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【24】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 染め織り篇③

「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第24回 染め織り篇③経糸を染める


お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。


前回「染め織り篇」②では、吉田美保子さんが糸との対話からイメージした言葉を書き出し、着物のデザインを練ってゆく過程をレポートしました。いよいよ実践の段階に入る今回は、経糸(たていと)の染めをご紹介します。

■経糸を2つのグループに分けて準備する

下の写真は、パソコンで作成したデザイン画の一部です。仮にAとBとして、2種の筋(すじ)ABで縞を構成しています。
A【縦中央が白く左右が薄グレーのグラデーション】
B【波状に入った濃いブルーとグレー】(ブラッシングカラーズ)
この2種が組み合わされた縞。ブラッシングカラーズの絣を上下にずらし、かつそれを縞で交互に表現する、という吉田さん史上初めての挑戦です。

織物は経糸に緯糸(よこいと)を織り込んで面を作り、柄を表現していきますが、今回は経糸に色の変化をつけ、緯糸はプロジェクト糸本来の美しさを生かして1色で織り込むことにしました。

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プロジェクト糸を見て「うわっっーてくらい、きれい。プリプリしている」と糸の力を感じた吉田さんは「上等な特別のお出かけ着」になると考え、着映えする絵羽(えば)の着物に決めていました。通常の着物は反物(たんもの)のひと幅から衿(えり)と袵(おくみ)を取りますが、織り絵羽の場合、それぞれ別に織ることが多く、その分用尺が必要で糸も多く使うことと、初めてのチャレンジを盛り込むために余計に長さが欲しかったことで、常よりはずいぶん長く経糸を取ることにしました。

それに加え、種類の違う糸を交ぜることで織物に野趣のある表情を作り出してきた吉田さんは、プロジェクト糸の美しさを生かす手段として、経糸Bに別種の糸を使用して織り味を変化づける、相乗効果を求めました

すなわち、無地に近く糸の美しさを味わえるAの経糸736本をプロジェクト糸で、ブラッシングカラーズで変化づけるBの経糸548本を「ぐんま200(国産繭)の座繰り糸」(364本)と「真綿紬糸」(184本)の組み合わせとして、トータル1284本の経糸で構成することにしました。

■各色に必要な経糸量を割り出す

経糸を染める前に、各色に必要な糸の量を計算して割り出します。糸がふんだんにあったり、1色の構成だったりすれば、綛糸(かせいと)ごと染めることもありますが、今回は貴重な糸で、かつ多色構成のため、必要分を染めていきます。

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第22回で吉田さんが幼少期に好んだ絵本をご紹介しましたが、実は得意科目も尋ねておりました。「美術と国語と、社会かな」だって。・・・・・・数学も出来たと思うけど。

■綛糸を、色別に分ける

中島さんのところから受け取った綛糸は、それぞれ1300メートル強ずつありました。それを計算で割り出した必要量を色別に用意するために、小さい綛(小綛:こがせ)に分けていきます。

下の写真は、綛揚げ機(かせあげき)。中島さんの綛揚げ機(第19回参照)とはまた違うタイプの機械ですね。向かって右側の見えないところに五光(ごこう)という糸車があり、そこに元の綛糸が掛けられ、写真の綛揚げ機に巻き取っていきます。電動で綾を振りながら(交差させること)回ってくれる機械で、カウンターを見ながら小綛を作ります。

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巻き取るときに綾を振るのは、次の作業で糸を引き出すときに、糸がもぐったりせず、スムーズに出てくるようにするためです。

吉田さんが1分36秒の動画を撮っておいてくださったので、併せてご覧ください。吉田さん自らの解説入りです。

■経糸を染める

2021年1月21日、吉田さんは経糸Aのプロジェクト糸を染めました。両脇を際(きわ)としてコバルト(濃い青)、そこから内側へ向かって濃いめのグレー、中グレー、薄グレー、白ときれいなグラデーションとなるよう5色に染め分けます。緯糸は経糸を機に掛けてから吟味して染めるので、後で行います。(人や、場合により異なります)

美しい色のグラデーションを求めて、同じタンクで薄い色から順に染料を加えて染めます。最初は白。絹本来の純白は年とともに黄変するので、白も染色します。吉田さんは「きれいな水が湧き出るイメージ」に寄せて、天然の地下水に通じる冷たい感じの白を目指し、4種の酸性染料を調合しました。

下は、白を染めている1分46秒の動画です。調合した染料を入れた40度ほどの湯にあらかじめ濡らした綛の糸を浸し、ステンレス製の染色棒を使って、温度を上げながら染めていきます。低い温度から染め始めるのは、ムラを作らないためです。動画のなかで糸を操っている便利そうな棒は「カギ手」とよばれるもので、教えを仰いでいる作家さんの特注品を譲ってもらったのだとか。道具に由緒あり、です。

下の写真は、中グレーを染めているところ。糸をタンクに泳がせて染料の成分を糸にしっかり吸い付かせます。ここでは竹製の染色棒を使用。適度な太さの竹を選んで作ってあるので手に馴染み、軽くて、熱が伝わりにくく、さらには節がストッパーの役目になって糸がずり落ちないなど様々な利点があります。一方、ステンレスは汚れを完璧に拭き取れるので、真っ白などを染めるときに安心です。

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染料に用いる酸性染料は、少なくとも4種類以上を調合します。単色だと「パキッとした色」になり、数多く混ぜると着物に合う深みのある中間色を得られます。どんな色でも作れる反面、何をどう作りたいのかを厳しく問いただされる染料でもあるとか。

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「ほれ薬を調合しているような気分になる」って。確かに、ね。

最後に染めたのは、下の動画に見えるコバルトですが、ピンクや紫が入って「色気のあるコバルト」となります。隠し味のように入る染料があって、キリッとした色に仕上がるのだそうです。

下の動画は2分44秒。静止画像では2本の竹製染色棒で絞っていますが、その動きを見ることができます。綛糸のところどころに見える白い糸は、綛揚げのときに中島愛さんが掛けた、綾を保つ役目をする「ひびろ糸」。

ご覧になりましたか。手仕事の作業って、無駄のない美しい動作ですね。染めにかかる時間は1色につき1時間ほど。1日で5色染められるのは酸性染料の長所といえますが、きれいなグラデーションを作るため、完全に乾いてから色を確かめます。一夜明けて確認し、さらに染めを重ねて微調整するので、結局3日ほどかけて1月23日まで行いました。

■糊を作って糸に付ける

経糸の染めが終わったら、糸を扱いやすく織りやすくするために布海苔(ふのり)を煮て溶かした糊液で糊付けします。下の写真は原料の「ふのり」。ふのりは海岸の波打ち際に生える赤紫色の紅藻。写真のように板状に加工したものを手に入れ、糊液を作ります。海藻の糊であるふのりは、食用にされる地域もあり、染織だけでなく、天然素材のやさしい接着剤として陶芸や七宝、截金(きりがね)などさまざまな工芸分野で用いられています。

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下は、ふのりを作る過程を撮影した2分43秒の動画です。ふのりを煮溶かし、濾して、容器に入れて保存します。いつも35グラムのふのりから作るのは、糊付けの加減が難しいので、いつも決まった濃度で作っておくと調整しやすいからだとか。CMC(カルボキシ・メチル・セルロース)という増粘剤として食品にも用いられる化学糊を使うこともありますが、吉田さんは着物を織るときは、たいていふのりを用います。

ふのりの長所は、水で洗って取れやすいこと。短所は価格が高く、作るのが手間であるということ。糊は織り上がったときに「湯通し」や「水元」で落とすので、いわば「見えない仕事」なのですが、機織りには重要な作業、吉田さんも入念に取り組んでいます。
「見えないものに手をかける。」あー、また出会ってしまったよ、人生訓。

■糊を付けた経糸を干す

5色に染めて糊付けした経糸(A)を干します。左から順に、白、薄グレー、中グレー、濃いグレー、コバルトです。

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冬日にあたって気持ちよさそうに経糸が干されています。このように干すために(またしても人知れず)ひと手間を掛けていますので、下の35秒の動画からご紹介しましょう。

外に干す前に、固定されているステンレスの棹に通し、染色棒でパンパンと糸を張るように整えます。これを「はたく」と言い慣わされています。

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綛糸を束ねている「ひびろ糸」を手がかりに綾を整えます。糊を付けたので糸同士がくっつかないよう乾かすためです。これを繰り返す作業も重要で、きちんとはたけていると、次の工程で糸を木枠に巻くのが楽になります。手仕事には、次の段取りを考えて行う知恵があるのですね。

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下は、干された経糸がそよ風に揺れるのどかな映像に重ねて、吉田さんが語られている2分45秒の動画です。日光に絹糸をさらしている光景に対する、吉田さんの優しい思いに触れることができます。

もう一種の、ブラッシングカラーズを行う経糸Bも同様の作業を行っています。次の工程は、糊を付けた経糸Aを木枠(きわく)に巻き、整経(せいけい)する作業ですが、本日はここまでといたしましょう。


毎週月、水、金曜にアップしている本連載。次回は6月7日(月)です。経糸を整経(せいけい)していく工程をレポートします。どうぞお楽しみに。

*本プロジェクトで制作する作品の問い合わせは、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。


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