「持たざるが故に」 甲府のACL初勝利を眺めながら思ったこと。
甲府が国立でACL初勝利をあげた。
タイで二年連続三冠を達成しているブリーラム・ユナイテッド相手に、後半アディショナルタイムの一点で勝ち切った。
この勝利は、ヴァンフォーレ甲府というクラブの歴史に残る一戦となり、Jリーグのサポーター総出でこの勝利を讃えるムードとなっている。
東京の自宅からDAZNでそれを眺めていた私は「雨を理由に引きこもらずに行けばよかった」と非常に後悔したが、今更後悔しても何も生まれないのでなんとなくこれを書き始めてみた次第である。
昨年、J1勢を怒涛の5連続撃破で天皇杯を掻っ攫っていったヴァンフォーレ甲府。彼らは日本一に輝きさえすれど、リーグ戦では22チーム中18位フィニッシュで、天皇杯を獲った10月中旬でさえリーグ戦ではJ2残留争いの真っ只中にいた。
そんな中で突如降って湧いたように出場権を得る事となったACL。正直、その時点でACLでどこまで甲府が勝ち進めるかという話が話題に上っていた記憶がない。むしろ遠征費やリーグ戦との日程調整等、勝負以前の話をメインに気に掛けられていた(というか心配されていた)と記憶している。
しかし蓋を開けてみれば、タイの絶対王者と互角以上に渡り合い、運ではなく実力でもぎ取ったと言える勝ち方を見せてくれた。観客動員数でも、今週行われたACL日本勢の中で一番という結果を達成してみせた。ACLに出場している他クラブが浦和・川崎・横浜FMと、皆首都圏の強豪クラブであることを考えれば、まさに見事としか言いようがない。
DAZNを見ていると、Jリーグの各クラブのサポーターが各々のユニフォームを着て、国立のスタンドをカラフルに彩る姿が映し出されていた。
これは甲府自身が「他クラブのサポーターも、ぜひこぞっておいで下さい」というような告知をかけた結果であり、どこのユニフォームを着てでも良いから実際に足を運んで欲しいという切実な願いが込められていたと言えよう。
前提条件として、甲府は山梨のクラブのため、平日の東京開催では普段ホームゲームに来ているサポーターの動員を期待することはできない。その時点で浦和や川崎、横浜FMと同じような売り方で集客を行うことはで難しいと言えるだろう。また、サッカーを見に行ったことのない客層を新規で狙うには、ヴァンフォーレ甲府というクラブは残念ながらネームバリューで他クラブに大きく劣ってしまう。新規の客にとって、名前を知っているかどうか、というのはスタジアムを足を運ぶ条件として大きなウェイトを占めるため、初観戦にこの試合を選んでもらうというのは些かハードルが高いと言わざるを得ない。
そこで甲府が目をつけたのが既にサッカーファンとしてスタジアムに行き慣れている、他クラブのサポーター達だ。しかし単純に宣伝をかけたところで、他クラブのサポーターが物珍しさだけで足を運んでくれるかというと、そんなに甘くはないだろう。
Jリーグファンは昔から基本的には「チームを応援するために」スタジアムに通う生き物であり、応援する動機がない限り、そう簡単にはお金を払ってスタジアムへ来てはくれない。暇を潰すだけなら、DAZN観戦で十分である。
そこで甲府は、自分達の置かれている状況、身の上話をオープンに発信することとした。
「遠征費が予想以上に嵩んでいる、国立競技場での開催は正直言って赤字覚悟だ」という実直な言葉から、「6000人にいかないと赤字」という具体的な数字すらもメディアで明していた。
しかしそれだけではなく、甲府が強かだったのは、「普段通っていただいている人にも足を運んでもらいやすいように」と明記してチケット代はリーグ戦から据え置きとしたのだ。
他クラブの方にも来ていただきたい。しかし、一番のお客様は普段から来ていただいてるサポーターの皆様です。というイメージを前面に押し出す事によって、甲府サポーターからの反感の芽を摘んだのである。他クラブのサポーター達も、この甲府フロントの謙虚な姿勢に好印象を抱いた事だろう。
印象が良くなればその分、「同じJリーグの仲間」という意識も強化される。そして、「助けを求める仲間の助太刀に行く」という応援の動機が生み出された。
試合前日、SNSには「甲府を応援に行きます!」という声がいくつも上がっていた。こうなればもう集客は成功したも同然である。人が人を呼び、それがお祭りの雰囲気を醸し出し、また新たな人が寄ってくる。結局のところ、サポーターというのは人が集まる所に集まりたがる、お祭り好きな生き物なのだ。
こうして甲府は、見事に今季のホームゲーム最多となる11802人を動員してみせた。
浦和や川崎や横浜が、同じような集客の掛け方をできるかと言えば、答えはノーである。
今まで様々なタイトルを手に入れてきたクラブが、助けを求めるような下手からの売り方をしたとしても、どうしても反感を多く買ってしまうだろう。
「美味しいところばっか味わって来たくせに、都合の良い時だけ仲間扱いするなよ」というある種の嫉妬のような感情は、強豪クラブに対する羨望と切っても切り離せない関係だからである。
甲府の、「J2の地方クラブ・ACL初挑戦」というステータスは、良くも悪くも他クラブへの援助を求めることに違和感を生じさせないものであった。
今まで様々なものを手にして来た、そして今後も手に入れていくだろうクラブでは、この売り方はできなかったわけである。
持たざるクラブであるが故に、この戦略はうまくハマったと言えよう。
実際に国立で各々が自クラブのユニフォームを着て応援している様子がSNS等で発信されると、それに対して否定的な意見も多く散見された。その中には他クラブのユニを着た人達のみならず、
「舐められているだけ」
「お祭り扱いされて恥ずかしくないの」
という甲府サポーターに対する批判もあった。
しかし彼らは逆だった。舐められていようがお祭り感覚だろうがミーハーだろうが、チケットを買って実際に足を運んでくれる人達と共に戦うんだという強い覚悟。甲府サポーター達の試合前後の立ち振る舞いは、そんな覚悟を僕らに見せつけるようだった。くだらないプライドなど既に捨てた、と言わんばかりのその矜持は、純粋に、単純にかっこよかった。
持たざるが故に、彼らもまたクラブ同様に強かであった。
我々のJリーグには、欧州のようなフットボールの長い歴史はないし、南米のように国民的な熱いパッションもない。中東のような圧倒的な資金力もなく、北米のようにエンタメ性に特化したリーグ形態もない。
我々Jリーグはないものばかり、世界的に見れば十分に持たざるリーグと言える。
フットボールの資本主義が加速し、トップオブトップのリーグはどんどん限られた物になってきている。それに習うようなやり方で、本当にリーグとして成長して生き残っていけるのか。
もしくは甲府がそうであったように、強者の単なる模倣ではない、持たざるが故にできる戦略というのが、またあるはずであると模索するのもありなのではないか。
それが何なのかは全く見当はつかないけれど。
『持たざるが故に』
そんな言葉を、なんとなくこの試合を見て反芻してしまった。
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