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12歳の初恋〜まだ愛は知らなくて〜

愛と恋のちがいを知るのはいつ頃なのだろう。

娘がどハマりしているアナ雪を、車の中、自宅のテレビ、他の誰かの家で流し見しながら思う。
本当は、宇多田ヒカルの偏愛について語るつもりだったのに、どうしたことか気がついたら、自分の初恋ばかり語っていた。
いやもうどうかしてる。
だから、この話には、宇多田ヒカルが時々顔を出してくる。
私の最愛のアーティスト、宇多田ヒカル。
それを私に教えてくれたのは、まだ小学生の彼だった。



私はもうおばさんだけど、ようやく愛と恋の違いがわかってきた気がする。
子どもが夜中にゲロを吐き散らしたら、
「うおあー大丈夫かー!!」といってゲロを拭きつつ、掃除しつつ、子どものパジャマを変えつつ、手を洗って翌日の朝イチ小児科受診を手配するのが愛。洗面器とトイレットペーパーだってスタンバイしちゃう。
そうすれば、雪の女王のエルサの氷も多分とけるはず。

では恋は?
うーん、やっぱり憧れと猛烈な好きなのだろう。きゃーと黄色くけたたましい声援をアイドルに浴びせる女の子たち。いや違うのか。例えが古すぎるのか。

では、これはどうか。
息子のてんとう虫偏愛。どこでもてんとう虫を見つけて、てんとう虫てんとう虫てーーんとうむっし!!!と爆音で話してくる。
強烈な興味。多分これは初めての恋の一歩の匂いがする。
あ、どうしよ。偏愛ってことば使っちゃった。これは愛なのか。でも絶対違うよな…。愛と恋はいつだって難しい。
でも、ただ一つ確かな事は、私の初恋は強烈なスキにちがいなかった。

私が初恋を自覚したのは、宇多田ヒカルが世にデビューしたころと同じだった。1998年の冬。
その翌年の、700万枚売れた宇多田ヒカルのアルバムが、自宅にあった事に感謝した。
何故ならば、当時好きだった男の子が宇多田ヒカルを絶賛していたから。

小学生の彼は自前の漢字ノートの「字」の文字を、油性ペンで無理やり「宇」の文字に仕立て上げ、そこから斜めに多田ヒカルと書き込み、宇多田ヒカルノートになったそれに、漢字を書き殴っていた。それくらい彼は宇多田ヒカルが好きだったらしい。

彼のお母様はデザイナーで、授業参観にはジャネットジャクソンのような出立ちで来校し、ほかのお母さんとは一線を画していた。
そんな痺れるほどかっこいいお母様から産まれた彼は、革のズボンを履いて登校してくる、スーパークールをキメようと突っ走った小学生だった。私は後にも先にもそんな小学生を、見た事がない。

そんな彼は宇多田ヒカル以外に洋楽も好きで、私も負けずとそれを聴いた。当時聴いてたFMラジオには、海外で流行している洋楽がたくさん流れていて、自宅のバカデカく重いCDコンポで、暇さえあれば聞いていた。
が、私の心を鷲掴みにしたのは、後にも先にも宇多田ヒカルだった。

1999年。
小学生だった私に、宇多田ヒカルの歌詞を全て理解する能力はなかったけど、アルバムの1番初めに流れるautomaticの歌詞の意味は、張り裂けそうなくらいよく分かっていた。

そばにいるだけで
その目に見つめられるだけで
ドキドキ止まらない
noとは言えない

その通りだった。
小学生のころ、彼と席が隣になることが、私にとって1番の幸せだった。
彼と授業中、他愛もないおしゃべりをする。
彼が図書館で借りたSF小説を、こっそり見せてもらったときの幸福感。
何度も先生に注意されたけど、私たちはそれをやめることはしなかった。
いつも二つの机はピッタリとくっついていて、私たちの距離はとても近かった。

甘酸っぱいラズベリー色の幸福を、ぎゅっと煮詰め、それを私たちの机と椅子ごと長方形のキューブに閉じ込めた感覚。それが私にとっての初恋だった。

今思い出しても、あの瞬間、幸せだったと分かる。あれほど恋に没頭したことはない。
それをありありと思い出させてくれるのは、いつだって宇多田ヒカルだった。

甘いワナという曲がある。

街で偶然会うたびに
深まっていく疑惑
行く先々にあらわれる変なヤツ
いつもあぶないことばかりしてるから
どうしても気になっちゃう
love trap

この冒頭がまさに彼だった。
彼は本当に変なヤツなのだ。
マトリックスの真似をして、懸命に壁を走ろうとするヤツ。
みんなが弾丸を避けようとする中、彼だけは壁を走っていた。
分かるよ、トリニティかっこいいもんね。
あなたのお母さんに何処となく似てるから。

彼は私をよくからかった。
理科の実験のビーカー。本当は熱せられてないのに、熱いものだと嘘をつき、私の反応を楽しんだ。
私は私で彼にからかわれるのが好きだった。
些細なことで彼は私にちょっかいを出す。
給食の、牛乳を飲むためのストローを隠したり。鉛筆を隠す手品をしたり(必ず授業中に!)

イジワルをされる度に
近くなっていた2人
そんな突然真面目な顔しないで
そんなあなたの巧みなワナに迷い込んだ
無駄な抵抗
love trap

人にからかわれるの事に心地よさを覚えたのは、後にも先にも彼だけで、時々見せる真面目な顔が目に焼きついたのも彼だけだ。

彼を思い出す時に、否、私にとっての彼のテーマが甘いワナなのだ。
超絶歌いにくい、かっこいいこの楽曲は、いつだって私の初恋を思い出させる。

幼い笑顔に油断してたのか
無防備ねらわれ
またたく間にあなたの瞳の
そこに突き落とされた

お互い幼いはずなのに、彼の笑顔はいつだって幼くみえた。もう、男子は。と思っていた。
でも時々真剣に話をする彼は、妙に大人びていて素敵だった。
今思えば、彼は生意気なガキなのだろう。
でも私にはこの上なくカッコよく映った。
決して悪ぶってるわけじゃない。きっと全力で生きていた彼に強く心惹かれたのだ。

映画も音楽も、生活の何もかもに彼の影響を受けていた。
スターウォーズはまだ一度も見にいけていないけど、彼の部屋にあったそのポスターをみて、ああ彼は男の子なんだなと、強く感じたのを覚えている。
そしてガンダムの絵。

私はそれを見て思い出した。
小学2年生の頃、教室内に飾られた、1人だけ立体的に力強く描かれたガンダム。
それが何故か強烈に目に入って、カッコいいなと思ったこと。
それを描いたのが彼だったのだと、部屋に招かれ初めて知った。
私が彼に恋をする事は8歳の時に決まっていたのだろう。それから3年待って恋に落ちた。

こうして私は彼の甘いワナに絡め取られ、8年もハマり続けた。8年だよ8年。狂ってる。
貴重な青春を全て彼に奪われたようで、当時の私は苦しかった。
もうほかに人を好きになる事はないのかも知れないと、彼に振られてからもずっと思い詰めていた。あの思い出たちが、私からずっと離れなくて、苦しくて仕方ない。

そんな日々から随分と月日が経ち、私には好きな人ができた。
ようやく彼に恋をせずに済む。
そう思うほどに、私は彼を好きだった。
ずっとずっともうこれ以上ないくらい、彼のことが好きだった。

この曲の本当のタイトルは、甘いワナ〜Paint it Black〜という。
黒く塗れ!!
そう言われなくとも、私はかなり長い間、この思いを黒く塗りつぶしたかった。
そんな思い出のかどたちが、少しだけ丸くなり、やさしく甘い記憶へと変化していくのは、それから随分と後のことだ。

彼との恋が終わってからも、宇多田ヒカルの事はちゃんと好きだった。
そして突然の活動休止。
その間に、とても悲しい経験と新たな幸せを得た宇多田ヒカルが、帰ってきた。

私は宇多田ヒカルと同時期に出産し、母になった。
そのことをとても嬉しく思っていた。
そんな時に、はなちゃんと出会った。
はなちゃんは、私が小学生のころによく遊んだ友人の1人だった。

お互い乳飲み子を抱き抱えながら、片田舎の小児科の待合室で思い出話に花が咲く。
私は覚えている。はなちゃんが好きだったのは私と同じ彼だった。

「えーっと、たしかT君が好きだったよね」
彼女は、唐突に彼の名を口にした。しかもフルネームで。私はとても動揺した。
ほんの一瞬、小学生に戻った気がした。
あの時あの空気、あのセピア色の木造校舎に。
私がこの胸に大事な息子を抱いていなければ、そのまま12歳に戻ってしまったに違いない。

「T!!えぇ、何言ってるの!!恥ずかしい!!やめてよもう!ビックリした」
私も彼の名を、思わずフルネームで叫びながらこう言った。
それに対して、はなちゃんは真っ直ぐな顔でこう話す。
「どうして。恥ずかしいことじゃないよ」
彼女はそのままの顔で続けた。
「私の1番愛した人」

その瞬間、私の中の初恋はゆるゆると溶けていった。かたく閉まっておいたそれは、いとも簡単に開かれた。
はなちゃんのひたむきさに、私は、私の初恋は救われたのだ。
ありありと蘇った記憶が、ゆっくりと解かれ放たれていく感覚。こうして私は初恋を、ようやく受け入れることができた。

私たちは恋敵ではなく、同志だった。
お互いに好きな人は知っていた。
私が彼を好きで好きでたまらなかった事は、きっとはなちゃんの方がよく知っていた。
はなちゃんはいつ、彼と別れたのだろう。
はなちゃんはいつ、愛を知ったのだろう。

はなちゃんは診察に、私は会計に呼ばれた。
それ以上彼の話はできなかった。
できるならもう一度、話がしたい。
ありったけの思い出を詰めて。
私は彼が好きだったと、堂々と。

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