【今月のおすすめ文庫】大人の青春小説
取材・選・文:皆川ちか
毎号さまざまなテーマをもとに、おすすめの文庫作品を紹介する「今月のおすすめ文庫」。今月はこれからの季節に読みたい、大人に向けた青春小説!
学生時代に青春を過ごした人も、大人になってからかけがえのない思い出ができた人にもおすすめな、大人の登場人物が印象的な作品を紹介します。
また、2024年6月13日に発売された『オオルリ流星群』の著者、伊与原新さんに、本作について、また大人になって振り返る青春の思い出についてお話を伺いました。
今月のおすすめ文庫 大人の青春小説
『オオルリ流星群』伊与原新(角川文庫)
人生の折り返し地点を過ぎ、将来に漠然とした不安を抱える久志は、天文学者になった同級生・慧子の帰郷の知らせを聞く。手作りで天文台を建てるという彼女の計画に、高校3年の夏、ともに巨大タペストリーを作ったメンバーが集まった。家業の薬局を継いだ久志、弁護士を目指す修、教師となった千佳、引きこもりの和也。それぞれの道を歩む彼らは、天文台づくりを通して、ここにいるはずだったもう一人のメンバー・恵介の存在に向き合っていく……。
仲間が抱えていた切ない秘密を知ったとき、止まっていた青春が再び動き出す。喪失の痛みとともに明日への一歩を踏み出す、あたたかな再生の物語。
『くちびるに歌を』中田永一(小学館文庫)
長崎県五島列島の中学校に赴任してきた臨時の音楽教師・柏木。合唱部の顧問となり、生徒たちと向きあううちに自らの悲しい過去から自由になってゆく。一方、部員のナズナとサトルも悩みを抱えていた……。ゆったりとした島を背景に、それぞれに苦しみを抱えながらコンクールを目指す彼らの1年間を綴った部活&青春小説。
『GO』金城一紀(角川文庫)
元プロボクサーの父親に鍛えられ、喧嘩に強く読書家の“僕”は美少女・桜井と恋に落ちる。在日韓国人であることを明かさずに彼女と付き合いはじめ、“僕”の日常は桜井色に。しかし唯一の親友が日本人高校生に殺されてしまう……。喧嘩、友情、恋、家族、生と死、そして自分の存在理由。青春のすべてが詰まった著者の自伝的作品。
『スタンド・バイ・ミー 恐怖の四季 秋冬編』スティーヴン・キング(新潮文庫)
田舎町で生きる12歳の少年4人は、森の奥にあるという少年の死体を探しに二日間の旅に出る。鉄橋を渡って列車に轢かれそうになり、水浴びをしてヒルに襲われて。様々な体験を経て彼らが得たものは――。大人になった主人公が少年期の友情の瑞々しさと切なさ、そして有限性を振り返る青春小説の金字塔。夏休み小説としても。
『どうしてわたしはあの子じゃないの』寺地はるな(双葉文庫)
30歳になる天は中学時代の友人ミナから、かつて互いに宛てて書いた「手紙」を開封しようとの連絡を受ける。それも天が逃げてきた故郷で行われる伝統行事の日に、現地で。共通の男友だち・藤生も交え、大人になった3人は顔を合わせるが――。友人への羨望、嫉妬、フレネミー。各人物の視点から青春のしんどさを見つめ抜く。
『オオルリ流星群』伊与原新さんインタビュー
『月まで三キロ』『八月の銀の雪』など、科学の知識と人間ドラマの絶妙な綾を織りなす作風で人気を集める伊与原新さん。今年の6月には、2022年に単行本で刊行した『オオルリ流星群』が文庫化されました。自分の経験を織り交ぜて書いていったら自然と青春小説になったと語る伊与原さんに、当時の思い出や青春とは何か? などお話をうかがいました。
――作中に登場する、一万個の空き缶で作った巨大なオオルリのタペストリーが圧巻でした。語り手の久志たちは高3の夏休みにこのタペストリーを制作しましたが、このエピソードは伊与原さんご自身の体験に基づいているとか……。
伊与原新(以下、伊与原):そうなんです。まさに高3の夏に同級生と宝船の図の空き缶タペストリーを作りました。久志たちみたいに近所の公園をまわってゴミ箱の中の空き缶を集めたり、空き缶拾いのおじさんから「あっちの方にたくさんあるよ」と教えてもらったり。
――楽しそうですね。
伊与原:やっている最中は、なんで俺たち受験勉強もしないで、汗だくになってこんなことやってるんだろう? って思っていましたが(笑)それだけに何十年経っても憶えていて。この体験をベースに、高校時代の同級生が大人になって再び集まって、また一緒に何かをする話を書きたいなあと考えていたんです。
――物語の中では、タペストリーを作った夏から28年後、45歳になった彼らが再び集います。この年齢設定が絶妙ですね。もう若くはないけれど、まだ老いてもいない年頃。
伊与原:この作品を書いてたとき僕自身が45歳を少し過ぎていて、人生の折り返し地点を過ぎた頃かなと感じていました。何かをもう一度やってみるには、これくらいの年齢がちょうどいいのかもしれない。
――久志は町の薬局の三代目で、家族もあり、自分の現状にそこそこ満足していますが、どこか満たされない思いも抱えています。
伊与原:久志はわりと自分と似てるんです。心配性な性格というか、ものごとに対して過度な期待を抱かないところなんて、分かるなあ、と。店の経営がだんだんうまくいかなくなってきて、なんとかしないといけないんだけど、そのなんとかしようという気になれない。幸せの満足基準が低い人。
――そんな久志にとって「スイ子」こと彗子は、かつての仲間でありながら、どこか気が引ける存在です。天文学者になるという夢に向かってまっすぐ生きてきたように見える彼女は、職場を雇い止めされても挫けず、自前の天文台を作って研究を続けようとしています。その姿が久志には眩しかった。
伊与原:久志が書きやすかったのに対し、スイ子は書くのが難しいキャラクターでした。僕自身もスイ子ってどういう人なんだろう? 実際のところ何を考えているんだろう? と手探りしつつ書き進めていましたが、なかなか彼女の人物像を掴めませんでした。
――伊与原さんはかつてスイ子と同じく科学分野の研究者だったとお伺いしました。
伊与原:ええ、研究者としてのスイ子はけっこう理解できたんです。理系の研究者ってシャイというか、感情を表にだすのを恥ずかしがる人が多いんですよ。論理を大切にする研究者からすると、論理で対処できない感情との付き合い方がうまくできないんですよね。おそらくスイ子もそういうタイプなのだろうな、と。
――では、難しかったのは人間としてのスイ子の描き方、ということでしょうか?
伊与原:そうですね。彼女が過去に起きた、それは仲間たちにとっても大きな傷となった“ある出来事”を、どう捉えていたのか。そしてその気持ちをどんなふうにあらわすのが一番スイ子らしいのか……と考え考え書いていくうちに、あのセリフが出てきました。「理屈だけで、生きていきたかった」。このセリフが書けてやっと、スイ子ってこんな人だったんだと腑に落ちたんです。
――挫折とは無縁に生きてきたように見えたスイ子も、実は多くの苦悩と葛藤を抱えてきたことに久志は気づきます。久志の目が開かれた瞬間でした。
伊与原:実際、40代くらいになるまで一本道だけを順調に歩んできた人なんてあまりいませんよね。僕も研究者としてうまくいかなかったことは一つの挫折でした。小説家としても、書きはじめて早々にデビューできたけど、その後は順調だったわけでもなく。大学を辞めて作家に専念するようになってから、えらいことしたなあ……という思いが頭をかすめたこともあった。でも、そのときそのとき選んだ場所でやっていくしかないなあ、とも思うんです。
――天文台を制作していく過程には、わくわくしました。土地探しからはじめて少しずつ作業していって、だんだんかたちになっていきます。
伊与原:実際に自分たちで天文台を作っている方たちがいて、そのサイトを参考にしながら自分でも図面を引きました。アマチュアでもできる範囲のものにしないと嘘くさくなっちゃいますから。僕はDIYが好きなのですが、一からものをつくるのって本当に楽しいんです。研究者時代もしょっちゅうフィールドワークに出かけて岩石を掘っていました。机にかじりついて頭だけ動かしていても、やっぱり行き詰まっちゃうんですよ。手と頭を同時に動かすことの大切さと楽しさを、天文台づくりの部分に盛り込みました。
――かつてタペストリーを作りながら関係が深まっていったように、今また天文台を作ることで久志たちは改めて友だちになっていくような、青春をし直しているような感じがします。
伊与原:やっぱりあのタペストリー作りの経験は、自分の平凡だった高校時代のなかで一番強烈な思い出なんです。先生にやれと言われたわけでもないのに、あんなに大変なことを自分たちで勝手にやって、夏休みを丸々費やして。久志たちも、天文台作りに協力することで、べつに自分たちが何か得をするわけではないんですよね。それぞれ忙しいのに時間を割いて、慣れない大工仕事までして。スイ子から頼まれたわけでもないのに、気づいたら自分たちのためにやってる感じになっている。だけど、自分のいる場所と全然関係ないものごとに飛び込むのって「青春」そのものじゃないかと思うんです。
――その意味では、時間がある若い頃よりも、時間に追われている大人になってからの方が青春を噛みしめられるのかもしれません。
伊与原:そうですね。仕事ではないことや、一見時間の無駄に思えるようなことに全力で取り組んで試行錯誤することで、普段の生活では味わえない新鮮な気持ちになれるんですよね。最初から青春ものにしようと思っていたわけじゃないんですが、40代の彼らがみずみずしい心を取り戻していく姿を書いていったら自然と青春小説になりました。
プロフィール
伊与原新(いよはら・しん)
1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻。博士課程修了後、大学勤務を経て2010年『お台場アイランドベイビー』で第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。19年『月まで三キロ』で第38回新田次郎文学賞を受賞。20年刊行の『八月の銀の雪』が第164回直木三十五賞候補、第34回山本周五郎賞候補となり、21年、本屋大賞で6位に入賞。その他の著書に『リケジョ!』『ブルーネス』『オオルリ流星群』『宙わたる教室』などがある。
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