栗原 景(くりはらかげり)

1971年東京生まれ、旅と鉄道、韓国を主なテーマとするフォトライターです。少しマニアックな話を、楽しくわかりやすく紹介するよう心がけています。鉄道ダイヤ情報、乗りものニュース、鉄道コム、東洋経済オンラインほか

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    • 小学生の鉄道一人旅

      鉄道と旅のライターである筆者が、鉄道趣味の世界に入るきっかけとなった、小学生時代の一人旅の歩みをつづります。昭和50年代には、小学生で一人旅をしている人がけっこういました。タイトルは適当、既存の記事も少しずつ修正していきます。

    最近の記事

    【7】寝台特急「みずほ」の旅は

    ※写真は2008年の「富士・はやぶさ」  1982(昭和57)年、小学5年生になった。貯金を始めて3年あまり。貯金は2万円を超え、ブルートレイン乗車が、現実味を帯びてきた。  当時、東京から九州まで寝台特急で往復するには、子供料金でだいたい2万2000〜2万5000円必要だった。これなら、夏休みには念願のブルートレインに乗れる。あちこちを乗り歩く「いい旅チャレンジ20000km」は、中学生になるまでは日帰りという約束だったが、ブルートレインについては「交通費を貯金でまかな

      • 【6】「あずさ5号」の運転台

        【写真】裏辺研究所 Railstation.net  南武線での失敗から半年余りが過ぎ、1981(昭和56)年の夏、小学4年生の夏休みがやって来た。  毎年夏休みには、家族で長野県黒姫へ「帰省」していた。黒姫が故郷というわけではない。大学教授を務めていた祖母が夏には大学関連の施設にいて、よく家族や親戚で遊びに行っていた。まだ北陸新幹線も上信越自動車道もない時代だ。信越本線黒姫駅まで、急行「妙高」か特急「あさま」に乗っていくのが恒例だった。  7月、その黒姫へ、一人で行く

        • 【5】床に落ちたいなり寿司

          バシャッ 「ああー、ごめんよ」  車窓を見ていた僕が向き直ると、目の前におじさんが立っていた。床には、いなり寿司の折がひっくり返っている。  1981(昭和56)年1月、南武線川崎行き101系の車内。小学3年生だった筆者は、クラスメイトのサクマくんと一緒に、南武線・鶴見線・横浜線・相模線をめぐる「神奈川4線区踏破」にチャレンジしている。 「大事なごはんをダメにしちゃったね。おじさんが弁償してあげる」  立川駅で買ったいなり寿司は、少し食べかけた後、車内が混んできたの

          • 【4】神奈川4線区踏破の旅へ

             1980(昭和55)年11月30日の「山手線踏破」を成功させたことは、自信につながった。翌週の12月6日には赤羽線池袋〜赤羽間を踏破。年末の12月26日には、武蔵野線府中本町〜西船橋間を踏破した。府中本町、西船橋のどちらも、全く行ったことのない土地だったが、事前にたてたスケジュール通りに乗車し、立川駅、府中本町駅、西船橋駅の各駅から自宅に電話した。電車賃は小遣いでまかない、乗り換え駅ではちゃんと電話をする。約束をしっかり守り、スケジュール通りに乗れる自分は、東京近郊であれば

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            【3】はじめての山手線一人旅

             「いい旅チャレンジ20000km」にチャレンジしたい。列車に乗って旅をしたい。国鉄全線踏破を目指したい。  そうせがむ小学3年生に親が出した条件は、ブルートレインに乗りたがった時と大体同じだった。つまり、交通費は自分の小遣いでまかなうこと。ちゃんとした計画表を提出し、乗り換え時には必ず公衆電話から電話をすること。中学生になるまでは、日帰りまでとすること。それを守れるのなら、行ってもいいと。ブルトレの時は「せめて小学4年生くらいになってから」と言っていたのが、「中学までは日

            【2】いい旅チャレンジ20000km

             小学3年生だった1980(昭和55)年9月、祖母から、9歳の誕生日のプレゼントとしてボードゲームを買ってもらった。エポック社の「いい旅チャレンジ20000km」というゲームだ。  当時、タカラの「日本特急旅行ゲーム」が、友だちの間で大流行していた。時刻表を見ながら、手持ちの特急券を使って、「味の旅」「自然の旅」といったテーマごとの目的地をまわるゲームだ。リアルな特急券や、時刻表にずらりと並ぶヘッドマークに心を踊らせた。  僕も、そうした汽車旅気分を味わえるゲームがほしい

            【1】ブルートレイン貯金

             電車を好きになったのは、いつのことだったか。記憶がない、幼い頃だ。1974(昭和49)年、3歳の時に初めて神田の交通博物館に連れて行かれ、そこで親が絵本を買ってあげようというのを泣いていやがり、欲しがったのが「月刊鉄道ファン」1975年1月号ブルートレイン特集だった……というのは、いろいろなところで話している僕の定番ネタ。でも、一番古い記憶は、自宅で時刻表の読み方を教えてもらった時のことだ。  我が家は、喫茶店を営んでいた。店が暇だった時間帯、1番テーブルと呼んでいた入口