見出し画像

閉店場所千秋楽。【ショートショート】

「のこった!のこったのこった!!」

この相撲が通常と違う点は、土俵から出た方が勝ちで、残っている方が負けという点にある。

負けた者にはレッテルが貼られる。

最初は10と数字の書かれたレッテルは、今や50にまで膨らんでいた。50%offと書かれた、屈辱のラベル。

自分に全く価値がないと言われているようで、全く陰鬱な気分になる。

申し遅れた。私は缶のペンケースだ。

税込56円の缶のペンケース。そこから50%off。

28円払うのすら惜しいと申すか。なかなかシビアな世界だ。…いや、この物言いは28円に対して失礼だな。失礼した。失言であった。

土俵である店内には軽快なBGMと共に、

「閉店セール!!閉店セール!!人気の商品から無くなっていっております!さぁ早い者勝ち!!閉店セール!!閉店セールです!!」

わざわざ残った私達は人気がないぞと宣告するようなアナウンスが一定のスパンで流れてくる。うんざりしていた。だが無慈悲な事実でもあった。

私の所属する文具部屋も、思えば随分少なくなった。みな、人に使われる為に生まれたのだ。その為に稽古してきた。人の手に取られ土俵を去るのは本望だろう。

隣にいる物差しさんが私に話しかけてくる。

「聞いたか?園芸部屋のプランター達が妙な事を始めたそうだ」

「妙な事?」

「パーソナルビューという人に見られた数を競う遊びらしい。PV数を競い、目線を集めた者が勝ちなんだと」

「なんと。もはや別の競技を産み出したのか」

私は素直に感心した。手に取られないのであれば、別の視点で楽しむ。素晴らしい考えだ。

…まぁどうしようも無い哀愁は漂うが。気持ちはわかる。

開催が決定された閉店場所も今日が千秋楽だ。

今日、まぎれもなくこの店は閉店する。

私が土俵を去れる可能性は限りなく低いだろう。

人に選ばれ土俵を去る時の気持ちを、私は知らない。

それだけが知ってみたかった。

「それからこれは一階の食品部屋から流れてきた話だが…」

物差しさんが続ける。

「この閉店は移転の為のものらしい」

え。

「完全な閉店ではないという事か?」

私は食い気味に聞いた。

「あぁ。より広い店舗へ移動するための閉店だ」

その証拠にどうやら調味料やお酒の連中は余裕の表情らしい、と物差しさんは続けた。

なるほど。移転であれば必ずそのうち買われるという確信がある連中は余裕があるだろう。道理である。

では、私にもまだチャンスがあるのだろうか。

思いがけない希望を裏付けるかのように、ちょうど店員さんが一人我らが文具部屋に貼り紙をしていった。

私は貼られる直前、注意深くその文字を見た。

「こちらのラックの商品は、○✕支店へ配送してください」

確かにそう書かれていた。○✕支店。聞き覚えがある。

なんだ。移転先の新規オープンする店にそのまま移動できるわけではないのだな。私は図々しくもそう思った。まぁ、それはそうか。我らは言うまでもなく売れ残りの敗者なのだ。一軍ではない。そんな事より。

「見たかい?」

「あぁ、見た」

物差しさんも興奮気味に応える。気持ちがもの凄くわかる。ここで終わると思っていた我らには、まだチャンスが残されていた。新天地で勝ち星をあげれるかはわからないが、可能性という希望が首の皮一枚で繋がった。こんなに嬉しい事はない。

もう一度生まれ変わった気持ちで挑もう。そう決意を新たにした時に、私はある事実に気付いてしまった。

私達商品はみんな、もう一度チャンスを与えられた。

お店の屋号も、移転先が受け継ぐだろう。

だが、この土俵は?この建物だけは、今日終わりを迎えるのでは?

私達がずっと住み処とし、真剣勝負に明け暮れたこの場所の事を思うと激烈な胸の痛みを感じた。

こんなにお世話になったのに。

「どうした?」

私の様子がおかしい事を察知した物差しさんが、心配して声をかけてくれた。その問いにすがるように、私は思いを吐き出した。

すると。

「それは、俺達には測れないよ」

強い目付きで、真剣な表情で物差しさんは断言した。

「この土俵が今日終わる事を無念に思っているかもしれないし、実はやっと休めると清々しているかもしれない」

「わからないんだ、本当の所は。土俵にしか。」

だから俺達にできるのは、ただ礼を尽くす事だけだよ。感謝と敬意を込めて、忘れない事だ。

そう話す物差しさんの言葉が私の中に重く残った。

「それに、わからないだろ?」

ニヤリと笑って物差しさんは可能性の話を口にする。

この土俵が、建物が、本当に今日で終わりかすら俺達には測れない。私達がもう今日で終わりを感じていたけどそうでは無かったように。

また、別の施設として、別のお店の土俵としての役割があるかもしれないじゃないか。

すべて、もしもの話。

だが、物差しさんの話は私にとっては救いとなった。

もしもの話の中であっても、揺るぎない確かな事はある。

私達はみな、この土俵にお世話になった事実は残る。

これから散り散りに別の支店に赴くとしても、この土俵で過ごした日々は残る。

この土俵への、確かな感謝と敬意は私達皆の中に残る。勝ち星を上げて土俵を去ったもの達の中にもそれはある。

残った。残った残った!こんなに残った。

どうやら新天地へは、晴れやかな気持ちで行けそうだ。






画像1

今日、お店としての閉店を迎えた子供の頃からお世話になった場所への感謝を込めて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?