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異語り 162 感じの悪いご先祖さま

コトガタリ 162 カンジノワルイゴセンゾサマ

50代 女性

昔、まだ高校生だった頃の話
私はバスで通学をしていた。
近所で同じ高校に通う子がおらず、いつも1人で音楽を聴きながらバスを待っていた。

そのバス停はあまり利用者がなく、同じバスに乗るのはまだ若いOLのお姉さんが1人くらい。
なんとなく顔なじみではあったが会話などはしたことがなく、会釈だけしてぼーっとバスが来るのを待つのが日課だった。

ある日、お姉さんの姿がなく私は1人でバスを待っていた。
いつもいる人がいないとなんとなく不安を感じてしまい、いつも以上にバスが来ないか確認をしていた。

バスは時間通りにやってきた。

ただ入り口に1人の老婆が立っていて、私を睨みつけてくる。

完全に入り口を塞ぐように立っているため乗り込むことができない。
「あのー、すいません」
私を睨んでいるのだから、気が付いていないとは言わないだろう。邪魔なんでどいてくださいと念じながら老婆をにらみ返した。

「満員だよ、次のバスにしな」

バスには老婆以外誰も乗っていない。
「学校に遅れるので、どいてください」
ちょっと強引にバスの中の手すりに手を伸ばすと、バシンっと思いっきりその手を叩かれた。
「なぁ!?」
驚いて手を引っ込めると
「さっさと出してとくれ」

老婆が運転手に向かって叫ぶと、すぐにバスの扉が閉められてしまった。

「えっ? えっ?」
訳がわからず混乱している私を残してバスは走り去ってしまった。


ほどほどに田舎のバス停だったので、次のバスは30分後まで来ない。
次のバスでも走ればギリギリ学校にも間に合う時間ではあるが、走りたくないから早起きしてきているのに……。なんて日だろう

フツフツと怒りが湧いてくるのを感じていると、声をかけられ驚いた
「もしかして、まだバス来てない? よかった」
いつものOLのお姉さんだった
「いえ、バスは行っちゃいました」
「あら、あなたも遅れちゃったの?」
お姉さんはとても驚いた様子で、首を傾げた。
「いえ。なんか変なおばあさんが乗せてくれなかったんです」
私はさっきの老婆とのやり取りをお姉さんに話した。
「何それ、感じ悪い婆さんね。クレームを入れてやりましょうか」
「でも、おばあさんもお客さんですから、バス会社に言ってもしょうがないですよきっと」
「それもそうね」

結局どうすることもできず、お姉さんの朝から続いたトラブル話を聞いているうちに、次のバスが来た。


どうにか遅刻せずに学校に駆け込むと、なぜかすぐに職員室へと連れていかれた。
すぐに家に電話をしろと言われ、訳が分からないまま電話をかける。
すると、ワンコールもしないうちにすぐ母が出た。

「あんた、無事なのね。乗客はいなかったって言ってるけど、あの時間帯じゃあり得ない話でしょ? もう心配したのよ」
何の話だかさっぱりわからない。
そしてなぜだかわからないが、母がひどく興奮していることだけは理解できた。
とりあえずまったくもって無傷だし、これから授業だからと言って電話を切りいつも通りにすごしてから帰宅した。

家に帰ってからも母は興奮した様子で体中を確認され、改めて安堵のため息をつかれた。

あのバスがあの後、街中で歩道に乗り上げる大事故を起こしたらしい。

幸いにも死傷者はバスの運転手だけで、他は周囲で驚いて転んだりした軽傷の人が少し出ただけで済んだという。
通勤ラッシュの時間帯でもあったため大惨事かと思われたが、バスには乗客が1人も乗っておらず、奇跡的な事故だとニュースキャスターが伝えていた。

母はバス事故のニューステロップを見て、いつも私が使っているバスと思い慌てて学校に電話をかけたらしい。
町の中での派手な事故だったため、情報がなかなかまとまらず「乗客なし」という情報も信じられなかったと言っていた。


私は朝の感じの悪かった老婆のことを思い出した。
「本当はそのバスに乗ろうと思ったんだけど、お婆さんに邪魔されて乗れなかったんだよね」
母に話すと、母は古いアルバムを持ってきて
この人か? あの人か? と質問してきた。
「毎日ご挨拶しているからご先祖様の誰かが助けてくれたのかも知れないと思ってね」
でも、どうやら母の知ってる人ではなさそうだということだけがわかった。
あの老婆は一体誰だったんだろう?
事故が起こる前に下りたのだろうか?

その後のニュースで、運転手の男性は事故前に既に亡くなっていたか意識を失っていたと報道された。

「ひょっとしたら運転手さんのご先祖様が、誰も巻き込まないように頑張ってらしたのかもしれないね」
母はそう言いながら仏壇に手を合わせていた。
確かに、誰も乗せないように頑張っていたのならあの態度の悪さも仕方ないようにも思える。

私は神仏なんて今まで本気で信じたことはなかったけれども、もしかしたらそんなこともあるのかもと思えるようになった出来事だった。

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