【再編|絶望三部作】第1話 ②:Evermore(第2章:ガッタ・メイク・イット(ライフ))
第2章:ガッタ・メイク・イット(ライフ)
◆ 第1話:まつりばやし
その日を境に、サトシからの連絡はぱったりと途絶えた。
こちらからメールを何通か送ってみたりもしたのだが、完全にノーリアクションだった。
もう、終わってしまったのだと理解した。あまりにもあっけなかった。残念だった。
…、一体、何が悪かったというのだろう…。
分からない。でも、何かが悪かったのだからこんなことになってしまったのだろう。
やはりテキーラを飲んだ勢いで家に誘ったことがまずかったのだろうか。それともテクニックの問題だろうか?もし、前戯や愛撫で彼を失望させてしまったのであれば、それはそれで虚しい…。
顔が好みじゃなかったとか、話し方が気持ち悪かったとか、アパートがボロ過ぎたとか、そんなことで嫌われた方が、よっぽどいいと思った。
*****
サトシとの関係が ” 自然消滅 ” してしまったことで悶々としていたせいなのか、整理がつかない、つけようもない、山積した問題を忘れるための時間を単に求めていたからなのかは分からないが、当てつけのようにバイトのシフトを週6で入れた。
社会に出てすでに3年の歳月が流れていたが、当時の俺は物書きだけでは食べていくことができなかったため、塾講師のバイトを掛け持ちしながら生計を立てていた。
「他人は他人、俺は、おれ…」
と、昔から他人と比べることをしてこなかったせいか、銀行やら証券会社やら広告代理店やら、軒並み上場企業へと就職し、社会人としての道を真っ当に生きている大学の友人たちの ” 勇姿 ” をみても、さほどルサンチマン的な感情は抱かなかった。
だが、親に対しては別だった。
山形の県立高校で教師をしていた両親は、社会的不適合な息子のありさまを酷く嘆いていたため、彼らの ” 理想 ” に応えられなかったという点においては、俺もひとりの人間としてそれなりに苦しんだ。
だが、息子が「ゲイ」であることを心底恥じ、同性愛者を毛虫の如く不快な生き物として見做している彼らとは、永遠に虹の向こう側を一緒に歩ける日が来ることはないだろう。
気付けば、俺はもう何年も両親とは会っていない。
*****
バイトのシフトを週6で入れたことで「あまり働き過ぎるな」と、塾長に叱られた。
結局、週4、5日勤務に落ち着くことになったのだけれども、サトシのことを思い出してしまう時間を極力減らすため、休みの度、都内のミニシアターを渡り歩くことを俺の新たな趣味とした。
そういった小さな映画館では、主にフランスやイタリアのB級映画ばかりを流していたのだが、時折、狂い咲きでもしたかのように ” 名作 ” を上映することもあった。
無論、天然色ではなかったけれども、そういう粋なサプライズはなかなかいいぞと思い、ミニシアターめぐりはやめられなかった。
俺の人生で出会った映画の四分の一は、この絶望強化月間に集中していたといっても過言ではない。
そんな、バイトと映画とほんの少し物書き、という生活が2ヶ月ほど続いたある日、聞き覚えのあるメールの通知音が鳴った。
メールの送り主は「サトシ」だった。
「今度、一緒に ” 夏祭り ” に行きませんか?」
もう気まぐれとしか言いようのない唐突な知らせだった。だが、不思議なことに彼に対するネガティブな感情はまったく浮かんでこなかった。
こうやって再び連絡を取り合えるようになったことが純粋に嬉しかった。未来に向かってまた歩き出せそうな予感がしただけで、十分だった。
俺はサトシのことが、本当に好きだったのだと思う。
容姿はもちろん気に入っていたし、少し捻れた性格にも味わいがあった。身体の相性も悪くなかった。…、と思いたい。
だからといって、いきなり ” 夏祭り ” って、おい…。
さすがにその点だけにはつっこみを入れたかったけれども、彼のたくさんの ” 不器用 ” を、俺は愛しく思った。
*****
8月上旬、東京の下町で毎年開催される伝統的な夏祭りを二人で見にいくことになった。
最寄駅の改札口で、そわそわしながらサトシの到着を待っていると、
「えっ、有季さん、浴衣じゃないんですか?」
という、彼の困惑が背中に突き刺さった。
声のするほうへ振り向くと、濃紺の本麻を纏った浴衣姿のサトシが電信柱みたいにすきっと立っていた。
涼を感じる、その瑞々しい彼のいでたちに、俺はつい見惚れてしまった。
ポロシャツにハーフパンツ、そんな夏期休暇中の大学生みたいなラフな服装で出陣した俺と彼の住む世界は、明らかに違っていた。
「やはりこういった場では、そういうファッションで来るべきだったのだろうか?」
と、尋ねると、
「いや、似合っていれば、どんな恰好でもいいと思いますよ」
と、彼は言った。「むしろ、この奔放な雰囲気に飲み込まれてしまって、やり過ぎたのは俺のほうだったかも…」とえくぼを作り、ほんのり頬を赤らめた。
そんな彼の自然体に、不覚にもまた、どきっとしてしまった。
そういえば ” 祭 ” って、本来、そういう性質のものだったような気がする。
日常をひっくり返したもの。現実の対岸にあるはずのアナザーワールド。異世界。
そんな鏡の中のような奇妙な世界の存在を証明するために古の人間たちが試行錯誤の末、産み出した創造物。エイシェント・アート。
それが、祭の " 正体 " だ。
今の俺の見てくれは、あまりにも即物的すぎやしないだろうか。現世に未練を残したまま亡くなった死人のようではないだろうか。
その点サトシはそのまま異世界へ消えていっても何ら不思議ではない。その身なりに、ふるまいに、十分な神聖さを得ている。
淡い水色の流紋が美しく、涼やかな彼の夏衣を見ていると、純粋に、こういうのっていいな、と思った。
来年は俺も浴衣を着て、二人並んで、一緒に歩きたいと思った。
*****
この日、俺とサトシは、正式に付き合うことになった。
告白は、なんと ” 彼 ” からだった。
華やかな祭囃子に、サトシの甘い声がかき消されそうになっていたけれども、俺の心に彼のまっすぐな想いは届いた。
「あ、焼きそば、食べたいな」
「いいけど、サトシって、結構、食うんだね」
雑踏の中で一瞬だけ手を繋いで、すぐにまた放した。
まだ、いろいろと許されていない時代を生きていた二人にとって、それで十分だった。
<第2章:ガッタ・メイク・イット(ライフ)|第1話 ②:まつりばやし・了>
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