医療従事者のわたしの最近のつぶやき
月2回通院している一人暮らしのおばあちゃん。
病院に勤務していると、何度も会ううちに情が生まれるのだろう。孫のように体の心配をしてくれたり、最近の出来事を聞かせてくれたり、業務を超えた関わりが形成されていく。
その方とも、介護の相談や遠方の娘の話や一番多いのはペットの話。頑張って携帯の操作を覚え写真をとれるようになってからは毎回会うたびにペットの写真をみせてくれた。わたしの家の柴犬ほど賢そうにはみえないけど、寝る前のちゃんとトイレに連れて行ってとアピールすることとか来客があるとおばあちゃんを守ろうとおばあちゃんの後ろに隠れながら必死に吠えることとか聞かせてくれた。
そんなおばあちゃんとペットのほっこりした2人だけの生活が急に終わりを遂げた。ある日、そのマルチーズが下血し動物病院へ急いで連れていったら腸内に腫瘍ができていると緊急手術となり、その甲斐もなく死んでしまったという…。
子供のように大切に育てていたマルチーズの突然の死を受けいれられず思い出すことに涙が止まらくなると泣きながら聞かせてくれた。人生の最期の楽しみだと思っていたかもしれない最期のペットを育てる役割の喪失は、間違いなくおばあちゃんの生きがいを失うことになった。それを目の当たりにしして、かける言葉がみつからず、おばあちゃんの気持ちを受け止め寄り添うことしかできなかった。
勤務からの帰宅後いろいろ考えさせられた。きっとそのおばあちゃんが一人で生活するまで、たくさんの出会いと別れがあっただろう。その中ではたくさんの喜びとたくさんの悲しみを経験しているであろう。ただ違うのは、おばあちゃんが今より若かったということ。年を重ねながら、失ってきたものは積み重ねられていく。
今回のようなペットや大切な人の死による喪失、そして若い頃にはない健康の喪失、仕事や育児などを終えた役割の喪失など、様々な積み重ねられてきた喪失体験が、ときにはうつ症状につながることもあると学生の頃に学んだ記憶がよみがえった。今わたしにできることは何だろうと。
次おばあちゃんに会ったときは可能な限り話を聞き、受け取め、そして少しずつ平穏な日々に戻れるよう健康をサポートしようと思う。おばあちゃんの今をしっかり観察し、変化があったら早く気づいて対応できるように。
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