見出し画像

中国の「ゼロ・コロナ」と政治的正当性

コロナ禍のロックダウンや規制などが議論されていたパンデミック直後の世界から比べ、2022年の世界はより「コロナと共に歩む」方向へと進んでいるように思われる。アメリカやイギリスの一部ではマスク義務も解け、今では屋外ではマスクをつけない人々が大半だ。日本でも、2021年に比べてコロナ関係の規制が随分緩くなった。もちろん、感染力が強いが重症化する確率が低いオミクロン株と感染力は相対的に低いが重症化率が高く医療体制に大きなダメージを与えたデルタ株とでは異なる対応が必要であるという側面もある(言い換えれば、驚異的な新しい変異株が出て来れば、その対応はまた変わる)。しかしそれでも、世界の基本的方向性は疲弊的なコロナ規制からダメージを受けつつもコロナと共存する社会という方向へと大きく舵を切った。

ただ中国だけは違った。中国では一貫して「ゼロ・コロナ」政策が一貫して進められている。2020年初期の武漢封鎖から今の全国で展開される局地封鎖政策と大規模PCR検査まで一貫してコロナを封じ込めようとしている。例えば、今中国へ入るためには14日から28日以上にのぼる、多大な日数の隔離を経験する。ビザ発行の規制などもあり、外国人が中国へ入るのはほぼ不可能。中国国内ではコロナ患者が出た場所は速やかに封鎖し、48時間待機+PCR検査を受ける。これはかなり厄介らしく、急にショッピングモールや学校が封鎖され、取り残されてしまうという「事件」が多く発生している。それ以外にも、各地域を対象とした全人口PCRを実行し、朝から大勢の方が並んでPCR検査を近所に受けに行くというのも多々ある。もし今中国に居たら本当に大変だな…とつくづく思う。

だがそれだけ厳格な「ゼロ・コロナ」を実行しても、コロナを「ゼロ」にすることはいまだにできていない。そんな中、人々も徐々に疲弊してきているというのが自分の印象だ(特にここ最近上海でコロナが蔓延しており、強引なゼロコロナ政策に対する知人達の評価ははなかなか辛辣だった)。それでも、先日習近平による言及からもわかるように、中国政府は「ゼロ・コロナ」政策を転向しようとは考えてないらしい。

その背後にはやはり、「コロナの政治化」という大きな問題が存在すると自分は思う。「コロナの政治化」とは何か、すなわちコロナを政治的正当性獲得の源泉としているということである。今まで、中国政府はいかに自分たちがコロナ・ウイルスに対して効果的な対策をしてきたか内外に主張してきた。その一環としてコロナが大規模感染が象徴する「衰退」した西欧諸国と、それを防いだ中国の「成功」という二項対立的構図を提示してきた。西欧諸国のコロナ対策がいかに愚かで稚拙かをその膨大な感染者数で強調すると同時に、コロナウイルスの危険性を強調し、そのような前代未聞の大危機を目前に共産党の指導の下、中国政府が見事な結果を出していることを見せつけることで、国民の信頼と納得を勝ち取ってきた。あれだけ過酷で非人道的とでもいえるような隔離政策やロックダウンを経済的影響や国民に対する精神的影響無視に連発できるのは、「そのような政策は好まないが、今は緊急事態だから我慢するしかない」というマジョリティーの消極的支持が存在するということも大きい。

アメリカの政治学者リプセット は「正当性」と「有効性」という概念を提起している。「正当性」(Legitimacy)とは「現行政治諸制度がその社会にとって最も適切なものであるという信念を生ぜしめ,また持続せしめるその体制の能力」であり、「有効性」(Effectiveness)とは「実績達成度,政治体制が住民の大部分と,大企業ないし軍隊のような体制内部の強力な諸集団が期待している基本的な統治機能を充足する程度」を意味するものとしている。政治の安定性には「正当性」と「有効性」の両方が必要であるが、両ファクターを比較した場合「正当性>有効性」だとリプセットは論じる。

端的に言えば、「正当性」とはその政治システムが他のものより良いという信念、「有効性」とはその政治システムが構成員のニーズに応えられているかということである。中国ケースでは、コロナウイルスの蔓延を極端な防疫政策と、他国の蔓延状況を強調することで生じる比較で、「有効性」が多少犠牲になったが、確固たる正当性が確保され、共産党は国民の求心力を獲得できた(もちろんここの過程において、情報統制や共産党の成功を称えるナラティブの構築が大きな成果を挙げているのは言うまでもない)。

しかし、今となっては新型コロナウイルスはそれほど恐怖をいたくべき対象ではなくなり、各国はある程度の蔓延制御をしつつコロナ後の「共存的モデル」を模索している。それに、オミクロン株の感染力に対して、中国の徹底した防疫政策も綻びを見せつつある。今まで「コロナは怖い病気で、かかったら大変なことになる」と散々いい、あまりにも度がすぎた「ゼロ・コロナ政策」を進めてきた中国政府が、ここからどのように方向転換するかは見どころである。

大規模PCR検査、予告なしでの店・団地などに対する部分封鎖、ロックダウン、厳しい水際対策、感染者の域外隔離。本当に科学的根拠に基づいているのかという疑問の声が上がるのも時間の問題であると思う。それどころか、部分封鎖や隔離によって、病院に行くことすら許されなくなり、重度疾病保持者が死亡する例なども出ており、強引なコロナ対策によって新たな死者を生み出されてしまっている。

「コロナとはどうにか共存するしかない」と方針転換をした多くの国々と、「コロナは怖い病気であり絶対的に防ぐべきだ」という方針を固持する中国。この違いが何を生むのか。そして何より、ここから中国政府はどのように今までのナラティブを再構築しつつ、コロナとの共存を探るのか。

読んでくださいましてありがとうございます! もし「面白かった!」や「為になったよ!」と感じたら、少しでもサポートして頂けると幸いです。 他のクリエーターのサポートや今後の活動費に使わせて頂きます。何卒よろしくお願いします。