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シーソーシークワーサー Ⅱ【66 転がる 】

【シーソーシークワサーⅠのあらすじ】

 母を亡くし、その孤独感から、全てを捨てて沖縄から出た凡人(ボンド)こと、元のホストの春未(はるみ)。

 一番に連絡をとったのは、東京の出版社に勤める絢だった。

 絢に会うまでの道のり、人々との出会いで得たことは何だったのだろう。島に帰った凡人は、母亡き後の、半年間時が止まっていた空間に佇みながら、生い立ちを振り返っていた。

 生前の凡人の母、那月は凡人を守って生き抜くために、様々な選択をする。

 沖縄から遠く離れた本土の片田舎で育った凡人の母、那月。母の重圧に耐えかね、家を出た。家出少女を何も聞かずに受け入れたMasaとその妻、順子。Masaは那月に3ヶ月で売り上げを3倍にすることを条件に、次の日から衣食住の提供と引き換えに那月を自分の古着屋で働かせる。

 その店に決まって現れる女とMasaの関係に気づいた那月だったが……


Ⅱ【66 転がる】

「……そうなんですよ。もう辞めようと思っていまして。たくさんお買い上げいただいていましたから、一番にお伝えしたくて」

 女は微妙な表情を浮かべた。いつも通り水曜に来る待機の女だ。Masaはうまく仕入れに出かけ、すれ違うようにこの女が入ってきた。いつも通り、1時間ほどを新世界のどこかの安宿で過ごしたのだろう。

 待機の女は、嬉しいとも悲しいともつかない、絶妙な笑みだった。いつもこの女は、Masaに気に入られたいばかりか、Masaの店で働く私にも気に入られたいというこの女の心をくすぐって言葉を選んでいた。

 最高気温が更新された午後三時のラジオニュースとともに、所狭しと並んだ古着の中に埋まっていく新型のワープロ。それに加え、Masaは大きな伝票計算機を新たに持ち込み、「これからの時代、必要になる。那月ちゃんのためにもなる」とだけ言い残した。那月が辞めたいと言った昨夜の出来事はなかったことのように。Masaは強がっていたのか、那月とは目を合わさず、また出かけて行った。

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