月面都市

月面都市に住んでみたら、六分の一の重力が、知識ではどうにもならない不安感を、内臓がフワッと浮くみたいに与えて、みんな、太陽系を前に、惑星のように縛り付け合った。雑談で嘘をつく必要のある社会みたいに白い洞穴みたいな住居が、光の当たるところに集まっている。夜というよりはただの闇の頭上で、星というよりはただの巨岩が、大渋滞を起こしている。波が人間の世界と人間外の世界を分けるように、空が彼女と言い換えることを求められているみたいに全身を包んでいた。論破には陶器の皿を割るような甘さがある。月面都市が、陶器製だったらよかったのに。かみさまがオゾンホールから器具を挿してレジンで固めて保存する絶景みたいに。唇みたいに柔らかくなくて、味蕾が地雷のように埋まっている舌ではなくて、補正されるキスではなくて。新宿の人流のように重い、六分の一の重力が、とぐろを巻いてまとわりついてしめあげている。



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