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入院日記 1

 はじめて腎臓を壊し、入院、治療した時の日記がPCに残っていたので、以下に記してみます。

 久しぶりに読み返し、今のわたし自身のからだや、書くものの根幹はここからはじまっていたのだな、と、息苦しいような感覚におそわれました。


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12月9日(金)
 10時30分、県立H病院に到着。秋より発熱、血尿があった。検査の結果、右の腎臓に結石ができ、かつ右腎臓が萎縮してほとんど機能しておらず、さらに左の腎臓も働きがよくないことがわかり、さらなる精密検査とその結果による治療のため、この日よりの入院となった。入院手続きをすませ、五階東病棟に506号室に案内される。ベッドの上でジャージに着替えると、患者モードに自分が入った気がした。検査は週明けからなので、とりあえず週末はやることはない。手伝いに来ていた両親が帰ったあとは、持ち込んだ文庫本を読んだりして過ごす。夕方、入院手続きがすんだあと一度職場に戻っていたパートナーが来る。いっしょにテレビをながめつつ過ごす。ただテレビはイヤホン着用が義務なので、ふたりで観るときは音なし。しばらくはこういうかたちのテレビ鑑賞となるか。パートナーが帰ったあとは、本を読んだり病棟をうろついたりして時間をつぶす。9時半消灯。当然眠れるわけもなく、読書灯にて読書を続ける。眠りに落ちたのは11時を過ぎていた。

12月10日(土)
 目覚めると窓の外が雪景色になっていて目をみはる。でも病室はあたたかく冬になった実感がわかない。昼前、パートナーが来る。昼の弁当持参で。音なしテレビをながめたり、コーヒーとシュークリームでお茶をしたり。時間があるから年賀状を書こうということになる。少し調子が乗ったところで弟が来る。話をし、帰ったころには面倒くさくなり、年賀状書き放棄。夕方パートナーが帰り、夕食後にシャワーを浴びたりしているうちに消灯。暗闇の中でテレビのリモコンをいじっているうちに寝てしまっていた。

12月11日(日)
 雪さらに積もる。今年は暖冬とかいっていたのに。売店で買った週刊誌をぱらぱらやっているうちにパートナーが来る。昼食後、コーヒーと大福でお茶。昨日もシュークリームを食べたが、なんだか入院してから甘いものが妙にうまく感じる。テレビを観たり、うつらうつらしたり。看護師さんより明日の検査の詳細を書いた用紙を受け取る。それを読んだあと、何か心がざわついてくる。パートナーが帰ったあと、ひとりデイルームで呆然とすごす。結果が悪かったらどうなるのか、悪い状態だったらどんな治療が待っているのか……ネガティブなほうへと考えが向き、胸が重苦しい。気をまぎわらすため、イヤホンでラジオをたれ流したまま眠りにつく。

12月12日(月)
 検査当日。この日受ける検査は腎血管撮影。足の付け根から腎臓へ向けて管を通し、そこから造影剤を投与して、腎臓の様子、働きを見る検査である。10時ころから検査用の服に着替え、造影剤投与用の点滴をうち、検査後一晩は起き上がれないので、尿道に管を入れられ自然に排尿できるようにされる。腕と下半身から伸びた管をながめ、心身ともに重くなる。
 2時すぎ、検査室へベッドごと運ばれる。中はモニターやら照明やら仰々しい機械が並んでいる。担当医のG医師がヘッドギアに緑色の服で控えていて、まさに手術室のイメージそのままの光景。それを察したのか、「見たことない機械がいっぱいあるけど、驚かなくていいからな」と声をかけられる。準備が終わり、検査開始。足の付け根より針がさされる。すぐにわきのモニターが何かの映像を映しだしはじめた。下半身の感覚はないので痛みはないが、腰のあたりが重苦しい。時々、「流して」というG医師の声が聞こえる。どうやら造影剤を注入しろ、ということらしい。その声のたびに緊張が走る。心電図から流れる自分の心音が気持ち悪いくらいに大きい。何かいろいろとG医師やサポートの医師が話し合う声が聞こえるが、医学用語のまざった会話は何がなんだかわからない。
 一時間ほどたっただろうか、G医師に「終わりだよ」と告げられ、全身で息をつく。その場でモニターを見ながら説明を受ける。検査の結果、血管と腎臓のつなぎ目が狭窄、つまり狭くなっている、このまま狭くなり続けると、いずれ腎臓が機能しなくなる。対策としてはつなぎ目にステントという器具を入れて広げる方法があるが、血管が普通の人より細いらしく、成人用の管は通らないという。今の検査も途中で細い管に変えておそるおそるやったのだという。「東北大の先生とかと相談して今後の治療方を考えなきゃいけないから、少し時間をもらわなきゃいけないかな」重い結果にうなずくしかできない。
 病室に戻ると両親とパートナーがいた。同じ説明を聞いたらしく、晴れやかな顔とはいかなかったが、今後のことはとりあえず頭から払い、検査が終わった安心感にひたることにする。寝たまま夕食。パートナーに食べさせてもらうが、寝ていると食欲はあまりわかない。その夜、背中の痛みに襲われる。だが寝返りは許されない。背中の筋肉を波打たせたり、シーツと背中にすき間を作ったりするが、なかなか痛みからは解放されない。額や脇に汗がわく。眠ることなどできず、夜の長さが苦々しい。
 深夜3時すぎ、点滴と尿道の管がぬかれる。寝返りをしていいと看護師にいわれ、うめきながら左に身体を向けた。その瞬間、全身から力がぬけ、眠りに落ちる。

12月13日(火)
 目覚めてすぐ身体の異常に気づく。手がぱんぱんにむくんでいる。顔もむくみ、まぶたが瞳におおいかぶさっている。顔をしかめながら小用をたすと、やけに量が少ない。不安。まんじりとしないまま時間をすごす。午後、母が来てすぐに顔のむくみを指摘される。やはり何かおかしい。看護師にむくみと尿のことを告げる。夕方、G医師が来る。前日の検査の影響で腎臓のつなぎ目がさらにせばまった可能性がある、という。取れたばかりの点滴がまた左腕に刺される。薬を飲むが、むくみはとれず、尿も出ない。食欲もない。消灯。夜中、看護師がひんぱんにやってきて点滴に利尿剤を入れていく。しかし尿は出ない。むくみいよいよひどくなる。吐き気をもよおし、こらえきれずにゴミ箱に吐く。その後も吐き気は止まらず、身体をよじりながら胃液を吐き続けた。また眠れない夜。

12月14日(水)
 目覚めるも身体はふくらんだまま。右手にも点滴がされる。もうろうとしているうちに両親とパートナーがやってくる。病棟の処置室にて、G医師より腎臓が機能しておらず、体内に毒素がまわっているため身体がむくんでいるという現状を聞き、急きょつなぎ目にステントと呼ばれるばね状の器具を入れて、つなぎ目を広げる検査が必要、そうしないと身体の毒素が取れず、透析を受けなければならない状況になっている旨の説明を受ける。だが自分の身体は血管が細く管が入らないかもしれない、また途中でステントが落ちる可能性もある、千分の一の可能性で死亡する可能性もある、などと検査のリスクを並べ立てられ、呪詛を聞く思いがする。そんな危険な検査をするくらいならいっそのこと透析にしてくれ、とさえ思う。昼すぎ、前と同じ検査室へと移動。パートナーの母がいつのまにか来ていたが、恐怖にさいなまれ何も言えない。検査室のドアの前でがんばれよ、と皆に声をかけられる。ベッドの上を流れていく天井を見ながら、ほんの少しだけリアルな死を意識した。
 前回と同じような状況で検査開始。今回は、左腕より管が入れられる。痛み止めの針の痛みのあと、管が入る。ここから下半身にある腎臓まで管を伸ばすのか、と気が遠くなる。あの「流して」の声がまた響く。痛みはないが、確かに身体の中を何かがうねっていく感じはする。心電図の自分の心音が耳を鳴らす。
 しばらくして、吐き気におそわれる。看護師に容器をあてがってもらい、首だけをねじって胃液を吐く。モニターを見つめるG医師の横顔が視線をかすめる。何かを察したのか、「今のところはうまくいってるからな」と声をかけられる。少し、いや、かなりほっとする。その後吐き気もおさまり、落ち着きを取り戻す。
 天井の一点を見つめて時間が過ぎるのを待っていると、唐突に「うまくいったからな」の声がする。思わず、え、と聞き返す。ステントを入れられた感覚などまるでなく、管が腎臓まで届いたという感覚さえなかったのだ。「うまく入ったから」もう一度重ねられたG医師の声に、全身の緊張が霧散した。看護師のおつかれさま、の声が心地よく染み入る。ふと時計を見ると、検査が始まってから四十分ほどしか経過していないことに驚く。検査室を出ると、家族に出迎えられる。自分と同じように緊張から解放された笑顔。
 検査は無事終わったが、ベッドはそのまま集中治療室へと向かう。身体にまわった毒素はやはり一度透析を受けることでしか消せないということだった。検査で左腕に残しておいた針からチューブが取り付けられる。脇の透析用の機械から蛇のように伸びたチューブがまたたく間に赤く染まる。その間、一回十分、二人ずつだけに認められた面会時間で家族と会う。ようやく少し落ち着いて話をする。堰を切ったように尿がパックにたまり始めたときき、安堵。三時間後、透析終了。その日はそのまま集中治療室にて一晩をすごすことになる。
 前と同じように、動くのは厳禁。腕をベルトで圧迫して止血しているため痛みがひどい。しかしそこも動かすことはできない。ひたすら続く痛みにうめきと脂汗。のどがやたらとかわくが、あまり水をがぶ飲みしてもいけないといわれているため、水差しの水を一口一口、かむように飲む。かわきと痛みに、検査の成功の喜びが、昔のことと成り果てる。三度、眠れない夜をすごす。

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