なまはげと人妻とあの女優

『泣ぐ子はいねが~、泣ぐ子はいねが~』

秋田の冬は、音のない世界だ。
山々を彩った紅葉も白く染まり、童たちの声までもが白く染まる。

『泣ぐ子はいねが~、泣ぐ子はいねが~』

日も暮れて、見渡す景色すべてがモノクロームに染まる。
こんな寂しいモノクロの世界では、ナマハゲの声すらも暖かい。

『泣ぐ子はいねが~、泣ぐ子はいねが~』

『ママ~、あのおじさん何してるの?』

『あれはねナマハゲさんって言ってね、泣いてる子を連れて行っちゃうんだよ。』

この話はこんな母と子の会話から始まる。


ドンドンドンドン
ドンドンドンドン

玄関から、木の軋みとガラスの頼りない音が混ざり家中に響いた。
母と子の家にもナマハゲが来たようだった。

『泣ぐ子はいねが~、泣ぐ子はいねが~』

ドンドンドンドン
ドンドンドンドン
ガラガラガラガラ
戸の開く音が聞こえる。ナマハゲが入ってきたようだ。

『泣いてる子はいませんよ~』
女の子は玄関まで走りながら、少しナマハゲをからかうように答えた。

『泣ぐ子はいねが~』

『ノンたんは泣かないもん!、ノンたんは強いんだよ~』
女の子は自慢げにこたえた。

『ほほぅ、随分と元気なお嬢ちゃんだねぇ。ノンちゃんっていうのかい?』

『うん!』
女の子はグイと胸を張ってみせた。

『お嬢ちゃんは、このおじさんが怖くないのかな?』
ナマハゲは女の子を脅かすようにその鬼の面を近づけた。

『全然怖くないよ!だって、おじさんはいい人だもん!』
女の子はさらに自慢げにこたえた。

そうやって問答をしていると、母が奥から心配そうに出てきた。

『すいませんねナマハゲさん、うちのは生意気だから・・』
母は女の子の頭を撫でながら、申し訳なさそうにしていた。

『おじさんはいい人だもん!! 家においでよ!!』
女の子は真っ直ぐな目でナマハゲを見つめた。

『ハハハハ、これは困ったなぁ、おじさんは怖~い怖いんだよ?』 
ナマハゲはそういってまた鬼の面を女の子に近づけた。

『嘘だ嘘だ!! いい人だってママが言ってたもん!! ママはナマハゲさんが大好きだっていってたもん!! だからノンたん、おじさんと一緒になりたいんだもん!! 』
『これ、のぞみ!!!よしなさい!!! 』
母は頬を少し紅に染めて女の子を叱った。

ナマハゲはすこし気まずそうに女の子に聞いた。
『ママもおじさんと一緒になりたいって?』

『うん』

『純子さん・・・本当ですか?』
ナマハゲは右手の包丁を置いた。

『のぞみ・・・よしなさい・・』
純子は目を伏せた。

『純子さん・・・・僕・・・』
ナマハゲは蓑を脱いだ。

『嘘よ! こんなおばさんをからかわないで!! 』
そう言って純子はナマハゲに背を向けた。

『純子さん、実は今日・・・』
ナマハゲは懐から指輪を取り出して純子に渡そうと、純子の手を強く握った。

『嘘よ! からかわないで! こんなバツ3のおばさんなんて・・・』
泣きながら純子はナマハゲの手を振り払った。

『そんなこと関係ない・・・僕はあなたの過去も今も・・・バツ3だろうが、バツ4だろうが関係ない!! 僕はただ、あなたと一緒にいたいんです!! 確かに僕はナマハゲだ。周りからみたらそんなに格好いい商売でもない、学もないし本当の素顔も鬼の面と変わらないようなブ男だ。でもあなたを好きな気持ちは誰にも負けない!! 誰にも!! ただただ好きだから!! 純子さんが好きだから!!! 』

ナマハゲは鬼の面を外し、ありったけの大声で叫んだ。
純子は大粒の涙を流しながらナマハゲの胸に飛び込んだ。

『ママ?ママ?・・・あれ?ママ泣いてるの?』

『純子さん、・・泣いてる子は僕が連れて行きます。』

『はい、ナマハゲさん連れていって下さい。』

『あれ?変なの、ナマハゲさんも泣いてるよぉ。ノンたんが二人とも連れて行っちゃうぞ~』


三人の笑い声が響いた。秋田の冬は、音のない世界だ。
こんな寂しいモノクロの世界でも、愛だけは暖かい。




このノンたんが現在の佐々木希であることは言うまでもない。

※この物語は全てフィクションです。

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