球場とテニスコートがある。たぶん、この野球場の場所が池で、カルガモがいたのだろう。


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河上はここで、カルガモを撃ったのか?

最近、その疑問に答える文章を発見した。

図書館の郷土史コーナーにあった『麻生区の文学鑑賞』という本に、河上がここでカルガモと対峙した文章が引用してあったのだ。


十二月中旬のある日曜日、私は銃を持ってボンヤリまたトンビ池のほとりにたたずんだのだ。(中略)
ふと気がつくと、上空遥かにカル鴨が一羽飛んでいる。ボンヤリ見ていると、カルは逆転し、池に目がけて急降下して来た。


私はとっさに堤の篠笹の中に身を隠した。カルは翼をへの字にたわめ、飛行機が着水する時のように、それで風を殺しながら、水煙をあげて着水した。翼の紫色の濡れ羽は小春日を浴びて輝いている。


隈どった眼には独特の気品がある。私の所から距離は十二三間、絶好の射程である。


しかしこんな鳥に銃口が向けられようか? 私はしばししみじみ「鑑賞」していた。すると犬が気がついて岸でガサガサやり出したので、カルも気づき、またすぐ水飛沫をあげて飛び去った。


よかった。カルガモを撃たなかった。

「こんな鳥に銃口が向けられようか」という言葉に安心した。「隈どった眼の気品」という形容もいい。カルガモはしみじみ「鑑賞」してしまう鳥だ。そこにも共感する。

今後も河上研究を続けようと思う。

(河上の文章は「著作集7 随想1」所収 澁谷益左右『麻生区の文学鑑賞』より 写真は11月4日撮影)

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