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【38】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 英語&中国語字幕動画篇

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》 

お蚕さんが結んだ繭から糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――その全工程、およびその後の経緯をお伝えしてきた本連載。

着物の制作過程を10分ほどにまとめた「蚕から糸へ、糸から着物へ」という動画に、英語と中国語の字幕を入れたバージョンが完成しましたので、ご紹介いたします。

■英語と中国語での発信

養蚕農家の花井雅美さん、糸づくりの中島愛さん、染め織りの吉田美保子さん、そして3者の仕事を本連載でご紹介してきた安達絵里子。それぞれが原稿を準備し、自分の言葉で語った本動画を、日本語だけでなく、英語や中国語でも発信したいというのは、動画を立案した当初から話していたことではありました。

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しかし、それはどこか夢物語めいた話でしたが、どの段階だったか、蚕の神様のお導きだったのか、ありがたい出会いやご縁に恵まれて、本当に英語と中国語の字幕をつけることができました。

早速ご覧いただきましょう。まずは英語字幕です。

次は、中国語字幕です。

■英語訳は子川春子さん

英語字幕は、海外生活や留学経験があり、英語を通して第二言語習得や音声学、言語教育、文学など言語について研究されている、熊本大学大学院生の子川(ねがわ)春子さんに依頼しました。字幕作成終了後に感想を聞いてみましたのでご紹介します。

質問1 この動画を見た感想をお願いします。
私にとって一番印象深いのは、皆さんの本気で仕事をしている姿勢です。かっこいいと思いました。普段何気なく使うものが、もしこんな風に1から人の手で作られているものだとしたら愛情がわくだろうなと思いました。機械化、大量生産が進み、職人という言葉さえもあまり聞く機会がなくなったこの時代に、人の温かみ、つながりを思い出させてくれる動画だと素直に感動しました。
質問2 英語訳で大変だったところは? どんなところに気を遣って翻訳しましたか?
今回、「訳す」ということの大変さを痛感しました。このような体験をさせていただいて感謝しております! 
まず、自分の考えを英語で書くのとは違うこと、そして、日本語の独特なニュアンスを英語に直すこと、さらにこの分野に疎い私は、「そもそも蚕とは何か」を調べるところからスタートしました。私は実際に、蚕も繭も見たことがありませんでした。たくさん英語で書かれた関連する資料を読んで、友達に説明できるくらいになりました。大変だったところはたくさんあります、しかし、一生懸命応えたいと思うくらいこの動画は素晴らしいものだったので楽しかったです!
質問3 この英語訳の動画は、海外でどのように受け止められると思いますか?あるいは、どういうふうに見てもらいたいですか?
おそらく、海外の方は日本人よりも着物に見慣れていないため、この動画に対する感動は大きいと思います。海外のファッションショーでも着物は着られているので、このように作られていることを知ってもらえたら、より注目が集まると思います。私の海外の友達は、「日本に来たら絶対着物を着て歩きたい」と言っていました。

一読して、ほろりとした私。ここでしゃべり出すと長いので、次に行ってからお話しましょう。

■中国語訳は陳碧盈さん

絹織物や養蚕文化は中国から伝えられたもの。シルクロードの出発点でもある中国の方にもご覧いただけるよう、中国語字幕を付けるのも悲願でありました。その希望をかなえてくれたのが、陳碧盈(ちん へきえい)さんです。中国の大学で日本語を習得し、翻訳字幕の経験者でもある陳さんは、現在熊本大学大学院研究生として比較文学を学ばれています。彼女にも同じ質問をしてみました。

質問1 この動画を見た感想をお願いします。
お蚕さんから着物になるすべてのプロセスがよく分かって、本当に感動しました。自分も手作りが好きで、手まりやアクセサリーを作っているので、手作りはいかに大変かを知っています。
このような祝福をこめた着物を作るために長い時間をかけ、力を尽くした専門家の方たちに敬意を表したいです。
質問2 中国語訳で大変だったところは? どんなところに気を遣って翻訳しましたか?
大変だったのは、蚕や糸づくりなどの専門用語に関することです。
翻訳する前は中国語の関連記事やドキュメンタリーを見て、蚕と糸の基本用語を身につけました。
気に入ったのは最後にあった安達さんの話です。
「お蚕さんが食べた桑の葉、お蚕さんを育てた人、糸を作る人、色を染めて織る人、着物になるまですべての過程が分かる着物」
この文を直接的に訳したら、長すぎて理解するのが難しいと思うので、テーマを合わせる訳を使いました。

質問3 この中国語訳の動画は、中国でどのように受け止められると思いますか?あるいは、どういうふうに見てもらいたいですか?
翻訳前に、中国のインターネットで蚕や糸に関する動画を探してみましたが、あまり多くありませんでした。中国語訳の動画が公開されたら、絹の着物を作るプロセスを理解するのに役立つと思います。
さらに、中国人にとって、着物は日本文化のシンボルとして輝いているようです。この動画は、中国人が日本の文化を理解し、中日両国の文化交流を深める窓口になることを願っています。

子川さんと陳さんのコメントを拝見して、何よりありがたいと思ったのは、彼女たちがこの仕事をするために自ら丹念に下調べをしてから取り組んでくださったことです。彼女たちに接するときは、いつも図書館や研究室で勉強されていました。

「この分野に疎い」と子川さんは書かれていましたが、しかし、「ひとえ」を英訳する際に、「裏地が付いていない」という「袷」の概念に対するものだけでなく、「透けていない」という表記を入れ、「盛夏用の薄物」ではないという配慮までしてくださったことに感銘を受けました。お祖母さまが誂えてくださった着物をお正月などに着ている、という彼女自身の着物体験がここまでの心配りに生きているのだと思いました。

■私の「好き」ポイント

英語も中国語も、まともに習得できていないながらも、私が今回の字幕で特に気に入っているところがあります。

まずは英語のタイトル。“From Silkworm to Thread, from Yarn to Kimono”
原題は「蚕から糸へ、糸から着物へ」と「糸」が重なりますが、英訳では「Thread」から「Yarn」へと変化しています。ここに中島さんの糸づくりの過程が見えるようで、うれしくなりました。

中国語訳では「お蚕さん」を「蚕宝宝」としていたのが好きです。「宝宝」は子どもに対する愛称で「ぼうや」というようなニュアンスらしいのですが、「バオバオ」という発音の可愛らしさ、そして「宝」という漢字を使うところも「お蚕さん」に含まれる敬意や親しみに通じる気がして、うれしくなりました。

それと「シルクロードはこれからも続きます」に対する「 丝绸之路,未完待」。これを発音すると「si chou zhi lu, wei wan dai xu」(声調記号略)となりますが、4文字と4文字すなわち4音ずつの響きに、最後の 「lu」と「xu」は声調(音の高低)が同じであることが重なり、中国語ならではの音韻の美しさが感じられます。このフレーズは、本動画最後を締める言葉です。それを美しい中国語の響きで、締めくくってくださるとは!

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すべてのコメントに感動し続けてきたなかで、先ほど申し上げていた「ほろり」としたのは、「機械化、大量生産が進み、職人という言葉さえもあまり聞く機会がなくなったこの時代に、人の温かみ、つながりを思い出させてくれる動画だと素直に感動しました。」という1文でした。

今回作成した着物の第1の特徴は「すべての過程が分かる着物」ということですが、それがすなわち「人の温かみ、つながり」なんだな、と気づかせていただきました。それぞれの専門的な仕事を「なんとなく知っているつもり」だったものが、本プロジェクトを通して「知恵の集積による、心のこもった大事な仕事」として見えてきて、驚きの連続でした。その感動がnoteで連載をしようとする原動力になったのですが、知識不足に苦しみながら、私がずっと幸せな気持ちでいられたのは、この「人の温かみ、つながり」を感じていたからなのかな、と思いました。

■「究極の着物」とは?

第38回を迎えた本連載のメインタイトルは「着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは?」です。みずからこういった連載をするのは初めてだったので、「タイトルの付け方」を調べて、「あざとい」と思いながらもこれを使用し続けました。

現在、どんなに高価な着物を購入しても、本プロジェクトで制作した「Blue Blessing」のように、蚕が食べる桑の土壌まで、すべての過程が分かり、それが丁寧な手仕事によって作りだされたものにはなかなか出会えません。まさに究極の着物だったといえるでしょう。

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しかし、ここに至ってしみじみ思うのは、今自分が着ている着物の有り難さです。「すべての過程が分かる」着物ではありません。その過程も、花井さん、中島さん、吉田さんのような丁寧な仕事ではなく、価格を抑えるために「はしょった」仕事がなされているかもしれません。それでも元をたどればお蚕さん、です。着物になるまでの過程を、いろいろな人の、さまざまな工夫によって経てきたことには違いないということを、このプロジェクトの仲間達から学ばせてもらいました。

絹だけではなく、木綿でも、ウールでも、化学繊維でも、元は土壌からたくさんの人の手を経て、私は着物の恩恵に与っているんだなあ、と。縁あって我が身を包む着物を、糸から愛して着ていきたいという思いを抱くようになりました。究極を追ってきた連載で、最後はマクロの視点で感謝の気持ちを抱いたのは不思議な気もします。

■それでは、またね

2020年の秋繭から着物を作ろうと試みた「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト。今回でひとまず「千秋楽」です。着物制作の過程をお伝えするつもりが、思いがけず大きく広がって長い連載になったのは、多くの方のお力添えと、読んでくださった方の見えない後押しをいただいたおかげです。メンバー一同、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

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もしかして、また何かお伝えすることがありましたら、ひょこっと現れるかもしれません。そんな気持ちと期待を込めて、いつもメンバーへのメールで最後に記していた言葉を置きたいと思います。

「それでは、またね」


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