ウクライナ危機 日本人には「防衛論」より「逃避論」が必要だ
参院選に向けて、防衛論が盛り上がって欲しいが、左派政党と左派マスコミが邪魔するから、どうせダメだろう。もう諦めた。
こうなってくると、敵が侵略してきた時、国民はいかに逃げるべきか、考えなくてはならない。
昔から、どの国でも、王族や上級国民は、危機になると国境を越えて逃げやすい。カネとコネがあるから。彼らは、普段からその方法を考えているものである。
いま勇ましく防衛論をぶち上げている、国会議員だの評論家だののどれだけが、負け戦を戦おうとするか。
負け戦の帰結を押し付けられるのは、いつの世でも、我々のような貧乏国民である。
このままでは、負け戦を戦うことを強いられるだけではなく、荒廃した国土に取り残され、拷問やレイプをされまくることになる。
日本は、島国で海に囲まれているから、攻められにくい。だから「平和ボケ」になるほどに平和を享受できた、と言われる。古市憲寿氏がいまさらそんな議論をしていた。
しかし、「攻められにくさ」は、同時に「逃げ出しにくさ」であることを見逃してはならない。
そもそもミサイルが発明されて以来、「攻め」の方でも、海は障壁ではなくなった。
また、ウクライナ危機を見てもわかるとおり、ウクライナ人は地続きのポーランドに何百万人も逃げられたが、日本人は海に閉ざされ、そんなふうには逃げられない。人間はミサイルのように飛べないからである。
つまり、島国という日本の条件は、「防衛」で有利でなくなっただけではなく、「逃避」では明確に不利なのである。
そして、国境まで逃げられたとしても、その向こうに、ポーランド人のような優しい人はいない。
日本にいちばん近い国境は、韓国、ロシア、中国である。ポーランドのように門戸を開けてもらえるとは思えない。
頼りの同盟国であるアメリカの国境は、はるかに遠い。
遠いアメリカが自分たちの命を賭けて日本を守ってくれる? 私は信じない。あの選挙民たちがそれを支持するとは思えない。仮に守る意思があっても、それが成功するかははなはだ怪しい。
ミサイルを撃ち込まれ、アメリカ様が頼りにならず、国境の外に出られないとなれば、貧乏日本国民はその時点で「詰み」となる。
あ、逃げ方がわからない。台湾にでも友達を作っておくか・・。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?