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朧月恋花 第2章 紅梅 (最終回)

 朧月恋花 第2章 紅梅 第10話(最終回)

 2021.04.01 ツーカイネットスクラム 掲載予定分


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 笑うしかなかった。
 もう、何も見えなくなった。

 最後の最後、希に手を差し伸べてくれると信じていた、コウの言葉だけが、希の頭の中で、未だにループしている。

 全く同じ、そう、コウの言葉は、中学生の時、K先生が希に言った「何も言うことはありません」と、同じ言葉だった。

 いや、すこしばかり、ニュアンスと口調は違う。

 K先生の言葉は、「もう、僕には何も教えることは無いよ。あとは、君自身が決めることだよ」と聞えたのに、コウの言葉は、「やってしまったことは事実だし、それ以外にも、非があれば認めるんだけど、僕からは、もう、これ以上謝れないし、何も言うことはできないよ」という風に聞こえてきた。


 韓流ドラマを超える悲劇じゃなく、最高の喜劇だ。まさか、親友に裏切られるとは、まさか、衣美子が隠すことも無く、堂々と、希の目の前で、コウと一緒に謝罪してくるような友だったとは……。

 唯一救いになったのは、同棲したいと準備を進めていたのに、部屋を解約する直前で、それがわかったことだった。希の癒しの砦、韓流jyune様の自動録画も、データマックスになる寸前で、かろうじて残っていた。

 衣美子も衣美子だ。海外で彼氏をつくっていたと思いきや、あの日、ばったり再会したことをいいことに、コウに連絡を取って、ちゃっかり元鞘に収まった。

 もう、SNSも見たくない。希には、外の満開の桜さえ、二人を祝福しているように見えた。結果的に、コウの一時しのぎの彼女に過ぎなかった希には、この春は、眩しすぎる光景だった。

 希の人生史上最恐のバレンタインだったあの日、大寒波が襲来していた。それでも、サプライズを仕掛けて、希はコウの帰りを待っていた。そこに、二人で示し合わせて部屋に入って来て、開口一番に「僕たち、付き合い直したいと思ってる」なんて、その日に言うことじゃない。希はその時、神様はこの世にいないと思った。


 希は荷物をまとめ始めた。朝イチに電話を入れ、会社には暫く休みが欲しいと告げる。「2年も繰り越して残っていた、有給も全消化したい」、と。希のあまりの勢いに、部長は「わ、わかった。とりあえず1週間は大丈夫だから、また連絡して」と、そそくさと電話を切った。

 部長は下請けのことを無視し、切る事ばかりを考える人だった。一時しのぎの営業が成功して、モノが売れたとて、それは、傷口を洗わず、絆創膏を張り続けているようなもの。たとえ薄いテープだとしても、いつかは、重みに耐えられなくなり、下からぐにゃりと崩れて剥がれる。希は、自身をとりまく環境に、初めて怒りを覚え、同時に、孤独になりながらも、ここにはいられないと悟っていた。


 3日分の下着と、最低限の化粧道具、重ね着できるカーディガンとセーターをリュックに詰め、それらしく見えるトレンチを羽織り、ショルダーバックに財布と携帯を入れ、通帳とハンコを押しこむ。

 兄が大切にしていたカメラも目に映り、そこに入れた。決して誰にも傷心旅行なんて言わせないと意気込んだ。

 遂に、ドアにカギを掛けた。玄関ポストに目をやると、「小石 希さんへ」と書かれた手紙が入っていた。それは、会社が取引を打ち切った下請職人、吉川さんからの手紙だった。希は勢いのまま、それもバックにねじ込むと、早足で歩きだした。

 駅のむこうからは、ほんのりとした朝陽が昇り、春霞を包みながら日が開けてくる。西の方からは、カタンコトントントンと軽い音が、響いてきた。

 希は、スマホで路線案内を確認すると、始発5:55に間に合うよう、木蓮寺駅に向かって、走り始めていた。


(第2章 紅梅 完)

初稿 2021.03.03.00:00



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あとがき




第3章 薔薇 は、この続きとなります。(紙面掲載は2021.05以降を予定)

第1章 無花果に続き、第2章 紅梅も ご愛読いただき、誠にありがとうございます。

思うところがございまして、紙面への連載の方法を変更いたしたく、近々、発行元と話し合いたいと考えております。

私の希望といたしましては、【noteに先行掲載し、紙面での掲載までに時勢や季節的描写を整えながら、編集・校正を繰り返していきたい】というものです。

といいますのも、紙面上の都合で、不意に休載となりますと、伏線や、プロットが崩れてしまい、イチから練り直さなくてはなりません。説明するのが難しいのですが、それには、目に見えない、膨大なエネルギーを費やします。

そのままの掲載でも構わないのでは……と考えるかたもおられましょうが、私は、いろんな紙媒体のイチ読者でもあり、発行時期にあった季節描写や、時勢について触れたコラム、歳時記が大好きです。

この一か月、発行地域の現場を歩き回り、いろんな方々のお声を頂戴していると、やはり、そうである方が大半でした。また、SNS上でも、第3章の花のタイトルリサーチを行い、どの年代のどんな方が、どんなものをお好みかというご意見もいただき、集約することができました。その節はご協力いただき、誠にありがとうございました。

私自身の文章、物語が、読み応えのあるものになる、また、そうなるように努め、仕上げていくことはもちろんのことではございます。「読者様」の楽しみの1部を、その紙面で構成させていただいている、作家として、当初の約束通り、そこに掲載させていただきたいという気持ちもあります。

それは、高校時代から社会人まで、その枠のコラムや歳時記の文章読んで来て、私自身が楽しみの場でありましたし、毎月を楽しみに待っている、「読者」だったからです。

こうして有難いお話を頂き、発行45000部のその場を継ぎ、3年目となる今も、変わらず地元で愛される発行紙だからこそ、そこに、書きたい、居させていただきたいと思うのです。

これより先、こちらnoteで発表する物語と、紙媒体掲載となる物語は、パラレルワールドのように、2方向に展開していく可能性があります。

全く同じ結末、物語になるとは限らないということ、どうぞ、ご了承いただければ幸いです。




最後までお読みくださり、誠にありがとうございます。

2021.03.03 愛と感謝をこめて

2021.03.05 本文改1.

香月にいな


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