見出し画像

【25】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 染め織り篇④

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第25回 染め織り篇④整経

お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。


前回「染め織り篇」③では、吉田美保子さんが経糸(たていと)を染める工程をレポートしました。今回は、織るために必要な経糸の本数と長さを揃える、整経(せいけい)の作業をご紹介します。

■経糸を座繰り機で木枠に巻く

2021年1月24日、吉田さんは前日までに染色し、糊を付け、乾かした経糸を木枠(きわく)に巻き取る作業をしました。綛(かせ)を五光という枠にはめ、座繰り(ざぐり)機を手回しして巻き取り、整経作業に備えるのです。

画像16

「第18回糸づくり篇」でも座繰り機が登場しましたが、それは「座って繭から糸を繰り出して大枠に巻き取る」道具(下写真)、ここでは「座って綛から糸を繰り出して木枠に巻き取る」道具。どちらも「座って糸を繰る」道具です。

座繰り 静物

下は、カラカラと糸を巻き取りながら、吉田さんが説明を加える3分52秒の動画。次の工程で繰り出しやすくするため糸を持つ左手を左右に振りながら、右手で取っ手を回して木枠に巻いています。巻き始めは木枠を立てるとき下になる方から巻くのもコツのひとつ。(今回の最後に検証できます!)

リズムよく、のどかに糸を巻いている情景ですが、簡単そうに見えて、初心を思い出させる、織りびとにとっては大事な仕事だとか。

糸を染めた後の「はたき」がうまくできていて、糊付けと乾かす作業まで、きちんとできていればスムーズにできますが、綛が乱れていたら巻けず、慢心すると糸が切れるなど、しっぺ返しに遭います。いつも謙虚に、基本に忠実に。染織を教えてくださった方々を思い出しながら糸を巻くと、心が整うような気持ちになります。(吉田さん)

「心が整う」どこかで聞いたことがありますね。ああ、そうです。「第19回糸づくり篇」座繰り作業を終えた12月1日の中島愛さんのコメントでした。「座繰り機」という共通点もある・・・・・・。

下の写真は、巻き終えた木枠32個を並べたところ。プロジェクト糸は糸質が良く、トラブルにならず順調に糸巻きできたそうで、作業の要所要所で花井さんと中島さんの真摯な仕事ぶりが思われたと語る吉田さんです。これだけでも何かオブジェでも見るかのような美しさです。

画像2

■整経とは

32個の木枠の並べ方に順番があります。下写真で、右上から下へと順に追ってみましょう。コバルト1個、濃いグレー2個、中グレー2個、薄グレー2個、白1個。これで右から2列。次の2列は逆に並べ、白1個、薄グレー2個、中グレー2個、濃いグレー2個、コバルト1個。右半分の計16個から引き出す経糸の順で、1本のグラデーションになった縞が構成されるのです。

左半分は、右半分と同じ。併せて32本の経糸を整経してゆきます。

画像3

整経とは、字のごとく「経糸を整える」こと。すなわち機織りをするために、経糸を必要な長さと本数で順番に取り揃える作業をいいます。

今回の整経では、織り絵羽(おりえば)のため18メートルの長さの経糸を、32本ずつ取りそろえます。

■経糸32本を木枠から追跡!

織り手の仕事内容や好みにより、整経のために使われる道具が異なりますが、吉田さんは下の写真にあるような小型ドラム整経機を使っています。以降、今回のプロジェクト作業写真と、過去に撮影した資料写真を組み合わせて、木枠に巻かれた経糸が整経機に巻かれるまでを追跡してみましょう。

画像12

上の資料写真、手前に糸を巻いた木枠を並べています。その木枠から糸を引き出し、鴨居近くに取り付けてあるガイドに通し、左手で束ねています。わざわざ長旅をさせるのは、糸のテンション(張力)を揃えるためです。

吉田さんの手元に近づいたのが、下の資料写真です。左手に束ねた糸が3つの関所(染織用語ではありません)を通って、向こう側のドラムに巻かれているのが見えます。

画像12

上の写真で糸が通っている手前2つの関所を、吉田さん側から見たのが下写真。左側が目板(めいた)。ツルツルした白い磁器風の通し穴をプロジェクト糸が順番に通り、右の綾取り筬(あやとりおさ)に正しく向かいます。

画像4

綾取り筬とは、綾(糸の交差)を取るための装置。下写真は、糸が通っていない綾取り筬を正面から撮影したもの。ひと目ごとに境界が付けられ、ここで順番に糸を通すことにより、糸を上下に分けたとき、綾が取れるのです。

画像10

■なぜ綾を作るの?■
子どもの頃に遊んだ「あやとり」は紐の端を結んで輪を作り、両手指で糸を交差して形作る遊びです。綾とは、糸の交差をいいます。機織りをするとき、経糸を張ったところに緯糸を通しますが、正しく緯糸を通せるよう、隣り合う経糸が規則正しく上下に分かれるよう機に配置します。そうするために、整経段階で経糸の順番を付けて綾を取っておくのです。

綾取り筬に順番に通した糸は、次に右側の幅揃え筬(はばそろえおさ)に通します。下は資料写真。

画像12


下も資料写真で、綾取り筬を通った経糸が、右手で上下に分けられています。幅揃え筬は、糸束の幅を揃える働きをします。今回は32本ずつ整経しているので、幅揃え筬1羽(は)に8本ずつ通し、4羽分の幅となりました。


画像13

下の資料写真をご覧ください。幅揃え筬を通った糸束を、ドラムに付いている「ツノ」に結びつけて、手で取った綾を保つために、木綿製の白い綾取り紐(あやとりひも)を通します。

画像13

下の資料写真で、綾取り紐の上下に糸が分かれているのが分かりますね。

画像14

経糸を通したら、下の資料写真のように小型ドラム整経機の取っ手を手で回して、ドラムに18メートルずつ巻いていきます。ここで大事なのはテンション(張力)を揃えること。風が吹いても影響するので、窓を閉め切って慎重に行います。電話が鳴っても出られません。

画像15

整経は、やり直しがきかないので緊張を要する作業。吉田さんは見落としがないよう毎回チェック表を作り、照らし合わせながら慎重に進めています。

画像16

長さを正しく取れるよう、カウンターを見ながら行います。

画像7

上の写真は、整経が終わったところ。上から撮影しました。32本ずつの糸束が23。計算できましたね。そうです、当初の計画通り736本の経糸Aの整経ができました! めでたし、めでたし。(いや、これが終わりではない)

画像8

元の木枠には巻いた糸が、わずかにしか残っていません。きっちり計算したからです。(確かに、糸が木枠の下方に残るよう巻かれている!)このわずかな糸たちも、大切なお蚕さんからの贈り物。無駄にはしません。そのゆくえを「染め織り篇」の第31回でレポートします。

■綾に思う

これは「染織吉田」のロゴです。整経のとき、糸を∞(無限大)の形で取る綾からデザインしたものだそうです。HPによると「綾は織りの命です。someori yoshida のロゴは、無限大の綾を表しています。」だって。

画像11

「綾」って、大切なんですね。織り上がりを支えるけれど、織り上がるときには消失している・・・・・。
それとともに、これまでの本連載を共有してくださっている皆様は、きっと私と同じ思いに至っていると思います。お蚕さんは、8の字を書くように糸を吐いていたなって。その形は、無限大なんだなって。
底知れない深遠な世界を縁からのぞき込んでいるような気持ちになります。


毎週月、水、金曜にアップしている本連載。次回は6月9日(水)です。もう一方の経糸Bに施す「ブラッシングカラーズ」をレポートします。吉田さん独自のテクニックを、どうぞお楽しみに。

*本プロジェクトで制作する作品は、お一方にお頒けいたします。ご希望の方、あるいは検討をされている方は、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。


よろしければサポートをお願いします。いただいたサポートは、本プロジェクトを継続させていくために使わせていただきます。